本当の自分を君に見せるよ
海沿いの公園へと車を走らせている道中、助手席に座っている奈々美はずっと外を見ていた。千の家を出てから今まで、お互い一言も喋っていない。
先程までフロントガラスを叩いていた雨はすっかりと弱くなり、目的地に着く頃には止んでいた。
車を停めると同時に重い空気が車内に広がる。
「ちょっと歩こう」
と声をかければ、奈々美は俺の顔を見ないようにして無言で車から降りた。
舗装された道をコツコツとヒールを鳴らしながら俺の前を歩く奈々美。身につけている千の服がなんだか妙に合っていて、なんとも言えない気持ちになる。
そんな彼女の奥に見えるゼロアリーナの光が眩しくて、目を瞑りたくなった。
千の家に向かう途中、階段を上りきって百くんの姿を見た瞬間に少しだけ安心した自分がいた。いくら千でも、百くんが居る場で変な事はしないだろうと思ったからだ。
いや、でも、あの千ならやりかねないと千の家まで急ぎ、そしてリビングから聞こえてきた会話。そこでようやく千が何をしたいかがわかた。
もっと早く気が付けば、こんなに汗をかく事も、息を弾ませる事も無ければ、奈々美の気持ちをこんな形で知る事もなかったのに。
自分は本当に奈々美の事になると余裕がなくなるんだと、改めて思わされた。
「…ユキとの話、聞いてたの?」
ピタッと足を止めた奈々美からの質問で、意識が引き戻される。その問いに、うん。とだけ返せば奈々美は、そっか…。と呟いたあと、前を向いたまま少し大きめの声で言った。
「あれ、全部嘘だから!」
だから、気にしないで。
そう言って右耳に髪をかけた奈々美の腕を引いて振り返らせれば、潤んだ瞳と一瞬目が合ったあと、奈々美は慌てて俯いた。
「…奈々美、こっち見て」
「やだ…今、万理の顔みるのつらい」
そう言って小さく首を振った奈々美の肩が震えたと同時に、鼻をすする音が聞こえた。もう、奈々美が泣いてるのは見たくないと思っていたのに。やっぱり俺はおまえを泣かせちゃうんだな。
掴んでいた手を引き寄せて抱きしめれば、意外にも抵抗無くすり寄ってきた奈々美に、逆に胸が痛んだ。
「…ごめん」
暫く続いた沈黙の後、ぽつりと呟いた奈々美の言葉に耳を疑った。
「なんでおまえが謝るんだよ」
「…嘘ついた。あの時の話、嘘じゃ、ないの。もう、万理には、嘘つきたくない」
だから、ごめん。そう言って俺の胸に顔を埋めた奈々美。
あの時の話、が何を指しているのかも、そして何が嘘じゃないのかも、それがわからないほど俺も馬鹿じゃない。いつまでうじうじしてんだよ。と自分自身に発破をかける。
抱き締める力を緩めて奈々美の顔を覗き込めば、涙が溜まった目にやっと俺の姿が映った。
「俺こそごめん」
「…その事は、もう」
「違う。それじゃない。多分、俺の方が先だから」
そう言って奈々美の目から止めどなく溢れ続ける涙をそっと指で拭えば、俺の言葉の意味がわからないのか、何が?とでも言いたげに眉を寄せて唇を尖らせた。
あぁ、やっぱりいいな。ってその表情を見て漠然と思った。
俺は案外、好きな人の幸せを願えるタイプなのかもしれないなんてやっぱり嘘で、本気で好きな人はちゃんと自分で幸せにしたいタイプ。あと、人には絶対取られたくないから、もしかしたら束縛するタイプなのかもしれない。
そこまで考えて、これは"好きな人だから"じゃなくて"奈々美だから"だろうな、とこれまた漠然と思った。
拒絶される事は無いってわかった瞬間にこんなにいろいろ考え始めてる自分が、やっぱりめちゃくちゃかっこ悪くて、つい苦笑いが溢れる。
じっと俺の言葉を待っている彼女の両手を握り、俺ら奈々美を見つめ返す。
「俺も、嘘をつくのはもうやめる」
柄にもなく緊張して、ばくばくと大きく音を立てている心臓を全身に感じながら、小さく深呼吸をした。
