まるで陽だまりのような




病院を出たのは、夜も更けた頃だった。
ただいま。と家へ入る紡ちゃんに続き、お邪魔します。と私は小鳥遊家の玄関を潜った。


「やぁ。いらっしゃい」

出迎えてくれたのは、ピンクのうさぎを抱えた優しそうな男性で、すぐに紡ちゃんのお父さんだとわかった。夜分遅くにすみません。と、頭を下げれば。気にしないで。と優しい声が降ってきた。

「オサムくんのところの奈々美さんだよね?」
「あっ…!はい、いつもお世話になっております」

片瀬奈々美です…!そう言って慌てて再び頭を下げる。
そうだ、"小鳥遊"と言えば小鳥遊事務所の社長さんじゃないか。前に環くんも言っていた。マネージャーはボスの娘なんよ、と。
仕事でお世話になっている会社の、しかも社長の家に居ると思ったらなんだか途端に緊張してしまった。

「こちらこそ。でも、そう言うのは家の中では無しにしよう。紡から聞いたよ、大変だったね…」

立ち話もなんだし、どうぞ。と玄関を後にする小鳥遊さん。紡ちゃんに、行きましょう。と促されて私たちはその後を追った。







3人でテーブルを囲み紅茶を口にしながら、今後について小鳥遊さんも一緒に真剣に考えてくれた。それが嬉しいと同時に、なんで見ず知らずの私なんかに優しくしてくれるんだろう。なんて、なんだか不思議に思ってしまった。
その後、お先にどうぞ。という紡ちゃんのお言葉に甘えて、久々にゆっくりお湯に浸かった。お風呂を出てリビングへ向かえば、机に突っ伏して眠っている紡ちゃんがいて、罪悪感が芽生える。

「いつもこうだから、気にする事はないよ」

背後からかけられた声に肩を跳ねさせれば、驚かせてしまったね。と謝りながら小鳥遊さんが歩み寄ってきた。

「…お仕事忙しいですもんね」
「この仕事は生活が不規則にもなりがちだからね。本当によくやってくれてるよ」

そう言って紡ちゃんに目を落とした小鳥遊さんの表情が優しくて、尚更今回のことに巻き込んでしまった事への罪悪感が強くなった。

「紡がね、君のことをよく話してくれるんだよ」
「えっ?」
「周りは男の子ばっかりだし、うちには歳の近い女性社員も居ないから、奈々美さんに仲良くしてもらえて嬉しかったんだろうね」
「そんな、こちらのセリフです。紡ちゃん、いつも現場で話かけてくれるんです。今度一緒にお買い物行きませんか?って誘ってくれたりもして、その時は私がヘアアレンジしてあげるね。なんて…話してて…」

嬉しくてつい喋りすぎてしまった。と思い顔色を伺えば、そこには先ほど紡ちゃんに向けていたのと同じくらい、優しい表情をした小鳥遊さんがいた。
それがなんだか気恥ずかしくて目を逸らせば、小鳥遊さんは小さく笑って、再び話を始めた。

「今日、こんな形で会うことになってしまったけど、僕もずっと君に会ってみたいと思ってたんだよ。紡から聞いていた通りの人だ」
「え?」

そう言ってにっこり笑った小鳥遊さんは、抱えていたうさぎを私に手渡して、紡ちゃんの肩を揺すった。紡、起きなさい。と言う小鳥遊さんの声に飛び起きた紡ちゃんはその後、すぐ出てきますから!とお風呂へと駆けて行った。

「申し訳ない気持ちや、遠慮はいらないよ」

私の手からうさぎを受け取りながら、小鳥遊さんはそう言った。

「自分の家だと思って、落ち着くまでゆっくりしていきなさい。なんなら、僕のことお父さんって呼んでもいいからね」

そんな小鳥遊さんの優しさに、涙が溢れそうになった。








「先ほどは、呑気に居眠りしてしまってすみませんでした…!」

ベッドの上で深々と頭を下げた紡ちゃんに、顔あげて…!と声をかければ、渋々といった様子で顔を上げてくれた。

「私の方こそ、迷惑かけてごめんね」
「迷惑だなんて!寧ろ、強引に事を運んでしまってすみません。でも、本当に心配で…。あの、余計なお世話かもしれませんが、やっぱり警察に相談された方が…」

この話をするのは、実は2回目だ。
1回目は病院を出る直前、十さんからの提案だった。それに対して私と環くんがあまりいい反応をしなかったのがきっと紡ちゃんは引っかかったのだろう。

