同じ気持ち
「ななみんは、やっぱり、俺に会いたくなかった?」
しゅん、という音が聞こえてきそうなほど、落ち込んだ環くんのその表情は昔と何も変わってなかった。
数分前−
陸くんのメイクを終わらせ、番組中の直し用の道具を用意していた私に、オサムさんが寄ってきた。
「おい、奈々美。メイクは終わらせたから、環くんのヘアセット頼むわ!」
「えっ?」
突然の事で気の抜けた声が出てしまった。
それもそのはず、オサムさんはメイクからヘアセットまで、基本的に自分の担当分は自分で完璧にこなしたいタイプだからだ。
ちらりと環くんへ目線を向けると、鏡越しに目が合った。彼はきらきらと目を輝かせている。ちなみに、もう1人のメイクさんは一足先にスタジオへ向かってしまったため、代わりにやるなら私しかいない。
「まぁまぁ。あいつずっとそわそわしてるしそろそろ相手してやれよ。それに、お前も、ずっと会いたかったんだろ?」
こっそりと耳打ちをされ、思わずオサムさんに顔を向けるれば、ウィンクで返された。オサムさんには確か以前お酒の席で、自分の幼少期の話をした事がある。その時勿論環くんの話もしたため、オサムさんはこの状況を楽しんでいる。間違いなく。
んじゃ!あとはよろしく!と、颯爽とメイク室を後にした彼を、ため息で見送った。
そのため息に、環くんの肩が跳ねたのがわかった。鏡に映っている彼の顔は先ほどと打って変わり、眉尻を下げながら私の様子を伺っている。
「ななみんは、やっぱり、俺に会いたくなかった?」
しゅん、という音が聞こえてきそうなほど、落ち込んだ環くんのその表情は昔と何も変わらず懐かしくなり、思わず彼の頭を撫でた。
「そんな事ないよ」
「ほんとに?」
「ほんとだよ」
「…うそだ。本当はオサムんと代わるのやだな。って思ったんだろ」
と、環くんは口を尖らせてそっぽを向いてしまった。その姿がかわいくて、思わず笑いそうになるのを堪える。
「うそじゃないよ。オサムさんがなんの説明もなしに出てっちゃったから、思わずため息ついちゃっただけ」
「ふーん…」
とりあえず、髪やっちゃうね。と、声をかけてヘアセットを始める。環くんは相変わらず、口を尖らせたままだ。
ふと、先ほどのオサムさんの問いかけを思い出した。
『お前も、ずっと会いたかったんだろ?』
そりゃ、会いたかったに決まっている。施設に居た頃、私は環くんを弟のように、誰よりも可愛がっていたのだから。
IDOLiSH7がデビューした頃は、テレビや雑誌は欠かさずチェックしていた。
彼らが出演した音楽番組は、大体別のアーティストに付いて同じ現場に居たため、タイミングが合えば、こっそり袖からステージを観たりもしていた。しかし、自分の担当アーティスト以外と接触する事はご法度で、いつも影から見てることしか出来なかった。
だから、二階堂さんとドラマの現場で出会ったのは、ラッキーだと思ったし、彼らのレギュラー番組にまで関われるなんて、前世の私は一体どんな徳を積んだのだろう。と真剣に考えてしまうくらい嬉しかった。
しかし、今日環くんと再会して、成長した彼にどう接したらいいかわからなくなってしまったのだ。
体格も、声も、変わっていることなんて、ずっと前からわかっていたのに、いざ目の前にすると別人のように思えた。私の事なんて忘れてるかもな。なんて考えたこともあったが、そんなの本心じゃなくて、忘れられていたら寂しいし、誰?なんて言われたら、と考えたら、怖かった。
それでも、自己紹介でそわそわしている姿を見て、これは絶対に覚えてるな。と確信を得られた。むしろ露骨すぎて笑いをこらえるのが大変だったくらいだ。
急に抱きしめられたのはびっくりしたけど、ななみんって呼び方とか、コロコロ変わる表情とか、あとは今弄ってるこの髪なんかは、昔と何も変わらなくて、やっぱり彼は私がずっと会いたかった環くんなんだな。と感じさせてくれた。
でも、今は仕事中だし浮かれちゃダメだ。と、言い聞かせて振舞って居たのに、オサムさんのせいで台無しだ。
そんな事を思っていると、さっきさ。と環くんが呟いた。
「なんで、四葉くん。って呼んだの?」
「それは…みんなが居たし。ほら、お仕事だから」
「なにそれ、そんなん関係ないじゃん。りっくんの事は陸くんって呼んでたのに」
「ふふっ。うん。そうだね」
