不可解な思考回路@
久々の休日。ベッドの上でのんびり雑誌を読んでをいると、スマホが震えた。
画面には『千』と表示されていて、私は無視を決め込む。数秒後に切れた電話にほっと息を吐いたのも束の間、再び震えたスマホを私は睨みつけた。
「うるさ…」
次切れたタイミングで電源を落とそう。
そう決めてスマホを手にしたタイミングで、誤って画面を押してしまった。
「げっ…!」
思わず吐いた悪態は電話の向こうの千には聞こえていないようで、電話口からは『もしもし?』とこちらの応答を確認する言葉のみが聞こえる。
「…もしもし?」
『出てくれて助かったよ。今すぐ家に来てくれない?』
「なんでよ」
千が私に電話をしてくる時、いつもろくな事がない。
昔の女に絡まれてるから助けて欲しいとか、これはかなり前の話だけど、朝起きたら隣に知らない女がいて怖いから来て欲しいとか、とにかくその手の事に巻き込まれるのだ。
どうせ今回もそうなんでしょ。と思いながらも、千の返事を待つ。
『緊急事態だ』
「はいはい。今度は何?」
『僕にはどうすることも出来ない…奈々美の力が必要なんだ』
いつもより真剣な声色の千の言葉に固唾を飲んだ後、わかった。とだけ返して、電話を切る。
そして、なんやかんや千に頼られて嬉しい自分に呆れながらも、ベッドから降りて彼の家に向かう準備を始めた。
先に言っておくと、私と千はただの友人だ。
男女の関係には一度もなった事はないし、体を重ねたことも勿論ない。
出会いは高校時代。同じライブハウスを使っていた私のバンドとRe:valeは、顔を合わせるうちに何となく挨拶をする関係から、何となく話す関係に。そしていつしか友人になっていた。
しかし、気が付いたらRe:valeは超人気アイドルなっていて、友人だと思っていた千は雲の上の存在に。一方私のバンドは、よくある方向性の違いってやつで解散。
それ以降、ライブハウスに行く理由が無くなった私は、次第に千と疎遠になっていった。
そんな私達が再会したのは5年前、Re:valeがデビューした年。
私が音楽の専門学校を出て就職したレコード会社で、現場業務を任された時の事だった。
人手不足を理由に裏方を任された私は、その日の出演者にRe:valeが居ると知り、マスクで顔を隠したり、帽子を目深に被ったり、とにかく千にバレないように必死だった。
芽さえ出なかった私とは違って、陽の光を浴び続ける千。同じ場所を目指していただけに、彼を妬ましく思っている気持ちが、まだ微かに残っていたからだ。もう、何年も前の事なのに。
同じ現場にいるとは言え、私はRe:valeの担当じゃないし、うまくいけば全く顔を合わせずに終えられるかもしれない。
そんな淡い期待は、一瞬で消え去った。
「ほら、出演者全員に挨拶行くぞ」
「え?!」
まさかの展開に思考がフリーズする。出演者に挨拶?しかも全員に?こんな新人の私が?思っていた事が声に出ていたのか、上司は呆れながら話を続けた。
「今後も付き合いのある事務所ばかりなんだから、当たり前だろ」
マスクと帽子は取れよ。
上司のその言葉に渋々マスクと帽子を取り、各出演者の楽屋に挨拶をして回る。どうやらRe:valeは新人だから最後に挨拶をしに行くらしい。
どうか、リハの順番が急遽変わったり、千がトイレに行ってたり、とにかく何でもいいから挨拶回避できますように!
心の中で神に祈ったが無意味だったようで、出演者に挨拶は順調に終わり、残すはRe:valeだけとなった。
いざRe:valeの楽屋へ向かおうとしたタイミングで、上司がスタッフに呼ばれ立ち止まる。何やら込み入った話のようで、Re:valeには1人で挨拶に行ってくれ。と告げられ、廊下の中心に置いていかれた私は、奈落の底へと落とされた気分だった。
いや、逆に考えると、上司が一緒じゃないなら、風邪気味なんです。とでも言えばマスクをしていても平気なんじゃないだろうか?
こんなところで悩んでいても仕方がない!と、意を決して(しかしマスクはちゃっかりつけて)私はRe:valeの楽屋のドアをノックした。
どうぞ!という元気な声が聞こえて、些か疑問に思いながらもドアを開ければ、そこには見知らぬ青年と、あの頃より髪が伸びた千が居た。
バチっと目が合った瞬間、読んでいた雑誌を床に落とし、早足でこちらへやってきた千は、私の両肩をがしっと掴み詰め寄ってきた。
「奈々美?」
「ヒ、ヒトチガイデス…」
「いや、奈々美だ。僕が奈々美を見間違うはずがない」
自信満々にそう言って私のマスクを奪い取った千は、やっぱり。と、私の顔を見て嬉しそうに笑った。
もう逃げられないか。と諦めた私は、久しぶり。と返し、彼からの質問攻めにげっそりしながらも答えていく。
バンドが解散してからどうしてた?だの、今は何してるんだ?だの、とにかく色々聞かれた。
一通り話し終えたあと、千が私の手を握りながら安心したような表情で呟いた。
「会いたかった」
私が一方的に感じていた醜い感情は、千のその一言で、一瞬にして浄化されていった。それと同時に思った。
この人は、こんなに優しい顔で笑う人だっただろうか。
私の記憶の中の千は、いつも女の子とトラブルを起こしていて、相方の万に面倒を見てもらってる。それでいて、音楽に対する思いは人一倍強い。そんな人だった。そして、ツンツンしていて、人の事なんか何も考えてなさそうで、生きづらそうな人だ。なんて、いつもそんな風に思っていた。
「…ごめん」
いろんな気持ちを込めながら、絞り出した精一杯の謝罪の言葉に、千は何が?とでも言いたげに首を傾げるだけで、それが何だかおかしくて、気が付いたら私は声を上げ、涙が出るほど笑っていた。
その日以降、私と千はまた頻繁に会うようになった。と、言っても食事は毎回私もちだし、私が経済的にピンチな時は、私の家で飲むなんて事も少なくなかった。
その度に、このヒモ男め!なんて心の中で罵りながらも、私は千を突き放すことができなかった。
私が千の前から姿を消したと数ヶ月後に、元相方の万も姿を消した事を知ってしまったからだ。
楽屋にいた見知らぬ少年…百くんの事が気になった私は、千と再会したあの日、ネットでRe:valeの事をいろいろ調べた。万がステージ上の事故で怪我をした事、ある日忽然と姿を消した事。
そして、活動休止をしていたRe:valeが百くんのお陰で復活した事を知ったのだった。
だから今日みたいに頼られると、つい答えたくなってしまうのだ。
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