君と話がしたいだけ




あの日以降、片瀬さんとは全く喋れてない。
ラビチャを送っても返事はこなくて、ちょっと、いやかなり凹んでいる。既読にはなってるから、見てくれてはいるんだろうけど。

「…避けられてるよね」
「だろうね」

化学の授業中、実験をしながらペアになった木下に相談をすれば、そう即答されてさらに凹む。
最近、片瀬さんは木下に教科書を借りに来ることが多いらしいのだが、それはいつも図ったかのようにオレのいないタイミングなのだ。

「今度来たら引き止めておいてよ」
「なんで私がそんな事しなきゃなんないの?」
「オレと木下の仲じゃん!」
「どういう仲?というか、私だって怒ってんだからね」

腰に手を当てながら、ビシッ!とスポイトでオレを指す木下の顔には、たしかに怒ってます。と書かれていて、オレは戸惑う。

「なんで木下が怒るんだよ」
「あのねぇ。あんたは、オレ避けられてて可哀想…。とか思ってんだろうけど、奈々美だって傷付いてんだからね」
「片瀬さんが?なんで?」

オレの言葉に顔を顰めた木下は、奈々美に聞きな。と言いながらため息を吐いた。片瀬さんに聞けって、それができたら相談なんかしてないって。心の中でそう呟きながら、木下がぶっきらぼうに言い放つ実験結果をメモしていく。
どうしたものか。と肩を落としたオレにチャンスが訪れたのは、化学の授業が終わってすぐだった。

化学室から教室に戻ってきたら、片瀬さんが廊下からオレのクラスの教室を覗いていたのだ。
恐らく木下を探しているのだろう。ドアの前に立って、そわそわしているのがわかった。

「片瀬さん?」

どうしたの?と問いかけるオレの声に小さく肩を跳ねさせた片瀬さんは、ゆっくりとオレの方を見て、にこっと笑う。
その笑顔は、作られた笑顔だった。

「こんにちは」
「こんにちは…。木下に用?」
「そう。でも、居ないみたいだから大丈夫」

じゃあまたね。と逃げるようにオレから離れる彼女ほ腕を、オレは咄嗟に掴む。振り返った片瀬さんは、また作り物の笑顔でにこっと笑った。

「何?」
「何って言うか…。久々に会えたから少し話したいんだけど」
「もう休み時間終わっちゃうから戻らないと」
「まだ5分あるよ。ねぇ、なんでオレを避けるの?」

オレの言葉に片瀬さんが足元に視線を落としたと同時に、何やってんの?と背後から声をかけられた。
声の主は木下で、オレは思わず片瀬さんの腕から手を離す。

「柚香ちゃん…!」

安心したような声色で、オレの横を通り過ぎて木下の元へと向かう片瀬さんに、ほんの少し胸が痛んだ。

「数学の教科書貸してもらえない…?」
「また?あんた最近忘れ物多いよ?」
「ごめんね」
「別にいいけど…って、あー…うち今日数学無いや」
「え?そうなんだ…」

どうしよう。と肩を落とした片瀬さん越しに、木下と目が合った。木下が何を言いたいかがなんとなくわかって、オレは小さく頷いた後、小さな背中に向かって声をかける。

「オレ、置き勉してるから持ってるけど!」

思ったより大きくなった声に、オレは慌てて口を塞ぐ。振り返った片瀬さんは驚いた表情で瞬きを繰り返している。

「ごっ、ごめん」
「ううん、大丈夫。…借りても、いいの?」
「うん!今持ってくるから、ちょっと待ってて!」

そう言ってオレは駆け足で教室に入り、ロッカーを物色する。その間、どうしたらもっと片瀬さんと話せるかということばかりを考えていた。
今日を逃したら、また話せないままになってしまう気がしたから。
目当ての物を取り出し廊下へと戻れば木下はもう居なくて、片瀬さんだけがそこに立っていた。

「お待たせ、」
「ありがとう」
「うん。返すのは、昼休みでいいから」
「え、でも…」
「いつものところで待ってるから」

一瞬だけ合った目からは、戸惑いが感じられたけれど、オレはそれに気が付かないふりをして、返事を聞かずに教室へと戻ったのだった。



back


novel top/site top