杞憂であれ




「龍、20時に奈々美の家な」


収録が終わり、2人に遅れを取る形で楽屋に戻ってきた俺に、楽は口角を上げながらそう言った。天は我関せずと言った様子で着替えを進めている。


「えっと…?」
「今日の飲み、あいつも誘った」

いいだろ?と天に続いて着替えを始めた楽の言葉に俺は、いいけど…。と、煮え切らない返事をすれば、そんな俺の返事に楽は首を傾げた。

「嬉しくないのかよ?」
「え、いや。嬉しいけど」
「なら迎え頼むな」

俺たちは先に行ってる。そう言って親指で天を指す楽と、それを目を細めながら見ている天に、2人が喧嘩を始める前にお店に向かおうと心に決めた。




楽屋を出るまでにすでに数回喧嘩を始めそうになった2人に、くれぐれも喧嘩は控えるようにと言い残し、俺はタクシーで奈々美ちゃんの家に向かう。
道中、ラビチャで今向かってる旨を連絡し、俺はゆっくりと目を閉じた。

あの日、2人で飲みに行って以来、奈々美ちゃんとはきちんと話せていないうえに、例の写真の件も結局なにも聞けず仕舞いだ。かと言って、今日も2人が居る前で聞くこともできないし…。どうしたものか。と小さくため息を吐きながらラビチャを確認するも、未だに既読がつかない。
立て続けに悪いなと思いながらも、もうすぐ着く旨を送った数分後、奈々美ちゃんの家の前に着いた。マンションの下で暫く待っていたけれど音沙汰が無い事が少し引っかかって、俺はタクシーの運転手さんに一言告げて奈々美ちゃんの部屋に向かった。





エレベーターを待っていると、ズボンのポケットに入れていたスマホが震えた。その振動の長さからそれが電話の着信を知らせている事に気が付き、奈々美ちゃんかな?とスマホを手にすれば、そこには環くんの名前が表示されていた。
不思議に思いながら俺はエレベーターに乗り込み、電話を取った。

「もしもし?」
『あっ。そーちゃん、リュウ兄貴出た』
「壮五くんと居るんだ?出るの遅くなってごめんね」

どうしたの?と声をかければ、なんでも今からIDOLiSH7のみんなでご飯に行くから俺たちも一緒にどうか。というお誘いだった。


「てんてんとがっくんにも、りっくんとヤマさんが電話したけど出なかったから、リュウ兄貴にも電話してみたんだけど」

環くんの言葉に、先にお店で待っているはずの2人が今どんな状況なのか想像して、思わず眉が下がる。そして、2人に相談してみるねと伝えて俺は一度環くんからの電話を切りスマホをポケットへと戻した。それと同時にエレベーターが到着する。
とりあえず楽と天との3人のラビチャに環くんからの提案と、喧嘩してないかという旨を送りながら、俺は奈々美ちゃんの部屋に足を進める。部屋の前に着き、インターホンを押そうとしたタイミングで、中から大きな物音が聞こえた。
その瞬間に俺の頭の中を嫌な予感が頭を過り、ドアノブに手をかけて手前に引いた。抵抗無く開いたドアに、思わず眉間にシワが寄ったのがわかった。


「奈々美ちゃん?入るよ?」


どうかただの杞憂でありますように。
そんな願いを込めながら声をかけて、彼女の部屋に入ると同時に飛び込んできた光景に、俺は目を見開いた。




「なっ…?!」



誰かが彼女に馬乗りになっているのだ。




俺の声に反応したのは彼女では無く、馬乗りになっていた人物だった。勢いよく振り向いたその人物は、フードを被り、マスクをしているため顔はよく見えないが、体格からして男性だろう。両手は奈々美ちゃんの腕を掴んでいるため、丸腰のように見える。
俺の姿を見るや否や、その人物は彼女から勢いよく離れ、数歩退いた。俺はその人物を睨み付けていたが、床に横たわっている奈々美ちゃんが気を失っている事に気がついて駆け寄った。


「奈々美ちゃん?!」


抱き上げようとして、俺はふと手を止める。外傷は無さそうだけれど、頭を打っているのかもしれない。狼狽えている俺の横を人影が駆け抜けていった。

「待て!」

慌てて振り返りその人物を追ったが、俺がドアを開けたときには既にその姿はどこにも無かった。階段を駆け下りる音が聞こえ、今ならまだ間に合うとも一瞬考えたが、まずは奈々美ちゃんの安否確認が先だと、俺は小さく舌打ちをしながら急いで部屋の中へと戻った。



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