甘い匂いに誘われて




「ななみんって、なんかいい匂いするよな」


撮影の合間、手を伸ばして環くんの前髪を直している最中に呟かれたその言葉に、そう?と首を傾げたのは、つい先日のことだった。

「うん。俺、ななみんの匂い好き」

そう言った環くんに、ありがとう。と返せば、彼は照れ臭そうに笑ったのも鮮明に覚えている。
そしてその日を境に、環くんは私の匂いを頻繁に嗅ぐようになった。


最初は髪を直している時の手首をさり気なく。それからしばらく経って、彼は私を後ろから抱きしめる時に私の髪に必ず顔を埋めるようになり、そして今日、彼の行動はさらにエスカレートした。

「あの、環くん…」
「ん?」
「もうやめよ…?」
「やだ」

首筋に環君の吐息を感じながら、やだじゃないよ…!と心の中で叫ぶも、勿論その声は届くはずもない。
そう、彼は今夢中で私の首筋を舐めているのだ。そんな環くんを尻目に、なぜこんな事になってしまったのかを、頭の中で整理する事にした。





日中、レギュラー番組の収録が終わった後、明日オフだから、今からななみんの家遊びに行っていーい?と、内緒話をするように私の耳元で囁いた環くんに、勿論。と頷いたのがきっかけだった。
家に着いたら夜ご飯作るから一緒に食べようね。と道中で話していたのに、環くんは家に着いて早々、ソファに寄りかかる形でラグの上に腰を下ろし、脚の間に私を置いて後ろから抱きしめた。
そのままかれこれ十分近く、何をするわけでもなく時が過ぎていった。


そして、それから更に数分後、私のお腹が小さく鳴ったのをきっかけに、ようやく環くんが口を開いた。

「ななみん、お腹鳴った」
「お腹減っちゃったんだもん。ねぇ、ご飯作るから離して?」
「んー…。あともう少しだけ…」

そう言って再び私の首筋に顔を寄せた環くんに、私は問いかけた。

「私、そんなにいい匂いする…?」
「する。なんか、甘い匂い…。今日は特にいい匂い」
「んー。香水とか使ってないんだけどなぁ。あ、甘い匂いといえば、環くんもするよ」
「え、どんな?」
「プリンの匂い」

お菓子の匂いと混ざってるかも?なんて笑ってる私に、あー。と何か納得したような声を上げたあと、環くんは再び私の首筋に顔を埋めた。

「そっか」
「なに?」
「ななみんの匂い、プリンに似てる」
「え、私最近はそんなにいっぱい食べてないのに」

プリンの匂いかぁ。と呟きながら思いを巡らせていると、ある物が頭の中に浮かんできて私は、あ!と声を上げた。

「あれかも、石鹸」
「石鹸?プリンの匂いなの?」
「プリンっていうか、バニラの香りの石鹸使ってるの」
「へー。だからこんな甘い匂いすんのな」

そっか、自分で使ってるとそこまで気が付かないけど、あの石鹸そんなに匂い残るんだ。
自身の手首の匂いを嗅げば、確かにほんのりバニラの匂いがしなくもないかも知れないが、正直自分じゃわからなかった。
そんなことを考えていたら、首筋に歯が立てられて肩が跳ねる。

「ちょ、環くん…!」
「あっ…ごめん…。プリンと一緒の匂いって思ったら、おいしそう!って思っちゃって」

痛かった?と眉を下げながら私の顔を覗き込んだ環くんに、大丈夫だよ。と返せば、彼は安堵の息を吐いた。

「でも、ちょっとびっくりしちゃった」
「ごめん…。じゃあ、これならいい?」

環くんの言葉の後に、私の首筋を生温く柔らかな何かが這った。それが舌だということはすぐにわかったけれど、なんとも言えない感覚が全身を駆け巡り、今すぐこの場から逃げたい衝動に駆られる。
しかし、お腹に回っている環くんの腕がそれを許さない。

「あの、環くん…」
「ん?」
「もうやめよ…?」
「やだ。…ってか、匂いだけじゃなくて、なんか、ななみんすげー甘い…」

止まんねえ。と耳元で囁きながら、首筋にキスをしたり舐める環くんの息が段々と荒くなっている事に気が付いて、私は慌てて環くんの頭を押して止める。

「ちょ、環くん本当に!ストップ!」
「はぁ…なに?」
「なにじゃなくて、これ以上はダメ」
「なんで?」

きょとんとした顔で首を傾げながら私の顔を覗いた環くんに、いや、あの、えっと…。と言葉を濁せば、そんな私の態度に環くんが口を尖らせたのがわかった。

「なんでダメなの?俺のこと嫌い?」
「えっ?!そんな事ないよ。好きだからダメというか…」
「好きなのにダメなの?」
「う、うん…」

未だ納得してない環くんは、ふーん。と言いながら私のお腹から腕を離した。怒っちゃったかな…?と振り返って環くんの顔を覗けば、彼は腕を組んで唸りながら何かを考えていた。
しばらくすると、そうだ。と言いながら、私の体を反転させた環くんは、着ていたパーカーの襟元をぐっと広げた。

