かわいい彼女の甘やかし方
「恋人を甘やかすって、どうしたらいい?」
「は?」
千からの突飛押しもない問いかけに間抜けな返事を返せば、千は聞き取れなかったと思ったのか、同じ言葉を繰り返した。
「恋人を甘やかすって」
「あ、いや。ごめん。聞こえてる」
「なんだ」
で?どうすればいい?至って真剣な顔で、俺をじっと見ながら言う千に、今度は俺が尋ねる番だった。
「その前に、恋人って?百くんの事?」
「何言ってるんだ…?モモの事なわけないだろ…」
眉間にシワを寄せ、腕を組みながらため息を吐いた千に、若干の腹立たしさを感じながら、俺は再び尋ねた。
「恋人って、ヒモじゃなくて?ちゃんと対等なお付き合いをしてる人がいるのか?」
「ひどいな。万は僕の事を何だと思ってるのさ」
彼に似つかわしくない、ぷんぷん!という音が聞こえてきそうなほど、目に見えて拗ねた千に謝りつつ、彼の言う恋人について詳しく話を聞けば、なんでももう2年近く付き合っている人が居るらしい。
「出会いは?」
「忘れた」
「…年齢は?」
「モモと同じか、もう少し下かな」
「え、年下?!なんの仕事してる人?」
「知らない。興味ない」
あっけらかんと言い切った千に、頭を抱える。そんな俺を見て、大丈夫?なんて首を傾げている千に、俺はとある提案をした。
「千、彼女に会わせろ」
「やだよ。万、僕から彼女を取るつもりだろ」
「そんなわけあるか。ちゃんと信用できる相手か、俺がジャッジする」
「失礼な。僕が選んだ子なんだから、大丈夫に決まってるだろ」
「お前が選んだ子だから、心配なんだよ」
大きくため息を吐けば、千は納得いかないとでも言いたげな顔で、しかし言われてばかりなのが気に食わないのだろう、いいよ。と頷いた。
そしてスマホを取り出し、どこかに電話をかける。
「もしもし?今何してた?…あ、もう家来てるんだ?じゃあ話が早いね。ん?あぁ、いや、君に会いたいって人が居るから、今から連れて行くね。…え?別にいいよ。着飾ったりしないでも君は十分かわいいんだから。…もしかして、照れてる?ふっ、ごめんごめん。じゃあね、またあとで。……今からで平気だって。って、随分ひどい顔だな」
電話を切った後、何かあった?と不思議そうに首を傾げた千は、まさか俺のこの開きっぱなしの口が自分のせいだとは微塵も思っていないらしい。
そりゃ開いた口も塞がらなくなる。電話をしている千の表情や声色が、演技でもしてるのか?と思うほどに優しかったから。
「いや、少し…いや、かなり驚いただけ」
「へえ?まぁ、いいや。あ、ケーキ屋に寄ってもいい?」
「いいけど…」
「あそこのケーキ、彼女の好物なんだよね」
そう笑った千の顔が、これまた見たこと無いくらいに優しくて、ようやく閉じた口が、また開いてしまった。
「はっ、初めまして…!」
「はじめ、まして…」
千の家のリビングで出迎えてくれた彼女を見て、再び口が開きそうになった。そこに居たのは、想像していた女の子とはかけ離れたタイプの子だったからだ。
なんというか、動物で例えるなら小型犬と言ったところだろうか。今まで千が関係を持ってきた女の子には居ないタイプだった。
「片瀬奈々美と申します!」
「大神万理です」
「あ!もしかして、噂の万さんですか?」
嬉しそうに千を見上げた奈々美ちゃんに千は、そうだよ。と優しく笑ったあと、お土産のケーキを差し出した。
「これ、お土産」
「わー!ありがとうございます!お茶淹れますね」
「いいよ。僕が淹れるから」
ありがとうございます。と千の背中を見送った彼女の横顔を、失礼とはわかりながらもまじまじと見てしまう。そんな俺の視線に気が付いたのか、こちらを向いた奈々美ちゃんは、首を傾げた。
「どうかなさいました?」
「いや…。あの、失礼な事を承知の上で、奈々美ちゃんに聞きたいことがあるんだけど…」
「なんでしょう?」
「本当に千と、その、付き合ってるの?」
「え?!あ、はい!お付き合いさせていただいてます!」
えへへ。と、頬をほんのり赤くして笑っている奈々美ちゃんからは、いい子オーラが滲み出ていて、最初は千が騙されたり金を搾り取られたりしてないか不安だったけれど、逆に千に弄ばれてるんじゃないかと心配になってしまう。
「大丈夫?あいつに騙されたりしてない?」
「騙されてるなんて、全然無いです!」
そう言って顔の前で手を振った奈々美ちゃんの左薬指には指輪が嵌められていて、先程の横顔同様、思わずまじまじと見てしまう。
「その指輪って…」
「あ、記念日に千さんがくれたんです」
素敵ですよね。と、嬉しそうに笑った奈々美ちゃんの言葉に驚いていると、彼女の後ろからトレーを手にした千がやってきた。
「お待たせ」
「ありがとうございます」
「ケーキ、これが奈々美ちゃんのね。この前食べて美味しいって言ってたやつ」
奈々美ちゃんの前に置かれたケーキは、店に着いて千が真っ先に注文したものだった。万のはこれね。と俺の前にケーキを置いた後、千は当たり前のように彼女の隣のイスに腰をかけた。
