恋へのカウントダウン




「ねえ!ここ、今度3人で行ってみない?」

仕事終わり、千さんの家で彼が振る舞ってくれた食事に舌鼓を打っていると、百くんがテレビに映ったショッピングモールのCMを指差しながら声を上げた。
最近できたばかりのそのショッピングモールは、ソライロモールに匹敵する規模で、百くんが楽しそうと言うのも頷ける。

「あぁ、新しくできたところ?」
「そうそう!なんか色々あって楽しそうじゃない?」
「うん。私、この前仕事でちょっとだけ行ったけど、ゆっくり回れなかったから行きたいかも」
「あ、それ見た!あれでしょ?コーデ対決のやつ」
「そう!」

見てくれたの?勿論!そんな会話をしている私たちを眺めながら、顎に手を当てて何かを思い出している様子の千さん。しばらくした後、無事に思い出せたのか、あぁ。と声を上げた

「この前モモが録画で見てたやつだ」
「え?わざわざ録画してくれたの?」
「た、たまたまだよ!たまたま!ね?ユキ!」
「そうだっけ?…それより、奈々美ちゃんによく似合ってたよね。ほら、あの白のパンツ」
「…千さん、誰の話してるんですか?私着てたのワンピースですけど」
「…もちろん覚えてたよ」

そう言って微笑みながら私のお皿に、もっと食べな。と料理をよそってくれる千さん。あ、これは完全に覚えてないやつだ。
同じ事務所の先輩のRe:valeさん。千さんは優しいし、何かと面倒を見てくれるけど、何考えてるかわらない事が多いし、たまに意地悪をしてくるし、基本的に私に興味がない。

「ピンクのワンピースだよね?」

奈々美ちゃんにめちゃくちゃ似合ってて、かわいかった!
にこにこと音が聞こえてきそうな笑顔でそう言ってくれた百くんは、いつも笑顔で接してくれて、後輩で年下の私にも、敬語なしでいいよ!なんて言ってくれるほど優しい。
お兄ちゃんみたいに優しいのに、たまに弟みたいにかわいい。そんな彼のことが、私は人として大好きだったりする。

「そう!ピンクのワンピース!もー!千さんも百くんを見習ってください」
「善処するよ」
「…前から思ってましたけど、千さんって私に全然興味ないですよね?」

わざと拗ねたように唇を尖らせれば、そんな私を見ながら千さんは頬杖をして微笑んだ。

「僕が君に興味を持つと、モモが拗ねちゃうんじゃないかと思って」

ちょうど水を飲んでいたタイミングでの千さんの発言に、百くんがごほごほと噎せる。涙を流すほど咳き込んでいる百くんにティッシュを差し出せば、ようやく落ち着いたのか、彼は深く息を吐いた。

「大丈夫?」
「死ぬかと思った…」
「モモは大袈裟だな」

くすくすと笑い始めた千さんに、百くんがちょっとユキ!なんて噛み付いている。

「拗ねちゃうって…。別に、千さんの事取ったりしないのに」

そんな事を呟きながらグラスを傾ければ、鼻を抜けるアルコールの香り。あんまりお酒が強くない私でも飲めるようにと千さんが用意してくれたお酒は、確かに飲みやすい。
何か言いたげに私を見つめている2人に首を傾げれば、なんでもない。と返ってきた。

「なんですか?」
「本当になんでもないよ。それより、そのお酒どう?飲みやすいでしょ?」
「はい!飲みやすいです!」
「奈々美ちゃん、飲みすぎないように気を付けてよ?!飲みやすいお酒ほど危ないものはないんだから!」
「はーい!それより、百くんも飲もうよ!」

ほら。と百くんのグラスにお酒を注げば、彼は何かを諦めたようにグラスを傾けた。







「百くーん!起きてー!」

酔っ払ってしまってソファの上で泥のように眠っている百くんに、身支度を整えながら、帰るよー!と声をかける。しかし彼は幸せそうな寝顔を浮かべながら、むにゃむにゃと言葉になっていない寝言を言っているだけで、一向に起きる気配はない。

「飲みすぎないように!とか言ってたのに、自分が飲まれちゃってるじゃない」

百くんを見下ろしぼやけば、後ろで私たちの様子を見ていた千さんがくすくすと笑い声を上げた。

「本当よく寝てるね。とりあえず、タクシー呼んどくよ」
「すみません、ありがとうございます」
「どういたしまして。…あれ、ごめん。スマホ車に置いたままみたい。ちょっと取ってくる」
「了解です!」

