たった今君のせいで




「ななみん、来なかったな」


MEZZO"の音楽番組収録のためテレビ局へ向かっている車内で、環くんが呟いた。来なかったと言うのは、先日行われた彼らのライブにという事だろう。
真実を告げられない事に罪悪感を抱きながらも俺は、そうだね。とだけ返し信号を確認してブレーキを踏んだ。


「きっと忙しかったんだよ。また次の機会にお誘いしよう」
「ちぇーっ。来て欲しい!ってラビチャまでしたのに」

スマホをいじりながらそう言う環くんは、随分と奈々美に懐いているようで、事あるごとに俺に奈々美の話題を振ってくる。(単純にその後どうなったのか気になっているだけなのかもしれないけれど)
未だにふて腐れている環くんと、それを宥める壮五くんの声に耳を傾けているうちにテレビ局に到着した。
早速メイクに取りかかった2人と別れ、俺は喫煙所へと足を向けた。

1人ぼーっとタバコを吸っている時間が最近増えたと思う。この時間、何も考えずに居られるときはリラックスできる。しかし不意にスマホに目を落としては、あいつは今何をしてるんだろう。なんて考えてしまうこともあるから厄介だ。

「もう俺には関係ないのに」

1人そう呟いたと同時に、喫煙所のドアがコンコンっとか叩かれた。誰だろう?とそちらに目を向けると、ガラス越しに薄らと笑みを浮かべた千と目が合った。
それから千は人差し指で左の方を指差して姿を消した。恐らく、そこの休憩スペースで待ってるね。と言ったところだろう。
これから聞かれるであろう色んなことを想像して、俺は思わずため息をつきながらタバコの火を消した。




「お疲れ」
「お疲れ。今日はMEZZO"の収録?」
「そう。そっちは?」
「これからネクリバの収録」

休憩スペースに設置されている自販機でコーヒーを買い、千の隣に腰を下ろす。僕の分は?なんて言う千にバラバラと小銭を渡せば、彼はソファから腰を上げてミネラルウォーターを買い、自販機の横の壁に寄りかかる形で俺の前に腕を組んで立った。

「倒れたって?」
「…ただの寝不足だよ」
「自己管理のできないマネージャーって、最低だと思わない?」
「作曲に没頭して睡眠を忘れるアイドルに言われたくない」

暫くの沈黙の後、そうね。と肩を竦ませた千は、それよりも。と話を続けた。

「奈々美ちゃんは何も言わなかったの?今一緒に住んでるんでしょ?」
「…あいつはもう出てったよ」
「へぇ。喧嘩でもした?それとも相性が合わなかった?落ち込んでるなら慰めようか」
「いいよ。そんなんじゃない」

そう。そんなんじゃない。ただ、俺たちは再会する前に戻っただけだ。お互いどこに住んでるかもわからず、連絡先は知っていても連絡を取らない。そんな距離感に、戻っただけ。
そうは分かっていても、未だにすっきりとしない自分の心のモヤモヤを飲み込むように、俺は缶を傾けた。

「ならいいけど」
「心配かけて悪かったな。もう時間だから行くよ」

一気に飲み干したコーヒーの缶をゴミ箱に捨てて、ソファから立ち上がる俺の背中に向かって、素直になればいいのに。なんて、何もかも分かったかのような声色で言う千に、それができたら苦労してないよ。とだけ返して、俺はその場を後にした。


予定より随分と早く収録が終わり、壮五くんと環くんにご飯でも食べて帰ろうかと提案すれば環くんが、やったー!と声を上げて喜んでくれた。なんでも、今日は三月くんと大和くんは飲み会。他のメンバーはそれぞれの仕事で遅くなる日で、晩ご飯どうしようか。と2人、楽屋で悩んでいたところだったらしい。
好きなところ決めていいよ。と声をかけると、すぐに環くんからリクエストが飛んできた。予約もできず、個室もないお店だけど、さくっと食べて帰るにはちょうど良さそうなお店だった。
目的地に車を走らせている最中、フロントガラスを雨粒が打った。
今日は洗濯物を干してきたのに。
慣れないことはするもんじゃないな。と、心の中でため息をつきながら、俺は後部座席から聴こえてくる歌声に耳を傾けた。






夕食を食べ終えて2人を寮まで送り、早々に帰宅した俺は、部屋が近付くにつれて洗濯物の事を思い出して憂鬱な気分になった。
雨脚は弱いものの、降り始めてからそれなりに時間が経っている。恐らく洗濯物はびしょ濡れだろう。
まぁ明日休みだし、とりあえず乾燥機にかけとけばいいかなんて思いながら鍵を回してドアノブを引くも、ドアが開かない。

「まじか…」

家出る時、鍵かけ忘れてたのか。
最近の自分のダメさ加減にため息をつきながら再び鍵を回して、今度こそドアを開ければリビングの電気もついていた。本当にダメだな。と項垂れるとと同時に目に入った1足の女性ものの靴。

いや、まさかね。

そんな気持ちを抱きながら、ゆっくりとリビングへの扉を開ければ、ずっと会いたかった彼女の後ろ姿。会いたすぎてついに幻覚でも見えるようになったのかなんて、馬鹿みたいな事を考える。
そんな事あるはずないって、わかってるのに。
物音に気付いて振り返ったと同時に、俺は思わずその腕を抱き寄せた。


あと少し、あと少しで諦められそうだったのに。



「万理…?」



小さく肩を揺らしながら、俺の名前を呼ぶ声を聞いて、諦めるなんて選択肢は消え去った。



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