愛しい君のためならば




仕事から帰ってきて、ただいま。とドアを潜れば、おかえり〜。と随分のんびりとした声が聞こえてきた。
ソファーに座りながら、アイスを片手にスプーン咥えている奈々美の格好を見て、俺は思わず目を細める。

「…何その格好」
「へ?何が?」
「何がじゃなくて」

再び頭の天辺から爪先まで見るが、どっからどう見ても…。

「肌出し過ぎだろ」
「あぁ、そういうこと?」

だって暑いんだもん。とあっけらかんと言い放ち、アイスを一掬いして口に運ぶ奈々美の格好は、キャミソールとショートパンツのみ。
キャミソールから胸の谷間が見えているのは勿論、ショートパンツも下着が見えそうなほど短く、俺は頭を抱えながら隣の部屋へと移動する。

「風邪ひくぞ」
「バカなのでひきませーん」
「夏風邪はバカがひくんだよ」

ほら、これ着てろ。と、自分が着替えるついでに適当にその辺にあったシャツを奈々美目掛けて投げれば、顔面にでも当たったのか、わっ!という声が聞こえてきた。

「ちょっと、アイス溢したじゃん!」
「え?悪…い」

奈々美の声にシャツを脱ぎながら顔だけドアから出し、リビングを覗いて俺は固まった。彼女の胸元に白いアイスが垂れていたからだ。
最悪、ベタベタ。と言いながら近くのティッシュで胸元を拭く奈々美の姿に、うわ…。と思わず声が出た。
その様子をもっと近くで見たくて、とりあえずシャツを脱いで奈々美の前に立つ。

「…何?って、早く服着なさいよ!」
「え?あぁ、暑いから」
「風邪ひくよ」

その言葉に、はいはい。とだけ返し、も〜!と再び胸元を拭き始めた奈々美をじっと観察する。よく見ればキャミソールにもアイスが溢れていて、所々シミができていた。なんか、普通に…

「エロい」
「…は?」

俺の呟きに対し思いっきり顔を顰めた奈々美は、早く着替えてきて!と、近くにあったクッションを俺に向かって投げてきた。それをキャッチしながら、はいはい。と渋々着替えに部屋へ戻る。
反応しつつある自身にため息を吐きつつ、Tシャツに袖を通し、リビングへと戻って俺は目を細めた。

「…何その格好」
「え、デジャブ」
「なんでそれ着てるんだよ」
「万理が投げてきたんじゃん。っていうか、ぶかぶかなんだけど」

暑いし。そう言いながら袖を肩まで捲り上げる奈々美に、俺は再び頭を抱えた。そこには、俺のシャツを身に纏った奈々美が居たのだ。
俗に言う彼シャツってやつで、しかも足元には先ほどまで着ていたキャミソールが脱ぎ捨てられているあたり、そのシャツの下は何も身につけていないのだろう。
シャツの丈が長く、ショートパンツまで隠れているため、ぱっと見シャツしか着てないようにも見える。これはつまり…。

「誘ってる?」
「…は?」

俺の言葉に再び顔を顰めた奈々美は、自身の格好を見たあと、近くにあったろっぷちゃんのぬいぐるみを投げてきた。先ほどのクッションと同じくキャッチし、ぬいぐるみを片手に空いているソファに腰をかけて奈々美の腰に手を回せば、胸をぐっと押される。

「あ、暑いから」
「クーラーの温度下げるか」
「そういう問題じゃなくて!」

離れてよ〜!と俺の胸を更に押す奈々美の首筋に唇を落とそうと近付くと、ちょっと!と胸を叩かれた。普通に痛い。
バシバシと何度も叩いてくるその手を取って、指を絡めれば、奈々美の動きが露骨に硬くなった。

「ねぇまだダメ?」
「だっ、ダメ!…って、もー!万理のせいでアイス完全に溶けちゃったじゃん」

ぱっと俺から離れてローテーブルに置いていたアイスを手に取った奈々美に、俺は小さくため息を吐いた。





正式に付き合ってからそこそこ日が経つのに、俺たちはまだ体を重ねていない。奈々美曰く、1回ヤったら捨てられそう。らしい。
そんなこと絶対しないのにと何度言っても、奈々美は俺からの誘いに対し、首を縦に振らない。あまりにも頑固で、まさかおまえ処女?なんて聞いたこともあった。(その後、そんなわけない!っていうか、デリカシーなさすぎ!とビンタが飛んできた)
正直、付き合う前…まだ恋人ごっこをしていた時にはそういう雰囲気になった事もあるのに、なんで付き合ってからはダメなんだ?と毎晩疑問に思っている。
それでも嫌われるぐらいなら。と、今まで我慢してきたけれど、さすがにそろそろ堪える。再び吐いたため息に、奈々美が小さく反応したのがわかった。

振り返った奈々美は眉を下げながら俺を見上げた。

「あの、さ…」
「ん?」
「別にシたくないわけじゃないの。捨てられるとも別に思ってないし」
「…じゃあなんで?」
「いや、その…」

そこまで言って言葉を濁した奈々美は、罰が悪そうに俯いて、最終的に口を噤んだ。何かを言おうと口を開いては閉じてを繰り返す奈々美に、思わず小さく笑い、その頭にぽんっと手を乗せる。

「いいよ、待ってるから」
「えっ?」
「まぁ、その代わり」

そこまで言って、俺は奈々美の手からアイスを奪い取りローテーブルに置く。そして何?とでも言いたげな顔をしている奈々美の腕を思い切り引き寄せた。
そのまま俺の膝の上に向かい合う形で奈々美を座らせ、首の後ろに手を添えて、ぐっと顔を引き寄せる。
そして触れるだけのキスをした後、おでこを合わせながら俺は尋ねた。

「キスはいいだろ?」
「…いいって言う前にしてんじゃん」

そう言って頬を染めた奈々美に、ごめん我慢できなかった。と返し、俺は再びその唇にそっとキスをした。



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