2人で迎える朝@




規則正しい動きと共に、私の頬を撫でる銀色の長い髪をぼーっと見ながら、ふと自分達の関係を考えた。

私達の関係は、仕事仲間で、飲み仲間で…


「何考えてるの?」


私のくだらない考えを遮るように千が口を開いた。


「なんでも、ない…」

…そう。と言いながら目を細めた千は、腰の動きを早くする。そして、薄らと口を開けたかと思えば何も言わずに噤んだ。
あぁ、まただ。千は行為中いつも達する寸前に私を見つめ、何か言いたげに口を開いては言葉を飲み込むのだ。そして私の唇に触れるか触れないかギリギリのところにキスをする。

私達の関係は、仕事仲間で、飲み仲間で、あとはそう、気持ち良くなれることをするだけのオトモダチ。多分、きっと、いや絶対に、それ以上にはならないんだと思う。
だって私はまだ一度も、彼から好きと言われた事もなければ、唇を重ねた事もないから。








きっかけはなんだったのかも、いつからこの関係が続いているのかも正直はっきりとは覚えてない。
スタイリストとしてRe:valeと仕事をするようになってもうすぐ2年と考えると、もうそれくらい経つのかもしれない。
仕事中、私達は必要最低限の言葉しか交わさない。
彼のために用意した衣装を彼に着せて、綺麗に見えるように整えていく。その間、百くんとその担当はよく話しているけど、私と千は世間話もしなければ目が合わないこともざらだ。

そんな中、たまに千が私の髪を指でくるくるといじる時がある。そのあと耳元で囁かれる言葉がいつも夜のお誘いだと気付いたのは、ある程度経ってからで、それがなんだかシャクだった私は胸まであった髪を肩につかない長さまで切った。
その次の日、千が私の髪を見るなり不機嫌になって、ざまあみろなんて1人心の中で思ったのを今でも覚えてる。



ただただ悔しかった。
無愛想で、他人のことなんてなんも考えてなさそうな彼に優しく抱かれる度、彼はもしかしたら私の事が好きなのかもしれないなんてありもしない事を考えてしまうのが。そして、あまりにも簡単に千の事を好きになってしまった自分が馬鹿みたいで。
だから思い通りになんてなってやらないんだからと、できる反抗は全てしたつもりなのに、いくら遠ざけても無駄だった。


彼に名前を呼ばれる度に心臓は高鳴り、細くしなやかな指に触れられた身体は、いとも簡単に熱を持つ。
そして朝目覚めた時、隣にいない千を想って涙を流しては、やっぱり好きだと思わずにはいられなかった。
その度に何度も自分に言い聞かせてきた。
元々女癖が悪い彼が、夜を共にする相手が私だけなわけがない、と。彼は私に好意など抱いていない。そう、何度も何度も言い聞かせてきた。
遊びというよりは、ただの性欲処理の相手と言ったところだろうか。彼にまとわりつくミーハーな女と違って、後腐れなく関係を持てると思われたのかもしれない。千が私にそれを望むなら、それでもいいと思ったのに。


どうして、今日で最後にしたいなんて言ってしまったのだろう。










「今日で最後にしたい」
「…なにを?」
「…こういうこと」

目を伏せながらそう言った彼女は、僕の視線から逃げるように枕に顔を埋めた。



彼女、片瀬奈々美との出会いは今から2年前。
Re:valeの専属のスタイリストとしてやってきた彼女は、とにかく淡々と仕事をこなすタイプだった。僕が言えた事じゃないけれど、お世辞にも愛想がいいとは言えない。しかし、チームワークが取れないのかと言われるとそんなことは全く無くて、意外と人から可愛がられる。多分、彼女自身が慣れれば人に懐く。そんなタイプだった。
そんな彼女に興味を持ったきっかけは、正直あまり覚えていない。ただ、いつも真剣な表情で僕の衣装を整えてくれる、そんな彼女の色んな顔が見てみたいなんて気持ちを、いつしか抱き始めたのは覚えている。



そして、僕は自分なりに彼女との距離を詰めた。まず挨拶と世間話を。それから…まぁ、何をしたかは忘れたけれど、気付いたら僕たちはそれなりに話すようになっていた。元々一緒にいる時の空気感とか、そう言ったものが似ていたのもあって、2人で飲みに行くまでの仲になるのにも、そう時間はかからなかった。



何度目かの飲みの席で、珍しく彼女が潰れてしまったのが、この関係の始まりだった。


元々そういう関係を望んでいたわけではなかった。
初めからそういう関係になるつもりなら、こんなに時間をかけなくてもいくらでもやりようがあるし、その術を僕は知っている。
それでも、その時初めて抱いた"この人を抱いてみたい"という感情を抑え切れないくらいには、僕もお酒に飲まれていたし、彼女もきっとそうだったんだと思う。


その後のことも、正直記憶が曖昧だ。
ただ、薄暗い部屋に布が擦れる音響く中、頬に手を添えながら近付けた唇が、やだ。という言葉の後に、そっと逸らされたことだけは、はっきりと覚えている。
なんで避けるの?なんて聞くのは無粋だと思った。
嫌がることを無理矢理する趣味はないし、今この状況下ではキスなんてものは何の意味も持たないとわかっている。
そんな事しなくても、身体を重ねれば気持ち良くなれるんだから。
そうわかっているはずなのに、なぜか無性に胸が痛んで、僕は逸らされたままの彼女の唇の端にそっと唇を落とした。



その日を境に、僕は彼女を定期的に抱くようになった。彼女との行為は、快感も満足感も今まで抱いたどの女よりも得られて、まるで麻薬のようだった。
どんどんハマっていく僕に反して、彼女は僕に小さな反抗を示すようになった。僕が気に入っていた髪を短くしたり、ラビチャを無視したり、折角いいホテルを取ったのに来ない事なんかもあった。
そんな日は代わりに適当な女を呼び出して、彼女を重ねて抱いていた。ただ、キスをせがまれる度に今抱いているのは彼女じゃないと自覚して、心が冷え切るのを感じた。そしてようやく気が付いたのだ。
僕はもう、奈々美じゃないと満足できないんだ。と。



それを自覚してからは彼女しか抱きたくなくて、何がなんでも彼女を逃さなかった。
僕のしつこさに根負けしたのか、いつしか彼女は反抗を辞めるようになったのだが、そこからが厄介だった。
彼女を抱く度に愛しさが募っていき、今以上の関係を求めている自分が顔を覗かせ始めたのだ。
いつもは気持ちなんかなくても簡単に言える、好きだよ。も、愛してるよ。も、彼女と身体を重ねている時は、どう頑張っても喉でつっかえてしまう。
それでも、胸に広がる気持ちを抑えきれず、僕は彼女の口の端に、そっと愛を重ねるのだった。

今まで抱いてきたどの女より優しくしてきたし、奈々美さえ居れば幸せだなんて柄にもなく思った。
それなのに、最後にしたいだなんてそんなのはあんまりだ。



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