「環くん?」
「俺もされたら、なんでダメなのかわかるかも」
「え…」
「だから、ななみんもやって」

ん。と首筋を露わにしながら、渋る私を見た環くんの目が、ほら早く。と私を促す。
そこまで言うなら…。と、環くんの肩に両手を置き、彼の首筋にそっと唇を落とし、小さく舐めれば、環くんの肩がびくっ!と大きく跳ねた。もういいでしょ?と、顔を離そうとするも、頭の後ろに環くんの手が添えられていて、離れられない。
そしてその手が、もっとしてほしいって言ってるように感じられて、私は再び環くんの首筋に唇を落とした。

「ん、はっ…やば…ななみん一旦ストップ」
「…わかった?」
「なんとなく…。でも、ダメではない」

だってこれ、なんかきもちーじゃん。
環くんのその言葉に、私は思わず動きを止める。そして、だからダメなんだよ…。と呟けば、彼はまた首を傾げた。

「ななみん、きもちーの嫌い?」
「えっと、嫌いではないけど…」
「んじゃ、いいじゃん」

そう言って再び私の首筋に噛み付くように唇を落とした環くん。やっぱり甘い。と呟きながら夢中になっている環くんは、いくら声をかけてもやめる気が無いようで、私はその刺激にぐっと耐える。


「ななみん、なんかびくびくしててかわいい」


不意に耳元でそう囁かれて、変な声が出そうになった口を慌てて抑える。そのまま私の耳を口に含んで、耳たぶを甘噛みする環くんは、多分"そういう事"を意識してるわけじゃないんだと思う。と言うか、彼に"そういう事"の知識がどれくらいあるのかも、そもそも興味があるのかもわからない。
それでも、再び荒くなり出した環くんの吐息に、私は焦りを感じる。

彼はまだ未成年だし、高校生だし、えっと、えっと、それから…。
頭の中で、もしも"そういう事"をする流れになってしまった時の逃げ道をいくつも考えていると、環くんが、あ。と呟いた。

「えっ?何?」
「俺、また噛みたくなったけど、ななみん痛いだろうから我慢したんだ」
「うん…?」
「でも、その代わりに吸ったら、ここ、なんか赤くなっちゃった…」

痛い…?と眉を下げた環くんに、痛くないけど…。と返しながら、はっ!として私は首筋を押さえる。

「環くん、それ、多分、キスマーク…」
「キスマークぅ…?」

私の言葉に首を傾げた環くんは、しばらく考えたあと、ボンっ!と音が聞こえてきそうな勢いで顔を真っ赤にして慌て始めた。

「あのっ、俺…!ご、ごめん…!そんなつもりじゃ…!」
「えっ?!いや、大丈夫なんだけど…!」

大丈夫だなんて言いながらも、ドキドキしている心臓を必死に落ち着かせる。
そして、唸りながら自身の腕で顔を隠している環くんに目を向けて首を傾げた。
あんなに執拗に首筋を舐める事よりも、キスマークをつける事の方が彼にとっては恥ずかしい事なのだろうか。それとも、キスマークというワードが"そういう事"を連想させたのだろうか。
とりあえず、この様子じゃ今後当分はそういう流れにはならないだろう。と小さく安堵の息を吐いた後、環くん。と名前を呼べば、それと同時に彼は勢いよく立ち上がった。

「びっくりした!どうしたの?」
「えっ、あ、いや…!とっ、トイレ…!俺、トイレ行ってくる!」

パーカーの裾を下に引っ張りながらそう言って部屋を出て行った環くんの背中に、いってらっしゃい。と声をかけ見送った後、私は鏡で自身の首筋を見た。

そこにははっきりとキスマークと思われる鬱血痕があって、それを何となく擦ってみる。擦ったところで消えるはずもなく、明日の朝仕事行く前に絆創膏貼るの忘れないようにしなくちゃ。と絆創膏を探し始めた。



その後、しばらくトイレから出てこない環くんを不思議に思いながらも、私は晩ご飯の用意を始めたのだった。





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さりぴの様リクエスト
きらきらこぼれるの設定で、裏までとはいかない程度の甘々



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