奈々美ちゃんの元気な、いただきます!の声に続いてケーキにフォークを刺し、口に運びつつも、目の前の2人を観察してしまう。
「ん〜…!おいしい!」
「よかった」
「やっぱり、このケーキ屋さんのケーキは最高ですね。千さんのもおいしそう…」
「一口いる?」
「欲しいです…!」
「はい。あーん」
あーん。と、千から差し出されているフォークになんの躊躇いもなく口をつける奈々美ちゃんを、これまた優しく微笑みながら見つめている千。そんな2人の雰囲気に耐えきれず、俺はごほん。と咳払いをして、席を立つ。
「どうかした?万」
「あー…ごめん。急用を思い出したから今日はこれで」
「え?もう帰っちゃうんですか?」
まだ来たばかりなのに…。そう言って、しゅん、という音が聞こえてきそうな表情を浮かべる奈々美ちゃんに、これはたしかに、案外千に刺さるタイプなのかも。と納得しながらも、俺はそそくさと彼女の家を後にしたのだった。
次は絶対に、百くんも居る時に会いに来よう。
----
「折角の休みにごめんね」
「全然大丈夫です!あーあー、大神さんともっとお話ししたかったなぁ」
「また連れてくるよ」
万が帰って、2人きりになった部屋に彼女の声が響く。僕が淹れた紅茶を飲みながら、ふぅ。と一息ついた奈々美ちゃんの目元には、うっすらと隈が見える。
「眠れてる?ちょっと、顔見せて」
「え?!だ、大丈夫ですよ!」
「本当に?顔色悪いんじゃない?」
「ちょっと昨日は夜更かししちゃっただけで、仕事も繁忙期は終わったので、しばらくのんびりできますし!」
慌てて顔を背けてそう言った奈々美ちゃんの顔色は、やっぱりちょっと良くない気がする。
彼女がなんの仕事をしてるかは知らないけれど、なんだかいつも忙しそうにしてるのは知っていた。だから、モモに相談したら「思いっきり甘やかしてあげたら?」なんて言われたから、次会ったらそれを実行してあげようと思ったけど、どうやら僕は人の甘やかし方を知らないらしい。何も思い浮かばなかった。
だから、万に相談したのに、結局聞けず仕舞いに終わってしまったし、どうしたらいいんだろう。
奈々美ちゃんをじっと見つめながらそんな事を考えていたら、奈々美ちゃんが気まずそうに僕を見上げた。
「あ、あの、千さん…」
「なに?」
「大神さんの分のケーキ…食べてもいいですか?」
少し照れながらそう言った彼女がかわいくて、思わず大きなため息を吐いてしまう。そんな僕の反応を見て、ダメですか…。と肩を落とした奈々美ちゃんの頭に、垂れた耳が見える。
「ダメじゃないよ。食べな」
「本当ですか?!いただきます!」
わーい!とケーキを頬張っている奈々美ちゃんの形のいい頭をそっと撫でれば、彼女はフォークを咥えたまま不思議そうに僕を見上げる。
「ゴミでも付いてました?」
「ううん。かわいいなって思って、撫でたくなった」
「…不意打ちは、ずるいです」
「あ、顔色がよくなった。…ごめんね、本当は疲れてる君をもっと甘やかしてあげたいんだけど、甘やかし方がわからないんだ」
頬をほんのり赤くした奈々美ちゃんは、俺の言葉を聞くなり、食べかけのケーキをテーブルの上に残したまま、僕の手を取ってソファーへと移動した。
「なに?」
「千さんに甘やかしてもらおうと思って」
ソファーに僕を座らせたあと、両手を広げた奈々美ちゃん。
「ん?あぁ、なるほど」
それに倣って両手を広げて、ほらおいで。と微笑めば、彼女は嬉しそうに僕に抱きついてきた。
「久々の千さんだぁ… 」
「よしよし。これは甘やかしてることになる?」
「なります」
そう言って力一杯僕に抱きついてきた奈々美ちゃんが愛おしくて、そっと耳にキスをすれば、彼女くすぐったそうに身を捩った。
「…さっきは、大丈夫って言ったんですけど」
「うん?」
「実は、まだちょっとお疲れモードで」
「うん」
「なので、千さんと一緒にお昼寝したいです」
「いいよ。次会ったら頑張り屋さんな彼女を、めいいっぱい甘やかすって決めてたからね。今日は君のお願いをなんでも聞いてあげるよ」
「…腕枕もいいですか?」
「僕の細い腕でよければ」
くすくすと笑っている奈々美ちゃんを、じゃあベッドに行こうか。と促すも、一向に離れる気配がなくて、首を傾げる。
「他にも何かある?」
「あの、えっと…あとで、キスも、してほしいなぁって、思ったり…」
頬を染めながら目を泳がせてそう言った彼女の後頭部に、僕は腕を回してぐっと引き寄せる。啄むようなキスを何度も繰り返し、音を立てて離れれば、そこにはさっきとは比べ物にならないほど顔を赤くしてる奈々美ちゃんがいて、思わず笑ってしまった。
「顔、真っ赤だ」
「だって、いきなり…!
「こういう事は、したい時にした方がいいだろう?」
「私は、あとでって、言いました!」
「そうね。今のは僕がしたかっただけだから、奈々美ちゃんのお願いの分はまたあとで、ちゃんとしてあげる」
ね?と顔を覗きこんだ僕の言葉に、彼女が小さく頷いたのを確認して、今度こそ僕たちは寝室へと向かったのだった。
back
novel top/site top