おまじない




家に帰ると、先に仕事を終えて家まで来てくれていた奈々美がソファの上に横たわっていた。なんか見覚えがある光景だな。と思いながら、ただいまー!と声をかければ力のない声で、おかえりぃ…。と返ってくる。

「どうしたの?何かあった?」

ソファーの前にしゃがみ込み、奈々美の頭を撫でながらそう尋ねれば奈々美は、歌…。と呟いた。

「歌?」
「また歌う事になっちゃって…」

そう言ってクッションに顔を埋めた奈々美の言葉に、あぁ…。と納得した。




奈々美の言ってる歌とは、多分映画とかドラマで女優さんが主題歌とか挿入歌を歌ったりするあれだと思う。前にも1回だけ歌った事があるんだけど、その時もう金輪際やりたくない。って言ってたっけ。

奈々美は別に歌が下手なわけじゃない。どちらかというと上手い方だし、前に出したCDもランキングのTOPに入るくらいには売れている。
どういう経緯で歌う事になったのか詳しく話を聞けば、前に出した曲を聴いた監督が、今回も是非片瀬さんにお願いしたい!と強く希望し、仕方なく受ける形になってしまったらしい。

「やだよ〜…」
「大丈夫、奈々美ならできるって!」
「ありがとう…。でも、音楽番組に出たくない。生放送もいや」

クッションから顔を上げた奈々美は口を尖らせながらオレを見た。そんな彼女の頭を再び撫でながらそっと頬にキスをすれば、一瞬で頬が赤くなるんだから、奈々美は本当にかわいい。

「なんでそんなに嫌なの?」
「…人前で歌うの慣れてないから、緊張しすぎて吐きそうになる」
「めちゃくちゃシンプルな理由だった!」
「だって私歌手じゃないもん」

女優だもん〜!!!と言いながらうつ伏せになって足をばたつかせ始めた奈々美は、疲れたのか、すぐに大人しくなった。
それから、はぁ…。と大きなため息をついてクッションに顔を埋めたまま動かなくなってしまった奈々美。どうしたもんかと頬を掻いていると、モモちゃん。とか細い声が聞こえて来た。

「ん?」
「…ごめんなさい」
「え?!何が?!」
「…やだやだ言って子どもみたい」

その言葉の後に鼻をすする音が聞こえて、えぇ?!泣いちゃったの?!と奈々美の頭を撫でれば、泣いてない。と見え透いた嘘が返ってきた。

「泣いてないなら顔見せて?」
「…やだ」
「モモちゃん、奈々美の顔見たいな〜」
「…今ブスだからダメ」
「奈々美はいつでもかわいいって!」
「…今は本当にかわいくない」

頑なに顔を見せようとしない奈々美は、相変わらず鼻をすすっている。いつもよりだいぶ落ち込みモードな奈々美は、こうなると長い。下手したら次の日まで持ち越す。
明日は大事な撮影があるって言ってたから、どうにかしてあげたいんだけど…。

どうしたもんかと悩んだ挙句、やっぱりこれが一番かな。と、おいで。と呼びかけながら両手を広げれば、ちらりとこちらを確認した後、クッションで顔を隠したまま起き上がった奈々美。ほんの少しクッションをずらして、ソファーから降りた奈々美からクッションを奪い取り、そのままギュッと抱きしめる。



「よしよし。奈々美なら大丈夫だよ」
「…うん」
「いつも頑張ってるのみんな知ってるんだから。あ!勿論、モモちゃんが一番知ってるんだけどね!」
「…うん。でも、不安なの。歌番組、出たくないのも本当なんだけど、それよりも私の歌で、作品が台無しになったらどうしようとか、やっぱり、頼まなきゃよかったとか、思われちゃったらって」
「そっか…。でも、奈々美の歌を使いたいって思ったのも、奈々美に歌って欲しいって思ったのも、全部監督なんだし!期待に応えなきゃってプレッシャーはあるかもしれないけど、奈々美は奈々美なりに、思いっきり楽しんじゃえばいいんだよ!」

奈々美なら、絶対大丈夫だから。そう言って腕の力を強くすれば、奈々美は何度も頷きながら、オレの胸に添えていた手を背中に回した。

「練習するなら付き合ってあげる」
「…う、ん」
「いざとなったらユキも居るし、なんも怖い事なんかないよ!何にもできなかったオレだって、ユキのおかげで今じゃ日本のトップアイドルなんだから!」
「…うん」

大丈夫。奈々美ならできるよ。オレがついてるよ。そんな言葉を繰り返しながら、奈々美の背中をとんとんと叩いていると、次第に落ち着いてきたのか、奈々美がゆっくりとオレの胸から離れていった。
オレを見上げた大きな目には涙がいっぱい溜まってて、それをパーカーの袖で拭いてあげれば、奈々美はほんの少しだけ笑ってくれた。



「落ち着いた?」
「…うん」
「よかった」
「…あの、モモちゃん。ありがとう」

私頑張るね。と胸の前で小さくガッツポーズをした奈々美の頬を両手で包みながら、おでこをこつんと合わせる。不思議そうにオレを見る上げる奈々美に、おまじないかけてあげようか?と問い掛ければ、オレが何をしたいか分かったのか、口元にきゅっと力が入った。

「…どんなおまじない?」
「落ち込んじゃったときに、モモちゃんを思い出して頑張れるようになるおまじない」

そう言って奈々美の唇にチュッと触れるだけのキスをすれば、奈々美はオレのパーカーの裾をギュッと掴んで、ねぇモモちゃん。と、オレを呼ぶ。

「なに?」
「そのおまじない、1回じゃ効かないかも」

上目遣いで言われたその言葉に、オレは緩んだ口元を慌てて手で隠す。なんでそんなにかわいい事言うの。明日大事な撮影なんでしょ?言いたい事は沢山あったけど、オレは何も考えてないふりをして、じゃあ効くまでしてあげる!と、何度もキスを繰り返した。


口元を隠してる時点で、オレがどんなことを考えてるかなんて、きっと奈々美にはバレバレなのに。



back


novel top/site top