好きが溢れて幸せになるA




「あ!日付変わっちゃった!」


もうすぐ自宅に到着するというタイミングで、奈々美が声を上げた。結局閉園ギリギリまでうさみみフレンズパークを楽しんだ俺たちは、帰宅ラッシュの渋滞に嵌り、帰宅時間が予定よりも大幅に遅れてしまった。
と言っても、この後は家に帰って寝るだけだし、明日の予定も特にないのだけれど。


「万理、誕生日おめでとう」
「ありがとう」
「まさか車の中で言うことになるとは…」

そう言って小さくため息を吐いた奈々美に、別に気にしないよ。と返せす。祝ってもらえるのは勿論嬉しいけど、この歳になれば浮かれるようなものでもないしなぁ。なんて考えていたら、あっという間に自宅に到着した。

「車停めてくるから、先戻ってて」

いつも通りそう声をかけてエントランスで車を停めるが、奈々美は一向に下りる気配が無い。どうした?と声をかければ、あのさ…。と顔を俯かせながら何やら指をもじもじと動かし始めた。

「ん?」
「今日は、その…。できるだけ長く一緒に居たいなって」

思ったりして…。顔色を伺うように俺を見上げた奈々美に、俺は大きく息を吐きながらハンドルの上で腕を組み、それに顔を埋めて心の中で呟く。なんだそれ、かわいすぎるだろ…。





最近、お互い忙しくて朝顔を合わせないまま出て行って、夜もどちらかが先に寝てるなんて日も多かった。
そう言えば俺が帰宅した時、でっかいろっぷちゃんにもたれかかった状態で眠っていた事もあった。
あの時はただ単に力尽きたのかな。なんて思っていたけど、もしかしたら寂しくてあそこで寝ていたのかもしれない。

今日…いや、もう日付が変わったから昨日か。
昨日あんなにはしゃいでたのも、念願叶ってというだけが理由じゃなくて、久々に俺と一緒に過ごせたからだったりするんだろうか。
腕に頭を乗せたまま顔だけを奈々美の方に向けてそんな事を考えれば、バチっと目が合った。

「やっぱ先に戻ってる」

慌てたようにそう言ってシートベルトを外そうとする奈々美の手に、そっと自身の手を重ねて握れば、再び目が合う。

「ご、めん…重いよね」
「そんな事ない。嬉しいよ」
「いいよ、無理しないで。万理がそういうの嫌いなのわかってるから」

私もちょっと言ってみただけだし。
そう言って右耳に髪をかけた奈々美に、思わず顔を顰める。

「嘘つかないって約束」
「嘘なんて…」
「ついただろ?」

先ほど彼女がそうしたように右耳に髪をかけてやれば奈々美は、はっ!としたような表情を浮かべた後、罰が悪そうに俯いた。

「ごめん」
「うん。なぁ、誕生日だからわがまま言っていい?」
「…何?」
「今日は1日俺の隣に居て」

そう言って奈々美の顔を覗き込めば、奈々美は今にも泣き出しそうな顔で頷いた。俺はそれに小さく笑いながら、泣くなよ。と頭を撫でる。そして車を駐車場へと走らせれば、小さく鼻をすする音の後、うるさい。と拗ねたような声が聞こえた。







それから数分後、俺たちは脱衣所で攻防を繰り広げている。

「絶対やだ」
「今日は1日俺の隣に居てくれるんじゃなかったの?」
「それとこれとは話が別!」

駐車場から自宅までの道のりではしおらしかった奈々美だが、帰宅して早々、とりあえず風呂入ろっか。と声をかけた瞬間に、いつも通りに戻ってしまった。
私後で入るから!と入り口の前に立っている俺を押す奈々美を無視して、着ていたシャツを脱いで髪を解けば、それを見た奈々美の顔が真っ赤に染まった。
そのままベルトに手をかければ、ぎゃー!という可愛くない声と共に、顔面にタオルが飛んできた。

「ぶっ!!…おまえなぁ」
「お風呂は別じゃなきゃいや!」
「はぁ…わかったよ。風呂は別々」

あからさまにほっとした奈々美に俺は、その代わり。と言葉を続ける。
もう、ずいぶん我慢してきたんだ。今日を逃したら、このままずっと無いかもしれない。そんなのは耐えられないから。


「今日は朝まで付き合ってもらうから」


耳元で囁いた俺の言葉の意味がわかったのか、奈々美の瞳の奥が不安げに揺れた。
露骨に目を逸らした奈々美のそれに気が付かないふりをして、俺は脱衣所を後にする小さな背中を見送った。






パタン。とドアが閉まる音が、やけに大きく感じた。
それは、俺と入れ替わる形で風呂に向かった奈々美が、風呂から出てきた事を知らせる音でもある。ドアの方へ目を向ければそこには緊張した面持ちの奈々美が立っていた。
おいで。と声をかけても一向に近付いてくる気配のない奈々美の元へ足を進めれば、奈々美は俺に勢いよく抱きついた。
その肩は震えていて、なんなら小さく鼻をすする音も聞こえて、そんなに嫌なのか。と俺は無意識のうちに肩を落とす。

