引力には逆らえない
「このお肉超美味しいんで!どんどん食べちゃってくださいね!」
「はぁ…」
よかったらモモリンもどうぞ!
ずい!っと音が聞こえてきそうな勢いで目の前に出されたペットボトルを私は受け取った。
今私はユキとその相方のモモくんと、ユキの家で食卓を囲んでいる。
なぜこんなことになっているかと言うと、私が乗り込んだ車、あれを運転していたのがモモくんだったというただそれだけの単純な話だ。
今思えばユキは助手席から話しかけてきてたから、もう1人いることなんてわかり切っていたのに、あの時の私は全く気が付かず、乗り込んでからようやくモモくんの存在に気が付いた。
そして、ユキの家でご飯を食べる予定だったという2人にそのまま連行されて今に至る。
「モモ、少しは落ち着きなよ」
「だってバンさんの彼女さんなんでしょ?!こんな綺麗な彼女さん居たなんて初耳だもん!」
にこにこと笑顔を向けるモモくんに打って変わって、そうね。と淡々と返すユキは、それで?と頬杖をつきながら首を傾げた。
「万と何かあった?」
「いや…別に…」
「…そう。あんな雨の中ずぶ濡れで歩いてたから、振られでもしたのかと思った」
にっこりと含みを持たせた笑みを向けてくるユキに図星をつかれてぐっと息を飲む。正確には振られたと言うよりは、勝手に諦めて勝手に落ち込んでいるだけなのだけれど。
それから暫く沈黙が続いた後、何かを察したのかモモくんが、あ〜!オレちょっと甘いもの買いにコンビニ行ってくる〜!と部屋を出て行った。その背中に、気を付けるんだよ。と声をかけ見送った後、で?というユキの声に顔を正面に戻す。
「いや、話すことは何も…」
「折角シャワーと着替えを貸して、食事を用意してあげたのに」
私の言葉を遮り肩を竦めてわざとらしくため息を吐くユキに、返す言葉が見つからず押し黙る。
じっと私を見つめるユキの視線に居心地が悪くなって視線を逸らせば、知ってると思うけど。とユキが話を始めた。
「万、少し前に倒れたでしょ」
「…そう、だね」
「昔からの仲なら知ってると思うけど、万が体調管理できないなんてよっぽどの事じゃない?」
「…忙しかったんでしょ」
「悪いけど、僕は真っ先に君が原因だと思ったよ」
さっきまで楽しそうにしていたユキが、不意に真剣な目になって、思わず身構える。万理が倒れた原因が私に?なんで?頭の中が疑問でいっぱいになった頃、見かねたユキが口を開いた。
「別に責めてるわけじゃないさ。ただ、何があったか知りたいだけ。万を大切に思ってるのは君だけじゃないからね」
再びにこっと笑うユキの言葉にいろんな人の顔が浮かんだ。
もしかしたら、恋人ごっこを辞めた事が関係しているのかもしれない。しかし、終わりにしようと言ったのは万理で、所詮は偽りの関係だった。そんな偽物の彼女との関係が終わったくらいで、万理が心を乱すのだろうか。
にわかに信じがたいけれど、私に原因があるとすればそれしか考えられなかった。
「…万理が倒れる少し前に、別れたの」
「…だと思った」
「別れたっていうのも本当はおかしいんだけどね」
「元々付き合ってなかったんでしょ?」
ユキの言葉に、え?と聞き返すも、すぐにわかったよ。とだけ返された。
もうバレてるなら、と私は墓場まで持っていく予定だった万理と再会してからの事を話した。
恋人のふりをして欲しいと頼まれたこと、自分も万理を利用してたこと。そして、本気にならないと約束したこと。
自分の言葉に落ち込み肩を落とす私にユキは、へぇ…。と呟きながら呆れるように小さく笑った。露骨なそれに眉を寄せて、何?と聞けば、なんでもないよ。と言われ、口を尖らせる。
「それで?奈々美ちゃんはまんまと万の事好きになっちゃったの?」
「…その話はいいでしょ」
「僕が個人的に聞きたいだけ」
ねぇ、どうなの?そう言って詰め寄ってくるユキを睨みながら、悪い?と言えば、別に。とにこにこ笑っているユキに、だってしょうがないじゃない。と文句を垂れる。
結局、私はどんなに離れようとしても、万理から離れなれない星の元に生まれてしまったのだから。離れられないから近くにいる。近くにいるから好きになる。そうなるのがきっとわかっていたから、私はあの約束を作ったはずなのに。
「なんで好きになっちゃったの?久々に会ったらかっこよく思えちゃったとか?」
「かっこよく?まさか。万理のかっこいいところなんて、見た目だけじゃない」
私の言葉に、ユキがぷっ!と吐き出した。
男は女にかっこいいところを見せたいものなんだ。
いつだか父が言っていたけれど、万理のかっこいいところなんて外見を除けば、きっと片手で数えられるくらいしか知らない。
理由は明白、彼は困った時に一番に私を頼るからだ。
彼の親が父親だけになってしまった時も、一人暮らしを始めた時も一番に相談された。そう言えば、何も聞かずに父親にだけこの連絡先を教えて欲しい。と連絡が来たこともあったっけ。
今回もそうだ。一番に私に連絡をしてきた。
だから、クズなところだって情けない姿だって何度も見てきたし、小さい頃は泣いてる万理を慰めた事だってある。そんな万理になぜ惹かれるのか不思議だと正直自分でも思う。
特殊な引力か何かが働いてるんだろうか。
そんな事をぼーっと考えているとやっと落ち着いたユキが、で?と口を開いた。
「奈々美ちゃんは万とどうなりたいの?」
「どうって…」
「付き合いたいとかないの?好きなんでしょ?」
「…好きだよ。でも、万理が私の事を"そういう意味"で好きになる事はないってわかってるから、もういいの」
そう、もういいの。改めて言葉にすると涙が出そうになった。
本当にこれで終わりで、私はこの先万理とは会わないまま死ぬのかもしれないなんて、そんな事を考えたら寂しくて仕方がなかった。でももしまた困った事があって、1人じゃどうしようもない時は、万理はまた私を頼ってくるかもしれない。その時はもう、同じ思いはしないようにしないと。もう、失敗しないようにしないと。
そんな事を考えている私とは裏腹に、ユキは相変わらずにこにこ笑ってて、あんたは何が楽しいんだと言いたくなってしまった。
「じゃあ、全部万次第なんだ?」
「…まぁ、でも無いでしょ。さっきも話聞かないで大声あげながら出てきちゃったし、私もう嫌われてるんじゃない?」
「へぇー…。
そうなの?万」
そう言って私の背後に目線を向けるユキの言葉に、さーっと血の気が引く。いやまさか。と、ゆっくりと振り返れば、そこには息を切らした万理と、気まずそうに頬を掻いてるモモくんがいた。
窓を叩く雨粒の音だけが、やけに大きく聞こえた。
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