不可解な思考回路A
突然の電話から数十分後、私は千の家に到着した。
インターホンを何度も鳴らすが音沙汰がなくて、これもしかして本格的にやばいやつ?と、焦り始める。
オートロックは宅配の業者さんが出るタイミングで入ったから問題なかったけど、家のドアはそうはいかない。根気強くインターホンを鳴らし続けていると、ガチャっとドアが開いた。
千の格好を見て、私は項垂れる。
彼の首にはヘッドホンが掛かっていたのだ。
「やっと来た」
「…一応聞くけど、もしかして曲作ってた?」
「え?ああ、そう1週間…いや、3日前…ん?5日前からだっけ…?まぁ、とにかく上がって」
そう言って私を自宅に招き入れた千に盛大にため息を吐いた後、私は頭を抱える。
千が私を呼んだ理由がわかってしまったからだ。
「あのさ、私あんたの家政婦じゃないんだけど」
「そんなの知ってるよ」
「じゃあなんで毎回私を呼ぶわけ?!この荒れた部屋を片付けるためだけに!」
山積みの洗濯物、散らばった五線譜、そして冷蔵庫の中で痛み始めた野菜たち…。
そう。千は作曲作業を始めると夢中になってしまうが故に、私生活がめちゃくちゃになるのだ。
と言っても、今回はいつもよりも酷い有様だ。どうしてこうなったのかと千に詳しく話を聞けば、今は新作のアルバムに向けてとにかくいろんな曲を作ってる最中らしい。
「それで、気が付いたら家中がめちゃくちゃでね。泥棒でも入ったんじゃないかと思って」
だから奈々美を呼んだんだ。
真剣な眼差しを向ける千に、私は本日二度目の盛大なため息をつく。なんだかんだ、千の顔の良さに毎回負けている自分に呆れてしまう。
「わかった。片付けるわよ」
「助かった。じゃあ、僕は作業に戻るから。よろしく」
そう言い残して作業部屋へと足を向ける千の背中に、私は思いっきりあっかんべーをした。
それから無我夢中で家中を掃除し、山積みの洗濯物を全て干し終え、やっと一息を吐いた頃、背中に刺さるような視線を感じた。
振り返れば、千が壁に寄りかかってこちらを見ていて、すこし驚いた。
「曲作り終わったの?」
「いや。全然」
千からの返答に心の中で、おい。とつっこみながらゴミをまとめていると、不意に千が、あぁ。と何か納得したように作業部屋に引き返した。
なんだったんだ?と首を傾げながら、冷蔵庫の中から使えそうな食材を厳選している私の背中に、また刺さるような視線を感じる。
振り返ればそこにいたのは勿論千で、メモを片手にソファに腰をかけて私を見つめていた。
「何?」
「何が?」
「何がじゃなくて、そんなに見られると気になるんだけど…」
「あぁ。気にしないで」
いや、気になるって言ってんじゃんか…。
相変わらず人の話を聞かない男だな。ため息を吐きながら気にしてないふりをし、適当に料理をして数十分後、私のできた。と、千のできた。が重なった。
「今度こそ終わった?」
「おかげさまで」
「よかったね。どんな曲作ってたの?」
「ラブソングだよ」
へぇ、珍しい。と返しながら料理を食卓に並べていると、千が腕を組みながら私の様子を見ている事に気が付いたけど、いちいち気にする方が無駄だということを学んだ私は無視する事にした。
そんな私を他所に、千はマイペースに話を始めた。
「気付いたんだけど」
「何に?」
「僕、君のこと好きみたい」
「…は?」
千いわく、ずっと煮詰まっていたラブソングの作詞作曲が、私を見ていたら驚くほどスムーズに進んだのだとか。
「これって、僕が君のことを好きだからじゃない?」
「いやいや。なにその理屈…」
「理屈で説明できないのが恋なんだろ?」
「…わー、素敵なワード。冗談言ってないで、ご飯食べよ」
ほら。と目の前に立ったままの千を見上げれば、その顔には『不機嫌』と書かれていた。
「冗談だと思ってるの?」
「そりゃ、思うでしょ」
「なんでさ」
「あなたの女癖の悪さを近くで見てきたから」
訳がわからないと言いたげな表情の千に、自分の胸に手を当てて聞いてみな。と告げれば、文字通り自分の胸に手を当てた千。
なにそれ、ちょっとかわいいじゃんか…。
なんて思っていると、千は小さく頷いたあと、綺麗な顔を崩さずに呟いた。
「やっぱり、君のことが好きだってさ」
だから僕と家族になろう。
と真剣な表情で言う千に、私は同じく真剣な表情で返した。
丁重にお断りします、と。
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