君の心を知るために
-33話の少し前のお話-
「元気?」
奈々美がTRIGGERの現場に長期間行っている事を知った日から数日後、MEZZO"での音楽番組の収録の出番待ちの最中、壮五が席を外したタイミングで環に声をかけてきたのは、Re:valeの千だった。
「まぁ…」
「そう?ならよかった」
「…元気じゃなく見えた?」
「ちょっとだけね」
何かあった?千の問いかけに、環は思わず視線を逸らして、口を開きかけては閉じるを繰り返した。
環の今悩みは仕事と全く関係がないからだ。
いくら普段から仲良くしてくれているとは言え、千にその事を打ち明けるのは気が引ける。しかし、自分より9歳も上の千ならば、何かいいアドバイスをもらえるのではないだろうか。どうしようかと考えあぐねる環を、千は薄く笑みを浮かべてただ見守っていた。
しばらくして、えっと…と、環は口を開いた。
「ゆきりんってさ」
「うん?」
「あのさ…えっと…好きな人、いたことある?」
まさかその手の悩みだとは思わず、千は数回瞬きをした後、へぇ…。と呟きながら笑みを濃くする。
「そういう話したいの?」
「べっ、別に!そういう訳じゃ…」
「それなら僕より…」
モモ。と、近くでスタッフと話していた百に声をかけて手招きをした。百はスタッフに一言断りを入れ、なになに?と2人の元に駆け寄ってくる。
予想外の事態に環はここにいない壮五に心の中で助けを求めたが、そんな事は勿論なんの意味もなさないのだった。
「どうしたの?」
「環くんが、恋バナしたいんだって」
「ちょっ!ゆきりん!」
頬を赤く染めながら慌て始めた環に、へぇー?とにやにやしながら近くの空いているパイプ椅子を持って来た百は環の正面に座った。
「っていうか、それってここで話せるの?」
「…ここじゃ無理」
「だよね。環、今日はこれで終わり?」
「え?うん、たしかそう」
「おっけー!じゃあ、収録終わったら楽屋で待っててね!」
え?と、環が首を傾げたタイミングで、百と千はスタッフに呼ばれ、パイプ椅子から腰を上げた。それから千は先程と同じく薄く笑みを、百は、オレから万さんに話しつけとくからさ!という言葉を残してスタッフの元へと足を進めたのだった。
収録終了、環は楽屋を訪れた百と千に手を引かれ、車に乗せられ、気が付いたら百の自宅に居た。
まるで人攫いのようだ。と環は内心怯えながらも、好きなだけ食べていいよ!と箱で渡された王様プリンを目の前にしては、そんな事はどうでもよく思えた。
環が4つ目の王様プリンの蓋に手をかけると同時に、千が口を開く。
「それで?」
「ん?」
「環くんの恋バナはいつ始まるのかな」
「なっ?!」
千のその一言に、環は思わず手に持っていた王様プリンを床に落としそうになった。そして、自分がなぜここに連れてこられたかを思い出し、えっと、あの…。と、目を泳がせた。
「ユキってば!急かさないって約束したじゃんか!」
「だって、このままだとプリン食べて満足して本題を忘れかねないだろ?」
「そうだけど〜!!」
話せるようになってからでいいからね!とウィンクを飛ばす百を見て、環は開けかけたプリンの蓋をそっと閉め、ゆっくりと口を開く。
「ももりんとゆきりんはさ」
「うん?」
「好きな人の近くに、自分より大人で、優しくて、かっけー奴が居たらどうする…?」
環からの質問に百と千は顔を見合わせ数回瞬きをしたのち、うーん。と悩み始めた。と言っても、千は悩んでいると言うよりは、自分の過去を振り返っているようで、数秒後にあっけらかんとした顔で
「そんな奴、居たことないからわからない」
と言い放った。その一言で、そっか…。と環が目線を落としたのがわかって、千は環に優しく声をかけた。
「ごめんごめん。僕のその手の話はきっと参考にならないよ」
「え…」
「大丈夫。だからモモがここに居るんだよ」
ね、モモ。と千に釣られて百に目線を向ける環だったが、任せてよ!と目元でピースをしながらウィンクをする百に一抹の不安を覚えたのだった。
その後、もう少し話聞きたいな。と言う百の言葉で、環はここ数ヶ月の間に起きた事を2人に洗いざらい話した。
ずっと会いたかった人に再会した事、そして彼女に抱いていた感情が徐々に変化していったこと。そんな彼女に告白をしたと言ったときの百と千の驚き顔を、環は一生忘れないだろう。
全てを話し終えたあと百は、そっかぁ。と言ってまた何か考え始めた。
「環は、その子と付き合いたいの?」
「え?」
「告白したって言ってたけど、付き合って!とは言ってないんでしょ?」
百に言われて環は、たしかにそうだ。と納得した。そして考える。自分は彼女… 奈々美と付き合いたいのだろうか?そもそも付き合うとは何なんだろうか。今と、何が変わるんだろうか。
「…付き合うって、よくわかんねぇ」
「僕もよくわかんない」
「ちょっと、ダーリンは静かにしてて!」
