恋した彼はアイドルでしたA
カラフルな服装に身を包んだ同世代の女の子の中にいる、黄色を取り入れてる子を無意識のうちに目で追ってしまう。
今日はIDOLiSH7のライブ当日。
まだ開演時間までかなり時間があると言うのに、会場は沢山のファンで溢れかえっていた。
ナギくんを好きになったから赤い服は着れない!と友達に断りを入れたくせに、黄色い服を着るのはなんだか恥ずかしくて、申し訳程度に髪を結んでるシュシュだけ黄色にしてみた。
友達には、もっとナギくんのファンって主張しなきゃ!なんて言われたけど、私はファンなんじゃなくて本当に彼が好きになってしまったからこそ、彼の色を前面に出すのが恥ずかしくなってしまった。
この日のために買い揃えた洋服は、彼の好みだろうかなんて、向こうから見えもしないはずなのに思ったりしながら、今してもなんの意味もないのに鏡で前髪をチェックした。
「奈々美、グッズ買う?」
「うーん…ペンライトだけ買おうかな」
「オッケー!じゃあ一緒に買って来ちゃうよ!今ならすぐ買えそうだし!」
これだけ持ってて!と、うちわが入った袋を私に託しグッズ売り場へと向かった友達の背中を見送って、私はどこか落ち着ける場所は無いかと辺りを見回した。
すぐ近くの花壇に併設されてるベンチが空いていたのでそこに腰をかけ、私はぼーっとチケットを眺める。
今まであまりライブに来た事がないけれど、友達曰く今日はなかなかいい席らしい。詳しくは当日会場に入らないとわからないけど!と言われても、いい席ならやっぱりうちわを買った方がいいかな。と今更になって悩み始めた。
周りの子はみんなそれぞれ自作のうちわを手に、楽しげに写真を撮っている。
中には所謂ファンサうちわ(友達に教えてもらって最近知った)を持ってる子も沢山いて、楽しそうだなと思いながら、そう言えば、友達はどんなうちわを持って来たんだろう。と袋から取り出してみた。
すると『うさ耳して!』と書かれたうちわが出てきて、あの子らしいなぁなんて思わず笑ってしまった。
そんな事を思っていたら突然強い風が吹き、私は思わず目をギュッと瞑る。
落ち着いた頃に目を開ければ、片手に持っていたはずのチケットは風に乗り、そのままスーッとフェンスの隙間から、立ち入り禁止の区域へと入ってしまった。
「嘘でしょ…?!」
チケットがないと入れないのに!と、血の気が引くのがわかった。慌てて駆け寄って手を伸ばすも、全く届く気配がない。
今はまだ視認できる範囲にあるけれど、次また同じような突風が吹いて見失ってしまった日には、ショックすぎて寝込んでしまうかもしれない。
「ど、どうしよう…。とりあえずラビチャ…いや、それよりスタッフさんに…」
フェンスの前に座り込みながらスマホをいじっていると、私の上にスッと影が落ちた。よかった!フェンスの向こうに人が居る!と、顔を上げて私は固まった。
目深に被った帽子の隙間から覗くキラキラと光る綺麗な金色の髪と、眼鏡のレンズ越しに見える透き通るような青い瞳に、私はまた目を奪われた。
「ナギ…くん…?」
私がそう言うと同時に私の前にしゃがみ込み込んだナギくんは、形のいい唇に人差し指を添えながらウィンクをした。
その意味がわかって、慌てて口を押さえ辺りを見回すけれど、誰もこちらには気付いていないようだった。
「あっ、あの、なんでここに…?」
「リハーサルが終わり、休憩がてら外の空気を吸いに来たら、あなたを見つけて会いに来てしまいました」
「会い、に…」
「イエス。ナナミがワタシたちのライブに来てくれるなんて夢のようです!」
不意に名前を呼ばれて、心臓が高鳴る。ナギくんと会ったのはあの日、居酒屋での1回だけ。それなのに私の名前を覚えてくれている事も、私に気付いてくれた事も、全部が嬉しくて泣きそうになった。
夢のようなのはこっちだよ…!なんて心の中で叫んでいると、これを落としてしまったのでしょう?と、チケットを差し出される。
それを見て、ナギくんに会えた喜びでチケットの事をすっかり忘れていたのに気が付いた。
「あっ…!ありがとうございます…!」
風で飛ばされちゃって!と、あくまでここに居るのは不可抗力なんですよ!という事を伝えたくてそう言えば、ナギくんはくすりと笑った。
「いたずらな風に感謝ですね」
「えっ?」
「ワタシたちを再び巡り合わせてくれました。今日、ナナミが居ると知ったワタシは無敵です」
急にそんなこと言われるなんて思わなくて、びっくりして固まっている私を他所に、ナギくんは私に差し出していたチケットを再び自身の方へ寄せ、暫く券面を眺めた。
「ナナミの席、覚えました。どんなに沢山のファンが居ても、必ずあなたを見つけ出します」
だから、ナナミも気を抜かないでくださいね。
そう言ってチケットにキスをしたナギくんの言葉に、何度も頷くことしかできない私の顔は、きっとこれでもかって言うくらい赤くなっていると思う。
差し出されたチケットを受け取ったと同時に、紺色の髪を一つに結んだ男の人が、ナギくんそろそろ。と彼を呼びに来た。
「Oh…もう時間のようです。名残惜しいですが行きますね」
それでは。と、あっさりと離れていってしまったナギくんに、ちょっぴり寂しさを感じながら背中を見つめていると、建物の中へ入る直前にナギくんがこちらを振り返った。
そして私を指差した後、投げキッスを飛ばし、にっこりと笑いそのまま姿を消した。
「な、何、今の…」
早くなった鼓動と上がった体温を落ち着かせるために、心の中で友達に謝りながら手に持っていたうちわで顔をあおぐ。…ん?うちわ…?
もしかしてと思ってうちわに目を落とすと、そこには『投げチューして!』と書かれていた。え?!さっき見たときは『うさ耳して!』だったじゃん!!と、なんの気無しにうちわを裏返せば、そこには『うさ耳して!』と書かれている。
まさか両面に書かれてるなんて。と感心すると同時に、さっきのナギくんの行動の意味がわかって、再び体温があがった。
「あ!奈々美こんなところに居た!…って、大丈夫?顔真っ赤だけど」
「…私、今日生きて帰れないかもしれない」
私もライブの時いつもそう思ってる〜!なんて笑う友達に心の中で、いや違うの本当に冗談じゃなくて。と返しながら、私たちはライブが始まるまで近くのカラオケで過去のDVDの鑑賞会をして過ごした。
画面にナギくんが映るたびに、胸が高鳴った。
その日、スタンド席のバックステージ付近の前から数列目の席に居た私たち。
ナギくんは宣言通りに私を見つけたのか、外で会った時と同じように、こちらを指差し投げキッスを飛ばした。
もしかしたら私じゃないかもしれないけど、あれはきっと私へのメッセージなんじゃないかと、自惚れずには居られなかった。
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