大きな幸運の予兆
「おまえって、うさぎアレルギーとか無いよな?」
「え?無いけど」
夜、夕飯も入浴も済ませ、ベッドの上でのんびりしている私に、お風呂からあがったばかりの万理が、タオルで髪を乾かしながら尋ねてきた。
なんの脈絡もないその話に首を傾げながらも、私は一つの仮定に辿り着いて、興奮のあまり勢いよく起き上がった。
「え!飼うの?!」
「飼わないよ。しばらく預かるだけ」
「預かる…?」
顎に手を当てて、うさぎ飼ってる知り合いなんて居たっけ?と考えていたら、万理がスマホを差し出してくる。それを受け取り画面に目をやれば、そこには見覚えのあるピンク色の生き物が映っていた。
「きなこ。おまえも会ったことあるだろ?」
「あぁ、音晴さんの…」
そういえば、この子はうさぎだった。
色やフォルムが普通のうさぎと違っていたから、正直うさぎと言われてすぐに思い浮かばなかったのだ。
「きなこを預かるの?」
「そう。来週、社長が取引先の社長とお付き合いで旅行に行くんだって。さすがにきなこを連れて行けないから預かって欲しいって」
「へー…。でもなんでうち?紡さんとこは?」
「紡さんは地方ロケの付き添いの時期と被ってて」
なるほど。と頷いた後に再びスマホへと目を落とす。ちょっと不思議な見た目だけど、ふわふわでかわいいし、一度抱いた時のあの感覚は今でも忘れられないほどだ。
ちょっと楽しみだなの口元を緩めたと同時に、私はある事を思い出した。
「ここ、ペット禁止じゃん」
「あぁ、それなら社長が大家さんに話つけてくれたから大丈夫」
「…金の力?」
「詳しくは聞いてないけど」
そう言って寝室を出て行った万理の背中を見送り、私はネットで『うさぎ 飼い方』と検索を始めた。
早く来週にならないかな。
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「きなこ、ご飯だよー!」
きなこにご飯をあげている奈々美は、一緒に暮らし始めてから…いや、おそらく出会ってから今までの中で、一番上機嫌だった。
社長からきなこを預かって今日で4日目。
初日からずっとこの調子できなこを可愛がってる奈々美は、上機嫌ゆえに表情もいつもより柔らかくて、正直めちゃくちゃ可愛いのだが…。
「…俺の入る隙がない」
「え?なんか言った?」
「いや、別に…」
そう、奈々美は朝起きてから仕事に行くまで、そして仕事から帰ってきてから寝るまで、ずっときなこにべったりなのだ。
日中は俺が事務所で面倒見ているから、きなこを取られて残念。という感覚はない。むしろその逆で、きなこに奈々美を取られた。とさえ思ってしまっている。
奈々美がきなこを連れて家を出て行ってしまう夢を見た日には、思わずネットで夢占いを検索してしまったほどだ。
「…なぁ」
「ちょっと待って!今のきなこ、めちゃくちゃかわいい…!」
「あのさ…」
「写真撮って音晴さんに送ってあげなきゃ…!」
元々可愛いものが好きな奈々美がこうなるのは、正直目に見えていた。見えていたけれど、いざ目の当たりにすると面白くない。
いや、きなこ相手にやきもちを焼く日が来るなんて、俺自身も思って居なかったが、これは仕方ないと思う。
「ねえほら見て。食べながら寝てる…かわいい…!」
小声でそう言いながら俺を手招きした奈々美に覆い被さるように、後ろからぎゅっと抱きしめれば、久しぶりのスキンシップだからか、奈々美は大袈裟に肩を跳ねさせた。
「急に何?」
「別に、抱きしめたくなっただけ」
「なにそれ。…って、ちょっと!どこ触ってんの!」
シャツの裾に手を差し込み奈々美の腰を撫でれば、やめて。と手を思い切り叩かれる。
「なんで?」
「きなこ起きちゃう」
「ふーん…」
「…何?」
言いたいことあるなら言ってよ。そう言って俺の方に向き直った奈々美の唇に、俺はすかさずキスをした。
久々の奈々美の唇はなんだか甘くて、もっと欲しくなってしまう。
「じゃあさ、ベッドでならいい?」
「えっ!やっ、やだ!」
俯きながら俺の胸をぐっと押して距離を取った奈々美は、ゲージに入れてくる!と完全に眠ってしまったきなこを抱いて、俺から逃げるようにゲージが置いてある方へと駆けていく。
一方俺はと言うと、全く相手にされず夜の誘いも断られ、意気消沈。一足先にベッドへと潜り込んだ。
しばらくして寝室にやってきた奈々美は、俺の名前を呼んだ。
「万理、あの、なんかごめん…」
「何に謝ってるの?」
「わかんないけど、なんか怒ってるから」
いや、怒ってはないんだけどな。
寝返りを打って奈々美の方を向けば、困った様子の彼女がそこに居て、思わず笑ってしまった。
「…何笑ってるの」
「かわいいなと思って」
「…なにそれ」
掛け布団を捲り俺の隣をぽんぽんと叩けば、おずおずと潜り込んできた奈々美。そんな彼女を抱き寄せて、深く息を吸う。
最近寝るタイミングが合わなかったから、こういうのも久々だ。
「怒ってないから大丈夫」
「…本当?」
「嘘つかないって」
「じゃあ何?」
きなこにやきもち焼いてたなんて言ったら笑われるだろうなと思いつつ、それを伝えれば、案の定くすくすと小さな笑い声が聞こえてきた。
「きなこにやきもち?」
「…そうですけど」
「万理かわいい」
「嬉しくない」
相変わらず笑っている奈々美を、笑い過ぎだ。と小突けば、笑い声こそ止まったものの彼女の口元はまだにやけていた。
「はぁ…きなこ相手にこれだったら、子どもができた時俺どうなるんだろ」
「え?ちょっと待って、結婚もしてないんですけど」
「するだろ?」
「…それ、プロポーズ?」
「いや、予約」
そう言って腰に回していた腕に力を込めた俺に、ふーん。と言いつつも嬉しそうな顔の奈々美。
そんな彼女を見ながら、今日はいい夢が見られそうだ。と、心の中でつぶやいた。
ちなみにこの日の夢は、たくさんのきなこを飼う夢だった。
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