寄せては返す
「龍…!何があった?!」
病院の待合室で診察を待っていたら、楽と天がやってきた。あの後、奈々美ちゃんはいくら声をかけても目を覚さず、俺は救急車を呼んだ。
お店に行けなくなった事とさっきあった事をかいつまんで天と楽に連絡すれば、詳しくは後で聞く。と彼らも病院へと駆けつけてくれたのだった。
「いや、実は…」
2人に事情を話そうと口を開いたタイミングで、俺たちは看護師さんに声をかけられた。どうやら奈々美ちゃんの診察が終わったようだ。幸い、軽い脳震盪で済んでその他は外傷もないらしい。
よかったらどうぞ。と通された病室には、気まずそうな顔をした奈々美ちゃんがベッドに座っていた。
「ご迷惑おかけしてすみません」
「迷惑なんてそんな…!無事で何よりだよ」
横にならなくて大丈夫?と声をかければ奈々美ちゃんは、大丈夫です。と小さく笑ったが、見るからに元気が無い。あんな事があったのだから当たり前といえば当たり前なのだけれど。
そんな事を考えていると、おい。と不機嫌そうな楽の声がした。
「何があった?」
「えっと…あの…」
「楽、その話は後で俺から…」
「僕たちは彼女の口から聞きたいんだけど」
天からの言葉に俺は、えっ?と小さく声を漏らした。楽ならともかく、まさか天がそんな事を言うとは思っても居なかったからだ。
「彼女が僕たちの現場に居た時、不審な人物がスタジオの付近をうろついていたって話を何回か耳にした」
「そんな話、俺は聞いてないぜ」
「僕たちに心配をかけないように、姉鷺さん止まりの話だったんでしょ。僕だって、たまたまスタッフの人たちが話してるのを耳にしただけ」
天は口出し無用と言わんばかりに俺と楽を一瞥したあと、奈々美ちゃんに目を向けた。その目つきに、彼女が萎縮しているのがわかった。
「今回は実害はなかったけど、一歩間違えば龍にも危険が及んでた」
「おい、天!そんな言い方ないだろ!」
天に掴みかかろうとする楽をなだめれば、楽は小さく舌打ちをしながらも口を噤んだ。天の言葉に俯いてしまった奈々美ちゃんに声をかけようとしたタイミングで、天が再び口を開いた。
「僕たちには知る義務がある。申し訳ないと思っているなら、話して」
天のその言葉にゆっくりと顔を上げた奈々美ちゃんは、俺に助けを求めるような視線を向けた。俺が止めれば、多分天も楽もこれ以上の詮索はしない。奈々美ちゃんも多分、それをわかっている。
でも、俺も確かめなければいけない。あの封筒に入っていた写真のことと、今回の件について。
優しいだけのお兄ちゃんで居てあげられなくてごめんね。そう心の中で謝りながら、俺は奈々美ちゃんを諭すように頷いた。
その真意が伝わったのか、彼女はぽつりぽつりと溢し始めた。
「少し前に、写真が送られてきたんです…」
「写真?」
どんな?と純粋な疑問をぶつけた楽に、えっと…。と、言葉を濁した奈々美ちゃんだったけれど、写真の事を鮮明に思い出したのか、その表情はどんどんと曇っていった。
「奈々美ちゃん、無理に話さなくても…」
「いえ、大丈夫です。その、私の…盗撮写真、で…」
「盗撮?!」
「はい…」
元々知っていた俺と、なんとなく察しがついているであろう天とは打って変わって、楽は信じられない。とでも言いたげな顔をしていた。
「でも、1回だけだったし気にしないようにしてたんです。ただ、今日事務所出勤だったんですけど、休憩から戻ったらデスクが荒らされてて…。それで、鍵が…見当たらなくて…」
尻すぼみになっていく言葉と、ぎゅっと布団を握る手に、その後の事は俺から2人に説明した。と言っても全てを知っているわけでは無いから、時折奈々美ちゃんに捕捉を入れてもらう形にはなったけれど。全てを話させるよりは幾分かましだったのだろう、彼女表情は次第に戻っていった。
話し合えた後、病室は沈黙に包まれた。
誰も言葉にはしなかったけれど、奈々美ちゃんは今ストーカー被害に遭ってると言うのが、今回の事で確定してしまった。誰が?という疑問も勿論浮かんできたが、彼女をどう守るかが今は最重要だろう。でも、どうしたら…?そんな事を考えていたら、天が口を開いた。
「この事、他に知ってる人は?」
「…居ないよ」
「奈々美ちゃん、まさかオサムさんにも…?」
「オサムさんにはご自身の家庭もあるので…迷惑かけられないです」
「そんな事言ってる場合じゃ無いだろ?!」
楽の言う通りだと正直思った。ただ、彼女が"家族"というものにどんな気持ちを抱いているかを知っている身としては、何も言えないところでもあった。優しい奈々美ちゃんの事だ、自分のせいでオサムさんの幸せな家庭に何かあったら。と考えているのだろう。
「じゃあ、四葉は?あいつになら…」
「ダメです!」
楽が環くんの名前を出した瞬間、奈々美ちゃんの口から珍しく大きな声が発せられた。その必死な声色と表情にまだ俺の知らない彼女の過去を見た気がして、俺は無意識のうちに拳を握っていた。こんな事考えてる場合じゃ無いのに。
「奈々美ちゃん…」
「ごめんなさい。でも、環くんには言わないでください」
お願いします。そう言って頭を下げる奈々美ちゃんを見て俺は、ごめんね。と呟いた。その声に奈々美ちゃんが顔を上げたと同時に、病室のドアが勢いよく開かれた。
「んだよそれ…」
「たっ、環さん…!」
「なんで俺には黙ってろなんて言うんだよ…!」
そこに居たのは焦った表情の紡ちゃんと、寂しそうな顔をした環くんだった。
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