初めてを重ねて




ピンポーン
部屋に響くインターフォンの音で目が覚めた。

やってしまった。そう思ったと同時に飛び起き、慌てて時間を確認する。時計が指しているのは彼との約束の時間を30分過ぎた時刻で、冷や汗が流れた。
とにかく彼を迎え入れなければとベッドからおりて、二度のピンポーンの音と同時にインターフォンを取る。
モニターには帽子を被りマスクをした彼の姿が映っていた。

「はっ、はい!今開けます!」

オートロックの鍵を解除し、私は慌てて身支度を整え始めた。




私の彼氏はアイドルだ。
そんな彼の隣に立つ女としてふさわしい様に、いつでも完璧な私で居たかったのに、今日はまるでダメだ。髪はボサボサで、身につけているのは着古したTシャツ。とにかく彼に会っても恥ずかしくないように、髪を梳かし、クローゼットから適当に取り出したシャツワンピースに着替える。
この時初めて、自分の部屋がマンションの上層階、そしてエレベーターから一番遠い場所にあってよかったと思った。
それでももちろん化粧をする時間もコンタクトを入れる時間もなくて、苦肉の策で持っているメガネの中で比較的おしゃれな眼鏡をかける。
それと同時に部屋のインターフォンが鳴った。

「…はい」
「僕だよ」

鍵を外してドアを3回ノックした後、私は部屋の奥へと移動する。その数秒後に玄関のドアが開いた。
これはつい数年前までは同じ大学に通っていた彼が、アイドルになったのを境に決めた私たちなりの対策だったりする。ドアを開けた時に私と彼のツーショットが取られたりなんかしたら大変だから。と念のため考えたのだ。
部屋に入るなり彼、逢坂壮五は身に付けていた帽子とマスクを外し、心配そうな表情で私を見た。

「大丈夫?時間になっても待ち合わせ場所に来なかったから、心配になって来てみたんだけど…」
「ごめんなさい!昨日飲み会で帰って来たの朝で、ついさっき起きました」

本当にごめんなさい!と土下座した私に壮五くんはため息を吐いてラグの上に腰を下ろした。

「怒ってる…よね…?」
「怒ってはいないよ。安心したんだ。ここに来るまでの間、君が事故に遭ってたらどうしようとか、色々考えて気が気でなかったから」

何もなくてよかったよ。そう言って笑った壮五くんの笑顔に泣きそうになりながら、今日の予定を思い出して尚更泣きそうになる。

「今からでも間に合うかな…?」
「どうだろう…。移動時間も考えると、あまりゆっくりできないかもしれないな…。奈々美さんが嫌でなければ、今日はこのまま家でゆっくりしようか」

そう、今日は壮五くんが仕事でもらったチケットを使って美術館に行く予定だったのだ。
しかも新しい企画展のプレオープン期間で関係者しか来ないらしく、普段簡単に2人で出かける事ができない分、この予定が決まった時から楽しみにしていたのに、私のせいで台無しにしてしまった。
こんな事なら昨日の飲み会は断ればよかった。そもそも、二次会も強制参加だと知っていたら行かなかったのに。
そんなたらればが頭を埋め尽くす。

「ごめんなさい」
「大丈夫だよ。朝まで飲んでたなら体もつらいでしょ?外出はまた機会があったらにしよう」

今日すごく暑いし。と汗一つかいていない顔で言われて、またへこむ。視線を落とした私を壮五くんがじっと見ているのに気が付いて顔を上げれば、あぁ。と何か納得した様子の壮五くんに、私は首を傾げた。

「眼鏡姿も初めて見たからそっちにばかり気を取られていたけれど、今日はお化粧をしてないんだね」

彼の言う通りなのだけれど、改めて言われるとなんだか急に恥ずかしくなってしまって、近くにあったぬいぐるみで顔を隠す。それに対して、隠さなくてもいいのに。とくすくすと笑う壮五くんに、羞恥心が煽られる。

「ブスだから見ないで欲しい…」
「そんな事ないよ。女性にとっては嫌なのかもしれないけど、僕は新鮮で好きだな」

壮五くんのその言葉にぬいぐるみを少しだけ下げてて、壮五くんをチラリと見やれば、彼はにこにこと笑っていた。

「それに、普段見られない奈々美さんが見れて嬉しいよ」
「本当に…?」
「うん。それよりも、1つ気になった事があるんだけど…」

顎に手を当てて視線を落としながら言った壮五くんに、何?と返せば、真剣な表情で見つめられた。

「昨日の飲み会っていうのは、男の人も一緒だったの?」
「え?うん。サークルの飲み会で、先輩も多かったからなかなか帰してもらえなくて」
「そう、なのか…」

そう言って再び顎に手を当てて何かを考え始めた壮五くん。やっぱり怒ってるのかなと心配になって、ごめんなさい。と再び謝れば、壮五くんは慌てて顔を上げた。

「あっ!違うんだ、怒ってるとかじゃなくて、その…」
「何?」
「奈々美さんはお酒に強いから大丈夫かもしれないけれど、少し心配で…。あまり男の人が居る席ではお酒を飲まないで欲しいなって…いや、これじゃまるで重い男だ…やっぱり忘れて」

ごめんね。と謝った壮五くんに、私は瞬きを繰り返した。





壮五くんは今までこう言うことを言うタイプじゃなかった。
よく言えばとても優しい。悪く言えば優しすぎる彼は、私がやることなす事なんでも肯定をしてくれていた。それが嬉しくもあり、時々本当は壮五くんは私に興味がないのでは?と思っていたからこそ、驚いた。
それと同時に芽生えた感情を、私は気が付いたら口に出していた。