眉間にシワを寄せ口を尖らせながら千にそう言った百は、環にじゃあさ。と尋ねた。
「その子とどうなりたい?」
どう、なりたい…?そう呟いて黙り俯いてしまった環に、百は千に目配せをした後、ごほん!と咳払いをした。その咳払いに釣られて環が顔をあげたのを見て口を開いた。
「これから言うのは、オレの一番の秘密!絶対誰にも言わないでね」
真剣な顔でそう言った百に、環は固唾を飲みながら黙って頷いた。すると、先ほどまでの真剣な表情は何処へやら。百は、オレ彼女がいるんだ。といつもと同じ明るい笑顔で言い放った。
「え?!昔じゃなくて?!今?!」
「今だよ。そんなに驚く?」
「でも、だって…」
ももりん、アイドルじゃんか。と言おうとして環は口を噤んだ。自分もそうだからだ。百は環が何を言おうとしてるかわかったが、そこには敢えて触れずに話を続けた。
「オレは、その子と対等になりたかった」
「…対等に?」
「そう。その子はオレなんかよりずっと魅力的で、常にオレの先にいて、オレはいつもその子に助けられてた」
昔を懐かしむように語る百のその表情は、なんだか見覚えがあるなと頭の片隅で思いながら、環は黙って百の話の続きに耳を傾けた。
「でもある時気が付いたんだ。このままだとオレはその子に何もしてあげられない。助けてもらったのに、何も返してあげられないって」
「…それで、ももりんはどうしたの?」
「頑張った!」
にこっと音の聞こえてきそうな笑顔でそう言う百に環が、へっ?と間の抜けた声をあげた斜め向かいで、ユキがくすっと笑った。
「頑張った…?」
「死ぬ気で頑張ったよ。でもオレなんかより頑張ってくれたのは彼女の方なんだ。少し時間はかかっちゃったけど、オレの気持ちとオレ自身を理解してくれた。それで、彼女と肩を並べられるようになるまで、待っててくれた」
あれっ!これって惚気になる?!と慌て出した百に、べつにいーよ。と、笑いながら、環は百の言葉の意味と先ほどの質問の答えを考えていた。
『その子とどうなりたい?』
きっと、付き合ったからと言って何も変わらないんだろうな。と環は漠然と思った。
今までみたいに手を繋いで、今までみたいに抱きしめて、甘えて、甘やかされて、笑顔を見て、好きだなって思う。ただ、それだけだ。
瞬間、これだけは譲れないと言う思いが環の頭を横切った。
「ももりん、俺わかったかも」
「うん?」
「別に、どうなりたいとか無い」
「…うん」
「ただ、隣に居たいんだ」
あぁ、またこの感覚だ。と環は思った。
奈々美への恋心を自覚した時と同じく、その言葉は環の胸になんの抵抗もなく降りてきた。
しかしそれと同時に、気が付くのが遅かった。とも思った。
「…好きって、言わなきゃよかった」
ただ隣に居たいだけならば、自分の好意を伝える必要があったのだろうかと、環の頭に後悔が過ぎったのだ。そんな環の呟きに、そんなことないよ。と反応したのは意外にも千だった。
「え?」
「好きも嫌いも、あーしたいもこーしたいも、言わなきゃ相手には伝わらないんだから」
ね?と百を横目にそう言った千は、それと。と話を続ける。
「好きな人の近くに、自分より大人で、優しくて、かっけー奴が居たらどうする?だっけ?」
「…うん」
「そんなの簡単。僕しか見れないようにする」
自信満々に言う千に百は横で、ダーリン…イケメン…!と騒いでいるが、環は千ほど自分に自信もなければ、その人物、十龍之介にも勝てる気がしないと思っている手前、俯くことしかできなかった。
「…そんなん、無理だし」
「無理?なら、その子が環くんよりもかっけー奴に取られるのを黙って見てるしか無いね」
「…ゆきりん、いじわるだ」
「いじわるなんかじゃないよ。君が本気なら、できると思ってるから言ってるんだよ」
だって君は魅力的だから。
千その言葉に顔を上げれば、2人はなんか学校の先生みたいだね。なんてくすくすと笑っていた。環が顔をあげた事に気が付いた千が、頬杖をついて微笑んだ。
「大丈夫だよ」
「ゆきりん…」
「君の素直な言葉で言ってごらん」
「素直な、言葉…」
「そうそう!でもね環、大事なのは相手の気持ちもちゃんと聞くこと。それで、自分はその子のためにどうするべきか考えること」
そんな事、自分にできるだろうかと再び俯きそうになった環に今度は百が、大丈夫だよ。と声をかける。
「考えるなんて言ったけど、自然とわかるんだよ」
「わかる?」
「うん。だって自分の好きな人の事だもん」
「…そっか」
「そうだよ。…さて!お腹も減ってきたし、今日は出前でも取って環頑張れパーティーでもしようか!あっ、帰りはちゃんと送ってあげるから心配しないで!」
何頼もっかね!僕はサラダがあればいいよ。とスマホを見ている2人に、ありがと。と環が小さく呟けば、2人は今日何度目かの優しい笑顔を向けてくれた。
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