数分後、君に伝える言葉は




「あー…飲みすぎた…」

二日酔いのせいで微かに痛む頭を抑えながら上体を起こし、今日がオフでよかった。とため息を吐く。ぐっと伸びをして、ようやく自分が服を着ていない事に気が付いた。と言っても、ズボンは履いているから、上半身だけ裸の状態だ。
上だけとはいえ、服を着ずに寝てしまうなんて、どんだけ酔っていたんだ…。と再びため息を吐いたと同時に、隣から聞こえた、んん…。という女性の声に俺は動きを止めた。

慌てて隣に目を向ければ、俺のTシャツを身に纏った女性が寝転んでいて、さーっと血の気が引く。
髪で顔が隠れていて良く見えないが、昨日一緒に飲んでいたメンバーの誰かだとすると、恐らく彼女しか居ないだろう。

「奈々美ちゃん…起きて…」

俺に肩を揺すられて、ん〜…?と目を擦りながら起き上がった彼女はやっぱり思い描いていた人物で、更に血の気が引く。
そんな俺を他所に小さく欠伸をした後、彼女は俺に向かってにこっと笑った。

「龍、おはよう」

いつもよりのんびりした口調でそう言いながら、髪をかき上げた彼女の首筋に、小さな赤い痕を見つけて俺は頭を抱えた。
他の人だったらよかった訳ではない。酔った勢いでなんて、そんな事誰とでも許されないのに、それでも、よりによってなぜ彼女と…。と嘆かずにはいられなかった。

奈々美ちゃんは俺がTRIGGERとしてデビューするより前から活動している、八乙女事務所所属のアイドルだ。
同い年の楽と仲が良いらしく、その繋がりで知り合った俺たちは、次第に食事に行くような仲になった。
思わせぶりな態度が多い彼女は、小悪魔なんて言葉がピッタリな女の子で、以前楽に、お前はあいつの好みのタイプだから気を付けろよ。なんて言われていたにも関わらず、俺はまんまと彼女の事を好きになってしまった。

そんな彼女と、なぜ同じベッドで寝ているのか…俺はその答えを導くために、痛む頭を必死に働かせた。
えっと、昨日の夜は八乙女事務所の呑み会に参加した事は覚えている。あとはそう、隣の席に意中の相手である奈々美ちゃんが居て、彼女からのボディタッチがいつもより多かったから、緊張をほぐすために、かなり早いペースでグラスを空けていったのも覚えている。
ダメだ…それ以降の記憶が正直全くない。

俺の気も知らないで再び小さくあくびをした奈々美ちゃんは、もうちょっと寝ない?と、寝転びながら俺を見上げた。その表情がとても煽情的で、俺は慌てて目を逸らす。

「い、いや!そろそろ起きないと!それより、あのさ、奈々美ちゃん、念のため確認なんだけど…俺たち昨日…」
「龍、覚えてないの…?」

寂しげな声でそう呟いた奈々美ちゃんに顔を向けると同時に、ぐっと腕を引かれて、バランスを崩した俺は彼女に覆い被さる形で倒れ込む。
あと少し腕の力が緩めば唇が重なってしまいそうな距離で、大きな目に見つめられて、自分の頬が熱を持っていく。思わず目を逸らしながら頷いたと同時に、世界が反転した。
反射的に瞑った目をゆっくりと開けば、俺の上に馬乗りになっている奈々美ちゃんがいた。
彼女の綺麗な脚の感触を、腰のあたりにダイレクトに感じてしまい、更に体温が上がっていく。

「えっ、ちょっと、奈々美ちゃん?!」
「本当に、何も覚えてないの…?」

彼女の問いかけに、ごめん…。と呟けば奈々美ちゃんは、両手で自身の顔を覆い隠しながら肩を震わせた。まさか、泣かせてしまったのだろうかと上体を起こせば、くすくすと笑い声が聞こえてきて、思わず口が開く。