「…嬉しい」
「嬉しい…?」
「壮五くんがそうやって自分の意見言ってくれるの初めてだから」
「そうかな…?そう、かも知れないね。じゃあ今日はお互いにとっていい日になったんじゃないかな」
「え?」

壮五くんの言いたい事がいまいち分からなくて首を傾げれば、壮五くんはにこっと笑いながら私の頬に触れた。

「奈々美さんは、なんだかいつも気を張ってるように見えたから。服装とか含めてね。だから今日こうやって素の奈々美さんを見れて、僕も嬉しいんだ」
「そうだったの…?」
「うん。僕と居ると疲れるんじゃないかってずっと思ってた」
「そんな…!私は、壮五くんの隣にいても恥ずかしくない様にって、ずっと思ってて…」

壮五くんは知らないかも知れないけれど、大学在学中から彼は人気があった。顔も整っているうえに頭も良くて、おまけにFSCの御曹司だという噂も流れていたからだ。そんな彼が、なんで私みたいな女を選んだんだ。なんて言われない様に、いつも完璧で居ようと決めていた。
壮五くんが大学を辞めてアイドルになり、表向きには私達は別れた事にしてからも、『逢坂壮五って過去あんな女と付き合っていたんだ』なんて思われたくなくて、私は完璧で居続けた。
人付き合いも大事にして、笑顔を振りまいて、誰に対してもいい子と見られるように。

しかし、最近それに疲れを感じ始めていた。だからこそ、このタイミングでの壮五くんの言葉が酷く刺さった。

「僕のために、そんなに悩まないで」
「でも…」
「僕の方こそ、奈々美さんの隣に立つ男として相応しくないのかもしれないってずっと思ってた」
「え?」
「君は知らないかも知れないけれど、僕が在学していた短い間でも、いろんなところで奈々美さんの名前を聞いていたから。僕が知らないだけで、今も人気なんだろうなって考えたら…」

情けない彼氏でごめんね。と眉を下げた壮五くんに首を振る。そっか、壮五くんも似たような事考えてたんだ…。そう思ったら、なんだか笑えて来て、私は小さく笑い声をこぼした。

「私たちもっとお互いが考えてる事口に出した方がいいみたい」
「そうだね。…早速で申し訳ないんだけど、今ひとつだけしたい事があるんだ」
「何?」

私が首を傾げると同時に、壮五くんはほんのりと赤く染まった頬を掻いた。そして真剣な顔で私を見据えてこう言った。


「抱きしめてもいいかな」


何を言われるかと思って身構えていた私は思わず、ぷっ!と吹き出してしまった。それに対して壮五くんが慌て始めてさらに笑う。

「僕、何かおかしな事言った?」
「だって、そんなの、わざわざ聞かなくてもいいのに!って思って」

はー。と深呼吸して気持ちを落ち着かせて、どうぞ。と両手を広げれば、失礼します。と言いながら私を優しく抱きしめてくれた壮五くん。そんな彼の背中に腕を回して、ぎゅっ!と力強く抱きしめれば、壮五くんの少し早い鼓動が伝わってきて口元が緩んだ。
しばらく何も言わずに抱き合っていると、ふと壮五くんが呟いた

「こうやって奈々美さんとのんびり過ごすの、僕は好きだな」
「私も」
「ねぇ、今度から奈々美さんの家で会うときは、今日みたいに素の奈々美さんでいてくれないかな。お互いリラックスできる方がいいと思うんだ」
「…恥ずかしいから、お化粧はちょっとだけしてもいい?」
「ふふっ、いいよ」

そう言ってゆっくりと離れていった壮五くんに名残惜しさを感じで、今度は私がしたい事言ってみようかな。と口を開いた。


「あのね、壮五くん。私もしたい事があるんだけど」
「何?僕にできる事なら何でもするよ」
「壮五くんにしかできない事だよ」


キスしてほしいな。


彼の耳元でそう囁けば、えっ…!と慌てた声が聞こえてきた。その顔が見たくて耳元から顔を離し顔を覗こうとしたけれど、それを阻止するように私の背中に再び壮五くんの腕が回り、ぎゅっと抱きしめられた。

「参ったな…」
「初めてする訳じゃないのに」
「そう、なんだけど…」
「…したくない?」
「いや、その、久々だから少し緊張するのもあるけど…」
「けど?」
「…なんだか今日は、キスだけで終わらせられる気がしなくて」

急にごめんね。と呟く壮五くんに、今度は私の鼓動が早くなる番だった。付き合って随分と経つけれど、壮五くんとキス以上の事はまだしてない。
正直突然すぎるし、今そういう雰囲気じゃなかったのに?!って驚いたけど、でも今日を逃したら次いつこういう流れになるかわからない。
そう思ったらなんだか寂しくて、私は再び壮五くんの耳元に唇を寄せた。

「ねぇ、壮五くん。キスだけで終わらなくてもいいよ」

私の言葉に肩を跳ねさせた壮五くんは腕の力を緩め、私を見つめた。その目はいつもの優しい目じゃなくて、熱を帯びていた。

「本当にいいの…?」
「うん」
「奈々美さん」
「なに?」
「好きだよ」
「私も」

その言葉を合図に重なった唇は、初めてのキスよりも甘く感じた。




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匿名様リクエスト
壮五くんと秘密の恋愛、お家デートで甘々



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