それは一瞬の煌めき
「百瀬くん、お昼一緒に食べよ!」
昼休み、いつものように佐藤さんが教室にやってきた。ざわつく教室にため息を吐きながら、オレは立ち上がり彼女の元へと足を向ける。
「ごめん!今日は一緒に食べられないや!」
「えっ?」
「別の子と食べるからさ!ごめんね!」
ぱんっ!と顔の前で手を合わせて謝りながら、逃げるように教室を出たオレに向かって、佐藤さんが何か言っているのが聞こえる。
ごめん佐藤さん。今日は何がなんでも、片瀬さんと話さなきゃいけないんだ。心の中でそう呟き、オレは足早にいつもの場所に向かうも、そこにはまだ片瀬さんの姿はなかった。
強引に誘っちゃったから来てもらえないかもしれないな…。
そんな事を考えながらぼーっとしていると、階段を登ってくる足音が聞こえてきた。
顔を上げれば、そこには気まずそうにしている片瀬さんが立っていた。
「えっと…さっきぶり!あー、とりあえず、座れば?」
「うん」
小さく頷いた片瀬さんは、いつもより距離を取って隣に腰をかける。どう話を切り出すべきか悩んでいるオレの目の前に、教科書が差し出された。
「これ、ありがとう」
「あ、うん…」
先ほど貸した教科書を受け取れば、沈黙が訪れた。あっと、えっと。なんて歯切れの悪い言葉を繰り返すオレを見兼ねた片瀬さんが、口を開く。
「…佐藤さんとお昼の約束してたんじゃないの?」
「え?!してないよ!」
「そうなんだ」
そう呟いた後、視線を落とした片瀬さんに俺は問いかけた。
「あのさ、佐藤さんとの噂、信じてる…?」
「…噂を信じてるというか、佐藤さんから聞いたから」
「何を?」
「春原くんと…その、付き合ってるって…」
尻すぼみになっていく片瀬さんの言葉に、オレは驚愕した。誰と誰が付き合ってるって?オレが何も言わないのを肯定と捉えたのか、片瀬さんが気まずそうにこちらを見る。
「だから、お昼に会うのは今日で…」
「付き合ってないよ!」
最後にしよう。と続きそうな片瀬さんの言葉を慌てて遮れば、彼女は戸惑ったようにオレを見上げる。
「佐藤さんとは、片瀬さんがお仕事で学校を休んでた時期に、たまたまここで会って、それから話すようになっただけなんだよ。オレたちは付き合ってないし、そもそもオレは佐藤さんの事を女の子として好きなわけじゃない」
言い訳のように聞こえるけれど、これが事実だ。他の人になんて思われようと構わないけど、片瀬さんには本当のことを知ってて欲しかった。
「でも、佐藤さんが付き合ってるって言ってたし…」
「片瀬さんは、オレより佐藤さんを信じるの?」
オレを信じてよ。縋るような思いで目の前の片瀬さんをじっと見つめれば、彼女の瞳の奥の戸惑いの色が濃くなった。
「…ごめん。言い方きつくなっちゃった。でもオレ、片瀬さんにだけは、誤解されたくないんだ」
「…ううん。私の方こそごめんなさい。そうだよね…うん。私、春原くんを信じるよ」
彼女がその言葉と一緒に浮かべた微笑みに、オレは心の中で安堵の息を吐く。
「ありがとう。この事は、佐藤さんとちゃんと話してみるよ…。あっ!それよりさ!この前くれたラビチャで、話したい事があるって言ってたけど、あれなに?いいニュース?」
佐藤さんがなぜ嘘をついたのかは気にはなるけれど、片瀬さんがもうオレと佐藤さんのことを気にしなくていいようにと、オレは早々に話題を変えた。
久々に話せる嬉しさが表情に出てしまっていたのか、片瀬さんはオレを見ながらくすくすと笑った。
「いいニュース!」
「え!なになに?!聞かせて」
「あのね、私が女優を目指すきっかけになった人が居るって、前にちょっと話したと思うんだけど…」
覚えてる?と首を傾げた片瀬さんに、もちろん!と大きく頷けば、彼女はそのまま話を続けた。
「今度、その女優さんが主演のドラマに出させてもらうことになったの」
「え!すごい!!おめでとう!!」
「ありがとう。この道を目指すきっかけになった人と同じ作品に出られるなんて、夢みたいで、嬉しくて…春原くんに聞いてほしいと思ったの」
出番はあまり無いんだけどね。と笑った片瀬さんはすごく嬉しそうで、こっちまで嬉しくなってしまう。それとは別に、そんな大事なことをオレに話してくれるのも、めちゃくちゃ嬉しい。
彼女の話に便乗して、オレも冬の大会のスタメンに選ばれた事を話せば、彼女もまた自分の事のように喜んでくれた。
「ドラマの撮影は?いつから?」
「終業式の日、夕方から顔合わせがあるんだけど、撮影は冬休みに入ってからなの。春原くんは?いつから大会?」
「ちょうど年末から。それで、年明けの連休最終日に決勝戦!テレビでもやる大きい大会なんだ」
「そうなの?じゃあ全試合録画するね!」
胸の前で小さく拳を握った片瀬さんに、ありがとう!と笑いかければ、彼女は少し安心したような表情を浮かべた後、ぐっと伸びをした。
「最近、ドラマのお仕事が増えて、学校にあんまり来られないから寂しいなって思ってたけど…春原くんも頑張ってるし、そんなこと言ってられないなぁ」
「…お互い頑張ろう!」
自分に言い聞かせるようにそう言ったオレの言葉に頷いた片瀬さんの笑顔は、今日一番の笑顔だった。
そして終業式当日。
オレはホームルームが終わって早々に部活の準備をしに行ったはいいものの、冬休みの課題に使う資料集をロッカーに入れっぱなしだったことに気が付き、部活前の自主練を抜け、校舎へと足を向けた。
乱雑に上履きに突っ込んだと同時に、キャー!という女の子の叫び声と、何かが落ちたような鈍い音が校舎内に響く。
昇降口にいた生徒たちは一瞬にしてざわつき始め、中には声のした方に足を向ける生徒もいる。
気にはなるけれど、練習もあるし。と、人だからができている方と逆の階段から教室へ向かおうと足を進めようとした瞬間聞こえてきた声に、オレは思わず足を止めた。
「女の子が階段から落ちたって」
「うそっ!大丈夫なの?!」
「上履きの色的に1年生みたい」
「おい。あれって、あの子だろ?」
「多分…」
「足押さえてるけど、大丈夫かよ」
「下手したら折れてんじゃね?」
「え、だとしたらやばくない?ほら、モデルだっけ?よくわかんないけど、仕事に影響するんじゃない?」
女の子、1年生、モデル、仕事…
その言葉から連想される人物を、オレは一人しか知らなくて、慌てて踵を返す。
人違いであってくれ。その願いは叶わなかった。
「奈々美!大丈夫?!誰か、先生呼んできてください…!お願いします!」
そこには、今にも泣き出しそうな木下と、足を押さえて蹲っている片瀬さんがいた。
back
novel top/site top