「奈々美ちゃん…?」
「ふふっ、ごめんね龍。ちょっとからかっちゃった」

そう言って首を傾げながら舌をぺろっと出した奈々美ちゃんに、俺は瞬きを繰り返したあと、ほっと息を吐いた。

「安心した?」

そう言いながら俺の上から退いた奈々美ちゃんは、昨日の出来事を話してくれた。
彼女曰く、昨晩呑み会で酔い潰れてしまった俺を楽に押し付けられた奈々美ちゃんは、やっとの思いで俺を送り届けてくれたのだとか。

「迷惑かけてごめんね…。あの、それより…その格好は…」
「あぁ、これ…?龍のせいだよ。あの時の龍、すごかったなぁ…」
「えっ?!」
「ふふっ、頑張って思い出して」

楽しそうに笑いながらTシャツの裾をチラッと捲り上げ、綺麗な脚を見せつけた奈々美ちゃんは、戸惑っている俺を他所にベッドを降り、寝室を出て行った。
クローゼットからTシャツを引っ張り出し身につけ、奈々美ちゃんを慌てて追いかければ、彼女は悠長にキッチンで水を飲んでいた。

「龍も飲む?って言っても、龍の家だけど」
「え、あぁ…うん」

ありがとう。と呟いた俺に水を手渡した奈々美ちゃんは、本当に何も覚えてないんだね。と呟きながら、ねぇ龍。と水を飲んでる俺の名前を呼んだ。

「好き!」
「ぶっ!げほっ…!ごほ、ごほっ!」
「あははっ!昨日と全く同じ光景」

楽しそうに笑っている奈々美ちゃんに、冗談はやめてくれ…!と嘆けば、彼女は拗ねたように唇を尖らせた。

「冗談じゃないって言ったら?」
「え?」
「なんでもないよーだ!」

べー!と舌を出した奈々美ちゃんは、乾燥機から自身の服を取り出して、着替えるから覗かないでね。とウィンクを飛ばしながら俺に告げて、寝室へと姿を消した。


なんだかどっと疲れたな…。弄ばれてるんだろうなと思いながらも、さっきの彼女の言葉が気になって仕方がない。

「冗談じゃないって…いやいや、そんな事あるわけないか」

都合のいい解釈はやめよう。とため息を吐きながら小腹を満たすために、俺は簡単に朝食を作り始めた。
その匂いに吊られるように、僅か数分で寝室から出てきた奈々美ちゃんは、わー!と感嘆の声をあげた。

「美味しそう!」
「簡単なものでごめんね」
「ううん!いただきます!」

ご機嫌な奈々美ちゃんの声に続いて、いただきます。と箸を進めれば、ん〜!という声が聞こえてきて、思わず笑顔になる。

「美味しい!」
「お口に合ってなによりだよ」
「うん!龍はいい旦那さんになるんだろうなぁ」
「んっ…!だ、旦那?!」

奈々美ちゃんの言葉に、ご飯を喉に詰まらせそうになって慌てて飲み込む。そんな俺を、奈々美ちゃんは楽しそうに眺めている。
ふぅ。と一息ついて俺が再び箸を進めると同時に、奈々美ちゃんはまた爆弾発言をした。

「私お料理苦手だから、龍みたいな人と結婚したい!」
「けっ…!?もう!からかわないでくれよ…!」
「でも、記憶を無くすくらいお酒飲むのはちょっと心配よね。どんなに酔ってても、女の子に手出さないのは誠実で素敵だけど」

いくら誘っても靡かないから、ちょっと自信なくなっちゃったもん。そう言って肩を竦めた奈々美ちゃんに戸惑いながらも、平静を装って箸を進める。
大した反応を示さなくなった俺に、奈々美はつまらなさそうに、あーあー。と呟いたあと、襟元を摘み自身の胸元を覗き込みながら、またもや爆弾発言をした。

「龍に抱きたい!って思ってもらえるように、自分磨き頑張らないと」
「んっ…!」

今度は本格的にご飯を喉に詰まらせた俺に、えっ!大丈夫?!と慌てて水を持ってきてくれる奈々美ちゃん。
ごめんね。と謝りながら優しく背中を撫でてくれる彼女に、実はもう随分と前から、俺は君の事を抱きたいと思ってるよ。なんて、心の中で返しながら、頭の中で必死に告白の言葉を考えた。



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