こんな事言うの、これが最初で最後だろうな。
頭の片隅でそんな事を思いながら、俺は口を開いた。
「奈々美、俺は−」
「はい、目開けて大丈夫ですよ」
その声でそっと目を開ける。鏡に映った自分の見慣れない姿に、スタッフさんがお綺麗ですよ。と声をかけてくれて、それがとてもくすぐったく感じた。
案内された大きな扉をそっと開けば、広いチャペルの祭壇には白いタキシードに身に包んだ万理がいて、私が一歩踏み出すと同時にこちらを振り返る。
「やっぱり似合う」
「…なんで振り返っちゃうの」
「ごめん、我慢できなかった」
そう言って笑った万理が、場所の雰囲気も相まってとてもかっこよく見えて思わず目を逸らせば、おいで。と優しく声をかけられた。
1人、バージンロードを歩きながら今までの事を振り返った。
万理と出会ったのは、これくらいの時かな。一歩踏み出す度に、万理との思い出を振り返る。小学生の時に出会って、放課後はいつも遊んでたっけ。中学生の時も高校生の時もなんやかんや一緒にいたな。この時期は、全く会ってなかったくらいかな。
そんな事を考えながら着慣れないドレスを踏まないようにと足元を見たと同時に、万理の靴が目に入った。
「俺と再会したのが、この辺じゃない?」
そう言って私の目の前に右手を差し出した万理。その手に左手をそっと乗せれば、万理はそのまま私を抱き寄せて、こつんとおでこを合わせた。
「また我慢できなかった」
「…我慢を覚えてください」
「努力します」
目を合わせてどちらからともなくくすくすと笑い、差し出された万理の腕にそっと手を乗せ、2人で祭壇まで歩く。
万理と私しかいない神聖なこの場所に、思わずため息が出た。
「結婚式、してよかっただろ?」
「…まだ何も始まってないけど」
「ははっ、確かに。俺は綺麗な奈々美が見れて満足」
「いつもは綺麗じゃないの?」
「まさか。いつも綺麗だよ」
今日はいつもよりもっと綺麗。そう言った万理の表情がとても優しくて、思わず涙が出そうになった。
目元に溜まった涙を、万理は困ったような表情でそっと拭ってくれた。
「…さっき、万理と再会してからの事思い出してた」
「本当?俺もだよ」
「ねぇ、あの時の言葉覚えてる?」
「覚えてる。それに、あの時の約束はちゃんと守ってるだろ?」
もう一回聞きたいな。と言えば、あれが最初で最後のつもりだったのに。と肩を竦めた万理は、チラッと壁に飾られている十字架を見て、でもまぁ。と言葉を続けた。
「神様の前で誓うのも悪くないか」
そう言って私の両手を握り、あの日のように私の目を見つめた万理は、小さく深呼吸した。
「奈々美、俺はおまえが好きだよ。今までたくさん傷つけて泣かせちゃったし、これからももしかしたら泣かせるかもしれない。でも、これからは本当の俺だけ見せるから、俺の隣にいてほしい」
最後にぎゅっと私の両手を強く握った万理。
そこまでがあの日と全く同じで、引っ込んだはずの涙で視界がぼやけて、我慢しきれずに涙が頬を伝った。
「奈々美が泣くところまであの日と同じだ」
「…いちいち、言わないでよ」
「思った事は口にしないと。本当の俺を見てほしいから」
だろ?と楽しそうに口角を上げて笑う万理の胸に飛び込めば、その心臓がばくばくと大きな音を立てていて、これもあの日と一緒だ。と1人笑った。
嘘から始まった恋。
嘘で隠し続けた恋。
嘘だらけの私達だったけど、この幸せは嘘じゃない。
「ねぇ、万理」
「ん?」
「私も万理が好きだよ」
そう言って笑った私の言葉に、万理が幸せそうに優しく笑った。
-fin-
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