「…そんな嫌がられるとは思ってなかった」
「…ごっ、ごめん。違う」

違うの。と首を振る奈々美の頭を抱き抱えるように腕を回し、ぽんぽんと軽く叩く。しばらくそうしているうちに落ち着いてきたのか、奈々美は深く息を吐いて、少し赤くなった目で俺を見つめた。

「話したい事があって」
「話したい事?」

言葉を繰り返した俺に、奈々美は小さく頷いた。








ベッドの上で向かい合いながら、えっと、あの…と視線を泳がせている奈々美の言葉を、俺は黙って待つ。多分、このタイミングで話したい事っていうのは、その手の話なんだろう。
しかし、いつも流れで事に及んでいた俺にとっては、なんの話か全く見当がつかない。
なんだろう…。と思考を巡らせていると、奈々美が意を決したように口を開いた。

「あのね、万理とするのが嫌なわけじゃないの」
「うん」
「でも、あの…苦手で…」
「苦手…?セックスが?」
「…そう」

自身の髪をいじりながら視線を落とした奈々美に、ふとあの日の事を思い出して、もしかして俺のせい?と尋ねれば、奈々美は小さく顔を左右に振った。

「それは関係ない。…万理には嘘つきたくないからする前に言うけど、私、その…イった事なくて…」
「えっ」

まさかのカミングアウトに、思わず驚く。
と言うのも、奈々美は前の男と4年も付き合っていて、4年も付き合っていれば、悔しいけど勿論セックスだってしてるはずだからだ。

「一度も?」
「一度も。あんまり気持ちいいって思った事もなくて…」
「…4年間どうしてたの?」
「…演技してた」

そう言って奈々美は俺の首に腕を回し、そのまま俺の耳元に唇を寄せて小さく喘ぐ。その声があまりにも色っぽくて、堪らず彼女の細い腰に手を回すと同時に体が離れていった。

「なかなかうまいでしょ?」
「お前さぁ…」

この状況で煽るような行動を取る奈々美に、呆れてため息が出る。それと同時に今の声を聞いただけで、既に熱を持ち始めている自身にも呆れた。

「…別に、流れで1回だけする分にはそれでもいいって思うの」

奈々美の言葉に、1度だけそういう雰囲気になった時の事を思い出した。たしかあれは同窓会の日の夜。お酒のせいもあって、奈々美の表情があまりにも煽情的で、このまま抱いてやろうか。なんて思ったのを今でも覚えている。ただ、今この話を聞いて、あの日必死に我慢して良かったと思った。

「でもやっぱり、好きな人とするのに気持ちよくなれないのって、精神的につらくて」
「…それ、前の男は?」
「知ってる。…でも、まぁ、本気にしてもらえなくて、何も変わらなかった。さっきは、その時の事思い出しただけ」

だから別に、万理のせいじゃない。
そう呟いて俯いた奈々美を胸に抱き寄せて、頭をぽんぽんと叩けば、俺の背中に腕が回る。そして胸のあたりが、じんわりと湿っていくのがわかった。

「万理には嘘つきたくないから、言おう言おうってずっと思ってたんだけど…。もしまた本気にしてもらえなかったらどうしようって」

時折鼻をすする音を交えながらそう言った奈々美の頭を、俺はただ黙って撫でる。

「この事知って、万理が私に興味無くなっちゃったらどうしようって、面倒くさいからやっぱやだって言われたらどうしようって、ずっと怖くて」
「…おまえ馬鹿だな。そんな事あるわけないだろ」
「だって、万理そういう事するの好きでしょ?」

距離を取ってじっと俺を見る奈々美に、ははは…。と乾いた笑いを返せば、ほら!!と奈々美はまた俺の胸に顔を埋めた。

「…きっと私とシても、万理は満足できないよ。演技じゃないと喘げないし、かわいく煽ったり、男の人が期待してるような反応してあげられないもん」
「はぁ…。やっぱり馬鹿だな」

そう言って奈々美をベッドへと押し倒せば、焦りと戸惑いを混ぜたような声色で俺の名前が呼ばれた。俺はその声を飲み込むように深くキスをする。次第に大人しくなった奈々美が、また俺の名前を呼んだ。

「万理…」
「おまえが心配してる事はわかった」
「じゃあ」
「別に喘ぎ声とか煽りとか、そんなんどうでもいいよ。お前とできれば俺は満足できる」
「…ヤれれば誰でもいいって事?」
「なんでそうなるんだよ。…おまえが好きだから、おまえが欲しいんだよ」

本当はここで我慢して辞めるのがいい男なのかもしれない。無理しなくていいよって、ただ抱きしめる。そんな男が、奈々美には合ってるのかもしれない。
でもごめん。そんな事、俺には到底できそうにないから。



「…気持ちよくなれるまで、シてあげる」



不安げに俺を見つめる奈々美の頬を撫でながら、俺は静かに呟いた。



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