「もう昔の話なんだけどね、私と…あと多分環くんも。あんまりいい思い出がないと言うか」
「何かあったんですか…?」

私の顔を覗き込むように尋ねる紡ちゃんに、どう話すか悩んでいると、紡ちゃんが慌てだした。

「す、すみません!興味本位で聞いているわけではないんです…!ただ、その、今後の事を考えると知っておいた方が…いいのかなぁと…」

言葉が尻すぼみになり、そのまま俯いてしまった紡ちゃんに、全然大丈夫だよ。と、私は話を続けた。

「施設の近くに公園があってね、よく環くんとか他の子を連れて遊びに行ってたの。そこで変な男の人に何回か声をかけられるようになったから、園長に言って警察に相談してもらったんだけど、特に何もしてくれなくて。それで環くんと2人だけで遊びに行った時に、私が連れてかれそうになったの」

そこまで話すと紡ちゃんは、え?!と声を上げて両手で口元を覆った。

「施設の子どもってわかってたんだろうし、その日は2人だけだったからチャンスだ!なんて思われたのかも。結局環くんが園長を呼んできてくれて未遂だったんだけど。その時来てくれた警察の人がね"変質者が居るってわかってるのに、子どもだけで遊びに行かせるのが悪い"って言ってるのをたまたま聞いちゃってね。それ以来警察の人が苦手になっちゃって」

そして、警察はなんでなんもしてくれなかったんだ!と怒ったあと、何もできなくてごめん…。と悔しそうに泣いていた環くんを思い出す。
そう、だから彼は言ったのだ。今度は守らせて、と。
それから環くんは施設の外では私の前を歩くようになって、いつも小さなおもちゃの剣を鞄に入れていたっけ。


「もう昔の事だし、みんながみんなそう言う人じゃないってわかってるんだけど、今回みたいな…その、ストーカー事件とかって、あんまり相手にしてもらえないって聞くじゃない…?」

だからちょっとね。と眉を下げれば、紡ちゃんは私とは正反対にキリッと眉を吊り上げ、ベッドの下に敷いてある布団へと腰を下ろした。
そしてそのまま私の両手をギュッと握り、真剣な目で見つめてきた。

「大丈夫です!奈々美さんには、私たちがついてます!!お節介かもしれませんが、全力で守ります!」

年下の女の子に何を言わせてるんだろう。と少し情けなくなったけれど、紡ちゃんの気持ちがただただ嬉しくて、ありがとう。と自然に笑顔が溢れた。






その後、2人とも明日休みだという事が発覚し、私たちは他愛のない話を始めた。仕事の話や、好きなもの、最近食べた美味しいものなんかも話した。
それから、深夜2人きりという空気がその気にさせたのか、それとなく家族の話になった。
紡ちゃんは幼い頃に母親を亡くしていて、小鳥遊さんが男手一つで育ててくれたのだという。そしてそんな小鳥遊さんの事を尊敬しているんだと話してくれた。

「父は、本当にすごい人なんです。…って、すみません。私だけべらべらと喋ってしまって…!」
「ううん、大丈夫!そういうお話もっと聞きたい」
「…奈々美さんの事も、いつか話してくれますか?」
「え?」

私が施設育ちと言う事はみんな知っているけれど、家族の事を詳しく知ってる人は少ない。それこそ、環くん以外に知っているのはオサムさんと十さんくらいかも。
でも楽しい話じゃないから自分から話さないようにしてるし、みんなも気を使ってか、話してほしいと言われた事もなかった。だから紡ちゃんの言葉に純粋に驚いた。


「厚かましくてすみません。でも私、奈々美さんの事もっと知りたいんです…。その、少し恥ずかしいんですが、奈々美さんと喋ってると、もしお姉ちゃんがいたらこんな感じなのかな?なんて、思う事があって」
「お姉ちゃん…」
「いえ、変なこと言ってすみません…!」

気にしないでください!と言う紡ちゃんに、思わず小さく笑い声をこぼせば、奈々美さん…?と戸惑った声が聞こえた。

「紡ちゃんは素直だなって思って」
「そう、ですか…?」
「うん。そういうの嬉しい」

お姉ちゃんかぁ…。そう呟くと共に自然と上がった口角に、自分はなんて単純なんだろうと大きく息を吐いた。

「紡ちゃんは、私の欲しい言葉を沢山くれるね」
「欲しい言葉?」
「うん、ありがとう」

どういたしまして…?先ほどから戸惑ったままの紡ちゃんに、長くなるけど聞いてくれる?と尋ねれば、はい!と、夜中とは思えないほど元気な返事が返ってくる。
そして始めた、寝る前に聞かせるにしては重い話を、紡ちゃんはただ静かに聞いてくれた。


話終える頃には、空は薄ら明るくなっていた。



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