魚
「ねぇねぇ、モモちゃん」
「んー?」
「どっちの方がいいと思う?」
ソファに腰掛け、雑誌を読んでいたら奈々美から声をかけられた。
どっち?何がだろう?と、目線を雑誌から彼女に向ける。
「えっ、ちょ!何?!どうしたの奈々美、そんな、物騒なもん持って!!オレ何かした?!」
目線を向けた先には、両手に包丁を握りしめた奈々美がいた。なにこれ!?どういう状況?!と、まだ状況把握が全くできていないオレを余所に、その慌てっぷりを見て、奈々美は笑っている。
「モモちゃん焦りすぎ!違うよ、お魚捌くのは出刃包丁と刺身包丁どっちのほうがいいのかな?って」
「え…?魚??」
奈々美が言うにはこうだ。今日のロケで初めて釣りを経験した彼女は、せっかくだから。と、記念に初めて釣った魚をいただいてきたらしい。
そして、その魚を捌くのにどちらの包丁がいいか迷ったから、聞きにきた。と…。なんだよかった…。身に覚えはないけれど、本気で焦った…。
ん〜。お刺身じゃないから出刃包丁かな〜。と、奈々美はオレの答えを聞く前にキッチンへ戻っていった。とりあえず気になって、スマホで包丁について調べ始める。しばらくするとキッチンから、あ!!!と大きな声が聞こえて来た。
「なに?今度はどうしたの?!」
指でも切ったかと思い、慌ててキッチンへ向かうと、奈々美は魚に包丁を入れながら固まっていた。
え?なに?どうしたの?大丈夫?と、声をかけるも、彼女は動かない。すると、ぷるぷると小刻みに震えはじめた。
あ、これ、泣くやつだ。
「モモちゃん…私やっちゃったよ…」
「どうしたの?なにもやってないよ?落ち着こう??」
「たしかに、やってない…。やってないをやっちゃったの…」
と、訳のわからないことを言いはじめた彼女の頭をとりあえず撫でる。
「魚拓…」
「は?」
「魚拓取るの忘れた…。どうしよう、私呪われる!!」
どうしよう!と、半泣きでオレに抱きついてきた奈々美、とってもかわいいけど、まって!その手は魚触ったままじゃない?!それはそうと、え?なに?魚拓?呪われる??どういうこと???と、パニックになりかけたけど、人間って自分よりパニックになってる人が居ると、落ち着くよね。
とりあえずソファに移動して、話を聞くことにした。
「今日、ロケで一緒だったIDOLiSH7の二階堂さんが教えてくれたの。魚拓は魚の遺影だから、魚は食べる前に魚拓を取って1年間飾らないと、魚に呪われて死ぬ。って…」
ごめんね、モモちゃん。来世でまた会おうね。とぐずぐず泣きはじめた奈々美。大和、次会った時楽屋でユキと2人きりにしてやる…。いや、でもまって!それは羨ましい!!ずるい!!!
そんなことより、ぐずぐずな彼女をどうにかしなければ。
「大丈夫だよ、奈々美。それ大和にからかわれてるだけだよ」
「え…?」
「だって考えて?スーパーの魚はそのまま焼いて食べてるでしょう?魚拓なんて取ったことないでしょう?」
「でも、それはスーパーの人が取ってるんだって、二階堂さんが…」
大和…どんだけこの子に嘘を教えたんだ…。こんなに純粋な子に、なんて嘘を…!どうしたらいいだろう。これはもう完全に信じ切っている。何は手はないだろうか…。うーんと唸りながら、部屋を見回すと、新年にIDOLiSH7とTRIGGERと行った、アイドル書き初め大会で使用した半紙と墨汁が目に入った。そして、先ほど奈々美がさばいていた魚、たしか、まだ腹に包丁を入れただけだった。
魚拓、取れるのでは。
「大丈夫、奈々美!モモちゃんに任せて!こんなところで、奈々美を死なせたりしないよ!」
「っ…!!モモちゃん…!!!」
この日以降、オレの自宅の玄関には謎の魚拓が飾られている。
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