人知れずキス




人の楽屋に入るのはすごく緊張する。

楽屋の扉の横に貼られている紙には『TRIGGER様』と書かれていて、目的地もここで間違いないのだけれど、どうしてもノックする勇気が出ない。
ここに書いてあるのが『九条天 様』ならこんなに緊張しない。でも『TRIGGER様』ってことは、あの八乙女楽も十龍之介もいるのだ。

決して面識がない訳ではない。今まで何度か話したことはあるし、音楽番組で共演したこともあるけれど、2人とも天とは違って大人だし、抱かれたい男1位、2位なだけあってなんかオーラとかがいろいろとすごい。
考えれば考えるほど緊張してしまって、私は楽屋の前を何度も行ったり来たりしている。
でも、そろそろ腹を括るしか…!
そう思ってノックをしようと右手をあげたと同時に、奈々美?と背後から声をかけられて、私は思い切り肩を跳ねさせた。


「なにしてんだ?」
「あれ?本当だ!久しぶりだね!」

元気だった?そう声をかけてきた十さんと、相変わらずちっこいな。なんて私の頭をぽんぽんと叩く八乙女さんにあわあわしていると、十さんが私の手元を見て、何かを察したようににこっと笑って口を開いた。

「天なら、まだスタジオだよ」
「え?!」
「あぁ。SNSに載せる用の写真撮ってるぜ。あとFC用の動画もか」

あれ、結構時間かかるんだよな。と顔を見合わせる2人の言葉にほんの少し肩を落とす。
そう、私がなぜわざわざTRIGGERの楽屋に来たかというと、今日は天の誕生日だからだ。


国民的アイドルTRIGGERのセンター、九条天と私は付き合っている。けれど、その関係は絶対秘密。天は八乙女さんと十さんにもこの事は話してないって言ってた。
プロ意識の高い彼とは、付き合ってると言ってもオフで会うなんてできっこなくて、ラビチャをしたり、電話をするだけの日々が続いていた。
それでもどうしても直接誕生日をお祝いしたかった私は、今日同じテレビ局を使うと聞いて、プレゼントを持ってきたのだ。
最初はそれすらも迷惑になってしまうのではと考えたけれど、デビュー当初から交流があるし、何度も共演している私が彼の誕生日をお祝いしてもなんら不自然な事はないだろう。と、会いに行くことを決意したのだ。
スケジュールが詰まっていて、今日を逃したらいつ渡せるかわからないから渡してしまいたいのだけれど、既にマネージャーさんを待たせてしまっている私は苦渋の決断をした。


「あの、これ天に渡しておいてくれませんか?」
「え?それは構わないけど…」

いいの?と首を傾げながらも快く引き受けてくれた十さんに、お願いします。と、手に持っていた紙袋をおずおずと差し出せば、今度は八乙女さんが首を傾げた。

「なんだよ。時間無いのか?」
「いや、そういう訳じゃないんですけど。マネージャーさん待たせてて…」
「お前のマネージャーなら、さっき姉鷺と話してたぞ」
「え、本当ですか」

私のマネージャーとTRIGGERのマネージャー、姉鷺さんは趣味が合うらしく、顔を合わせると女子会の如く話を始めてしまうのだ。

「女子会始まっちゃいましたか…」
「久々だから長いかもね」
「そう言う訳だ。聞きたいこともあるし、天が戻ってくるまでここで待ってろよ」

そう言って楽屋のドアを開ける八乙女さんと、うん!そうしなよ!とにこにこと笑っている十さんの笑顔を見たら断るなんてできなくて、私はお言葉に甘えてTRIGGERの楽屋で天の帰りを待つことにした。







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「ありがとうございました」

SNS用の写真と、FC用のメッセージ動画の撮影を終えてスタジオを後にする。
今日はこの撮影で終わりだったはず。と頭の中でスケジュールを確認しながら楽屋へと足を向ければ、何やら賑やかな声が中から聞こえてきた。
全く、何に盛り上がってるんだか。
心の中でため息をつきながら楽屋のドアを開けて、飛び込んできた光景に目を白黒させた。

そこには、龍と楽に挟まれるようにソファに腰掛け、龍を見ながら頬を染めている僕の彼女、奈々美が居たからだ。

「だから、そんなんじゃないですってば…!」
「いや、バレバレだぞ。な?龍」
「え?うん。俺も結構前から気付いてたかなぁ…」
「えぇー…やだ恥ずかしすぎる。絶対秘密にしてくださいよ!」

照れんなよ!と彼女の頭をぐしゃぐしゃと撫で回す楽。やめてください!とけらけら笑ってる奈々美は、僕に全く気付いていない。
なんの話だか知らないけど、やたらと楽しそうだし、終始奈々美が顔を赤らめてるのが無性に腹が立つ。

