遠ざかる夢




冬の大会をまずまずの結果で終え、それと同時にあってないような冬休みも終わった。
迎えた始業式の日、校内は片瀬さんの話題で持ちきりだった。
かわいそうだよね。という声と共に、誰かに落とされたんじゃない?一緒にいたの木下さんなんでしょ?え、じゃあ…。なんて噂も立っていて、なんだか嫌な空気感だ。

「おはよう」

珍しく机に突っ伏している木下に声をかければ、おはよー。とテンションの低い挨拶が返ってきた。

「平気?」
「んー?あぁ、平気平気」

そう言って顔を上げた木下の眉間には、皺が寄っている。

「うわぁ…」
「人の顔見てそれって酷くない?」

木下は大きくため息を吐いたあと、舌打ちをしながら噂をしているグループを睨みつけた。その眼光の鋭さに思わず俺もびびってしまう。

「私が奈々美を突き落とすとか、あり得ないっての!」

バンっ!と机を叩きながら、ねぇ?!と俺に問いかけてくる木下の形相は般若顔負けで、俺はただ黙って頷く事しかできない。
と言っても、俺は元々木下のことを疑ってなんかないけど。

「片瀬さんは?冬休み中ラビチャ送ったんだけど、既読にすらならなくて」
「あぁ…あの時携帯も壊れちゃったんだよ。今日は普通に来てるよ。松葉杖ついてるけど」
「そうなんだ…」

連絡先も聞きたいし、あとで片瀬さんに会いに行ってみようかな。なんて考えていると、木下があのさ。と言いながら俺を手招きした。
不思議に思いながら顔を近付ければ、木下は内緒話をするように、小声で呟いた。

「佐藤さんちょっと気を付けて」
「え?」
「あの時、最後に階段ですれ違ったの、あの子だから」







昼休み、足早に片瀬さんのクラスへと向かえば、ちょうど教室から出てきた人にぶつかった。きゃっ!と小さくあがった聞き覚えのある悲鳴に、オレは慌てて手を伸ばす。

「ごめん、片瀬さん!大丈夫?!」
「えっ?春原くん?」
「よかった」

何か前にもこんな事あったね。と笑っている片瀬さんの足元に目を向ければ、綺麗な脚にはギプスが巻かれていて、両手には松葉杖がしっかりと握られていた。

「どこか行くところだった?」
「飲み物を買いに。春原くんは?誰かに用?」

首を傾げている片瀬さんの言葉に首を振って、彼女をまっすぐ見つめる。

「片瀬さんに会いに来た」

オレがそう言うと同時に教室がざわついたのがわかって、しまった!と思った。片瀬さんもそれに気が付いたのか、少し困ったように笑っている。

「えっと…とりあえず、春原くんも一緒に飲み物買いに行く?」
「あ、うん!そうだね、そうしようかな!」

片瀬さんの言葉を合図に、オレたちは教室から逃げるように、部室付近の自販機へと向かった。

カチャンカチャンと、松葉杖を突く無機質な音が廊下に響くき、すれ違う生徒が好奇の眼差しを向ける。
オレも片瀬さんも見られるのは慣れっこだけど、今回は事情が事情だけに、いい気持ちじゃないだろう。そう思って、オレはなんとも平凡な言葉を投げかけた。

「脚、大丈夫?」
「うん。ありがとう」
「松葉杖、大変そうだね」
「最初は大変だったけど、今は慣れたから案外平気」

いざとなったら、けんけんで歩けるよ。と笑った片瀬さんに、安堵の息を吐く。

「オレ、あの日実は近くにいて…」
「えっ…あ、そうなんだ…。ごめんね、びっくりしたでしょ?」
「びっくりというか、めちゃくちゃ心配したよ!…あんなに取り乱してる木下も初めて見たし」

オレの言葉に、片瀬さんの表情が暗くなったのがわかった。例の噂は、彼女の耳にも届いてるんだろう。

「柚香ちゃん、大丈夫かな…?」
「…今朝は般若みたいな顔して怒ってた」
「ふふっ、想像できる。でも、柚香ちゃんああ見えて、結構繊細だから…」

心配そうに呟く片瀬さんに、そうなんだ…なんてありきたりの言葉しか返せなかった。
それから気分を変えようと、冬の大会の話をしてる間に自販機に到着したオレ達は、各々買った飲み物を片手に、近くにあるベンチに腰をかけた。

「ベンチ冷たいね。片瀬さん、大丈夫?」
「うん。大丈夫。教室戻って気使われるより何倍もまし」

そう言ってホットココアを両手で握った片瀬さんに、オレは聞いていいか悩んでいた話題を恐る恐る振った。

「あの、さ。終業式の日、ドラマの顔合わせだって言ってたけど、大丈夫だった…?」

オレの言葉に片瀬さんは、あぁ…。と小さく呟いた後、ホットココアの缶を傾けた。数秒後、深く息を吐いた片瀬さんからの言葉に、オレは聞かなきゃよかった。と後悔した。

「あの話、無くなっちゃった」
「そんな…」
「しょうがないよね。どのみちこんな足じゃ、ドラマになんて出られないし」

ぷらぷらとギブスをつけている脚を揺らしながら、そう言う片瀬さんの表情は笑顔だ。でもその笑顔が無理矢理作ってるものなんて、誰が見ても一目瞭然だった。

「…片瀬さん」
「共演者の人達にも、監督にも迷惑かけちゃってほんと最悪だよ。しかも、その監督がかなり厳しい人なうえに、業界でかなり幅を利かせてるみたいで、暫くお仕事取れないかもって、マネージャーさんも嘆いてた…」

オレが口を挟む暇なんて与えないと言わんばかりの勢いで話し始めた片瀬さんは、そこまで話すと俯いてしまった。


「悔しいなぁ…」


その言葉と同時に、片瀬さんのスカートにシミができる。かける言葉が見つからなくて、オレはただ黙って彼女を見つめる。

「ご、ごめんね。泣くつもりなんか、なかったのに…なんか、春原くんの顔見たら、一緒に喜んでくれた日のこと…思い出しちゃって」
「謝る事ないよ!オレの方こそごめん…」
「春原くんは、悪くないよ。ちょっと待ってね、すぐ泣き止むから」
「だから我慢しないで大丈夫だよ」
「春原くん…」
「オレしか居ないから、大丈夫」

言い聞かせるように繰り返した、大丈夫。に安心したのか、片瀬さんは小さく声を漏らして泣き始めた。
そんな彼女の姿を見て胸は痛むのに、やっぱりかける言葉が見つからなくて、オレは膝の上に置かれている小さな手を、そっと握る事しかできなかった。



back


novel top/site top