仕事モードの証として、苗字で呼んだだけなのに、そんな事で拗ねちゃうのか。まだまだこどもだなぁ。なんて思っていたら、笑うなし!と言いながら更に口を尖らせる環くんに怒られてしまった。
ふと、時間が気になり時計に目を向けると、全体の打ち合わせまであと30分。早く仕上げて彼を送りださなければ。そう思いながら、未だにぶーぶー文句を言っている環くんの声をBGMに、せっせと手を動かした。
「ほら、できたよ!」
数分後、ぽんっと彼の肩を叩き、終わりを告げる。この髪型…。と呟く環くんに、道具を片付けながら、懐かしいでしょ?と、声をかける。
ハーフアップのおだんご。
これは、私が小さい頃環くんにしてあげていた髪型だった。施設に居たお姉さんに、おだんごヘアーにしてもらっていた私を見て、気になっていたのだろう。ある日環くんが、おれもそれやりたい。と、私のおだんごを指差しながら言ってきたのだ。
それなら私がやってあげる!と意気込んで結んでみたものの、高い位置で作ろうとして襟足をまとめきれず、ハーフアップのおだんごになってしまった。
うまくできず落ち込む私とは裏腹に、環くんは、おそろいだ!と、とても喜んでくれた事を今でも覚えている。
その日から、毎日私は環くんの髪を結んであげるようになったのだ。
「昔より上手くなったでしょ?」
なんて笑いながら振り返ると、目の前に環くんが立っていて驚いた。何か言いたそうな顔をしているが、もうあまりゆっくりして居られない。どうしたの?と私が口を開こうとしたと同時に、彼の口から、あのさ。と声が溢れる。
「俺、今日ななみんに会えるのほんと、楽しみにしてたんだ。でもさ、ななみんは俺の事なんてもう覚えてなかったらどうしようって、思って…。すっげー寂しかったし…」
怖かった。そう言いながら環くんは、私の手を握り、真っ直ぐに見つめる。その瞳の奥は不安げに揺れていて、胸が締め付けられた。私も同じ気持ちだったよ。って伝えたいのに、なぜか上手く言葉が出てこない。
「でもさ、ちゃんと覚えててくれたんだよな」
俺、今宇宙一幸せもんかも!片手で髪をいじりながらそう言い、笑う環くんの笑顔は、とっても輝いていた。あぁ、本当に、また会えてよかった。私と同じように、彼も不安に思っていたなら、ちゃんと伝えなきゃ。そう思い、環くんに向き合って、空いていた方の手で、今度は私が環くんの手を握り、口を開く。
「あのね、「環ー!準備できた??」
私が口を開いたと同時に、陸くんがメイクルームに飛び込んできた。なかなか来ない環くんを心配して、呼びに来てくれたのだろう。しかし、なんとも、タイミングが悪い…。
「七瀬さん、部屋に入るときはきちんとノックをするようにと、何度言えば…。って、あなたたち、何をしてるんですか」
陸くんだけだと思い、油断していた私たちは、お互いの手を握って向かい合ったままの状態だった。それを見た一織くんは、ギロッと音が聞こえてきそうなほど鋭い眼光で私たちを見ている。そしてそんな一織くんの様子を見て、環くんは、げっ!と声を漏らして、慌てて手を離した。
「げっ!じゃないですよ。遅いと思って様子を見にきてみたら。まったく、あなたたちは…」
「まぁまぁ!いいじゃん、一織!わー!環の髪型、すごい似合ってる!これ奈々美さんがやったんですか?」
かっこいい!と、褒められ、私がありがとう。と言うよりも早く、だろ?!と、環くんがドヤ顔で返事をする。
その様子を見ながら一織くんがため息をついたのがわかったが、2人には届いていないようだ。
「もう終わっているなら、彼を連れて行ってもよろしいですか?」
「え、あ、はい。大丈夫です」
淡々と話す一織くんから無言の圧を感じ、思わず怯む。一織くんは、では、失礼します。と言い、未だに、かっこいい!だろ?!合戦を続けている2人を一喝し、スタジオへ向かうように促した。
「じゃあな、ななみん。いおりんこわいから、もう行くな。あ、あとでラビチャ交換しよ」
そう言いながら2人と、メイクルームを後にする環くんの声に、はっ!とし、彼の元へ駆け寄り、腕を掴み歩みを止めさせる。びっくりしている彼をよそに、めいいっぱい背伸びをし、彼にだけ聞こえるように、先ほど伝えられなかった言葉を、そっと耳元で囁いた。
「私もずっと会いたかったよ。環くん」
大丈夫、ちゃんと同じ気持ちだよ。
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