「…何やってるの?」

僕の一言で動きを止めてこちらを見た3人。奈々美は僕を見るなり、やっと戻ってきた!と言いながら駆け寄ってきた。その頬はまだほんのり赤い。
別にその顔がかわいいだとか、僕以外の人に見せないで欲しいなんてこれっぽっちも思ってないけど、僕が来るまで龍と楽がこの顔を見てたのかと思うと面白くない。

「なんで君がここにいるの?」
「天を待ってたの」
「…そう。僕を口実にイケメン2人に構ってもらえてよかったね」

多分、奈々美は誕生日を祝いに会いに来てくれたんだと思う。その証拠に彼女が手にしている紙袋からはラッピングされたプレゼントらしきものが見え隠れしている。
わざわざ会いにきてくれて嬉しいはずなのに、今はなんだか嬉しいよりも他の感情が強いみたいだ。
いつもより低い声で言い放った僕の言葉に、眉を下げた奈々美の横を、ため息をつきながら通り過ぎる。
そんな僕の態度を見て楽が何か言ってるけど、それを適当に聞き流しながらジャケットを脱ぎ、イヤリングを外す。それと共にふつふつと湧き上がる感情。



ちょっとかわいいからって、ちやほやされて顔を赤くして馬鹿みたい。



「え?」

心の中で呟いたはずの言葉に反応が返ってきて思わず動きを止める。鏡越しに3人を見れば、ぽかんとしている奈々美と、にやにやしている楽と、にこにこと笑っている龍が映っている。

「…かわいい?私の事?」
「…言ってない」
「いや、言ったな。奈々美のことだろ?」
「違うから」
「じゃあ俺か楽の事?」
「…はぁ。わかったよ、僕の負け。奈々美の事」

どうやら先ほどの言葉を、僕は無意識のうちに声に出していたようだ。あぁ、もう最悪。そう思って振り返ったら、これでもかと言うくらい顔を真っ赤にしている奈々美だけがそこにいて、それと同時にパタン。と楽屋のドアが閉まった。


「……楽と龍は?」
「えっ?!わ、わかんない」
「そう」

こんなつもりは無かったけど、2人が気を使ってくれたんだから。と、ゆっくりと近付く僕から逃げるように退く奈々美。
そんな彼女にお構いなしに距離を詰めれば、その背中はあっという間に壁についた。壁に片手をついて顔を覗くと、奈々美は僕と目を合わせないように視線を泳がせる。
その顔は相変わらず真っ赤だった。


「きょどりすぎ」
「だっ、だって!天にかわいいって言われたの、初めてで…」

嬉しくて。ぎゅっと力一杯目を瞑りながら、両手で真っ赤に染まった頬を覆いそう言った奈々美がやたら可愛く見えて、その唇にそっとキスをすれば、ぎゅっと瞑られていた目がぱっと開いた。

「えっ?!なっ…?!」
「こういう時じゃないとできないんだから、いいでしょ?」

そう言ってもう一度触れるだけのキスをすれば、そうだけど!と奈々美はたまらずその場に蹲み込んで、膝に顔を埋めてしまった。

「服、汚れるよ」
「…それどころじゃない」
「ねぇ、ごめんね」

急に謝った僕に驚いたのか、奈々美は勢いよく顔を上げて僕のおでこに手を当てた。

「…何してるの?」
「いや、天が謝るなんて、熱でもあるのかと思って」

なにそれ。と未だにおでこに当てられてる奈々美の手をそっと握って、見せつけるように指を絡ませれば、わかりやすく緊張した奈々美。
こんなに顔に出やすいタイプだったっけ?なんて思いながら、僕は話を続ける。

「気付いてると思うけど、2人に妬いちゃった」
「なんで…?」
「それ聞くの?」


奈々美が僕の見たことない、かわいい顔してたから。


そう耳元で囁けば再び真っ赤になった奈々美の顔。素直な反応にくすくすと笑えば、彼女は僕の手を振り払い、ずっと手にしていた紙袋を僕の胸へ押しつけ、帰る!!と勢いよく楽屋を出て行ってしまった。
からかいすぎたか。なんて考えながら立ち上がったと同時に、楽屋のドアが再び開いた。楽と龍かな?とそちらへ目を向ければ、そこにはドアから半分だけ顔を覗かせた奈々美がいた。

「なに?2回じゃ足りなかった?」
「ち、ちがうから!…あの、天、誕生日おめでと!天が居るから私、頑張れてる!その…いつもありがと!」

それだけ!じゃあね!!そう言って勢いよくドアを閉めた奈々美。その数秒後、ドアはゆっくり閉めてください!なんてスタッフさんから怒られてる声が聞こえて思わず笑ってしまった。




天がいるから私、頑張れてる!
そんな奈々美からの言葉が、ゆっくりと心に染み込んでいく。



「それはこっちのセリフなのにね」



紙袋から取り出した、コロンを抱いているうさぎのぬいぐるみに、僕は1人話しかけながら彼女を重ねてキスをした。



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あおい様リクエスト
他のメンバーと仲良くしているところを見て嫉妬する天くん



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