いってらっしゃい。と千さんの背中を見送った後、再び目の前の百くんに目を向け、ソファーの傍にしゃがみ込む。そして年齢より若く見えるあどけない寝顔に1人語りかけた。

「ねぇ、百くーん。起きないのー?」

よく眠っているのをいいことに、彼のほっぺをつんつんと突く。年上の男の人とは思えない可愛らしい寝顔に、ほんの少し胸がきゅんとした。
そして、お酒ってやっぱり飲み過ぎちゃだめだな。と、いつもよりふわふわしてる頭で考えた。本当に、飲み過ぎは良くない。だって普段は言わないような事を簡単に口走ってしまうから。

「起きないと、かわいい寝顔にチューしちゃうぞ」

2人きりの部屋に響いた自分の声に急に恥ずかしくなって、彼の頬から指を離した瞬間、一回り大きな彼の手が私の手を掴んだ。突然の事に驚いている私を、ピンクの瞳が見つめていた。

「も、百くん起きたの?!」
「いいよ」
「へっ?」

口角をあげて私の腕を引いた百くんの上に、バランスを崩して覆い被さる。あまりの近さにアルコールの匂いが、鼻をくすぐった。

「ちょっ、百くん…!?」
「したいなら、チュー、してもいいよ?」

さっきまで寝ていたとは思えないほどにギラついた目に、普段とは別人のような百くんに、心臓が早鳴る。というか、もしかして、百くん。

「…ずっと起きてたの?」
「え?ん〜起きたのは、奈々美ちゃんがオレのほっぺをつついたくらいからかな〜…」
「なっ…?!」

ほぼ最初からじゃない…!!顔が一気に熱くなるのを感じて体を起こそうとするも、いつの間にか頭の後ろに回っていた百くんの手に阻まれる。

「ねぇ、しないの?」

さっきまでのかわいらしい寝顔とは打って変わって、酔ってるせいもあっていつもより色気のある百くんの表情に、顔に集中していた熱が全身に広がった。心臓は爆発寸前で、痛いくらいに鼓動を打っている。
頭の後ろに回されていた手にぐっと力を込められて、あと数センチで唇が触れてしまう。顎に引っ掛けていたマスクを、寸前のところで素早く上げる。

「…奈々美ちゃん、それはないよ」
「だ、だって…」
「あーあー。しょうがない。今日は我慢するかにゃぁ〜」

そう言ってけらけら笑った百くんはただの酔っ払いで、やっぱりお酒は怖いと改めて思った。反面教師。私も気を付けよう。

「もう!千さんがタクシー呼んでくれてるから、帰る準備」

しよう。と続けようと開いた唇に、マスク越しに何かが重なり、時が止まった。

「今日は、マスク越しで我慢する」

直接は、また今度ね。
耳元でそう囁いた百くんは、パニックになっている私を他所に私の頭を力いっぱい抱いたまま、再びすやすやと寝息を立て始める。それと同時に、ドアが開く音が聞こえた。

「お待たせ、タクシー10分後に…おや、お楽しみ中だった?」

邪魔してごめんね。と言って部屋を出て行こうとする千さんを、私は必死で止める。

「ま!待ってください!千さん!百くん、寝ぼけてて…!と、とにかく助けてください!」

助けを求めるも一向に助けてくれる気配のない千さんは、あろう事かスマホをこちらに向け始めた。そして響くカシャっという電子音。

「ちょっ…!呑気に写真撮ってないで助けてくださいよ…!」
「ごめんごめん。2人がかわいいからつい」
「ついじゃないです〜!!!」

千さんの助けを借りて、百くんの腕から脱出した頃には、私は心身ともに疲弊していた。

そんな私の気も知らず、呑気に寝息を立てている百くんがなんだか憎たらしくて、彼のお腹を軽く殴るも、しっかり鍛えられてる腹筋には私のパンチなんて全く効かない。
こんなかわいい顔してるのに、やっぱり男の人なんだななんて改めて思ってしまって、落ち着いたはずの心臓が、また高鳴った。




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「…やっちゃった」

奈々美ちゃんが帰ったあと、相変わらずユキの家のソファーに寝転がりながら呟いた言葉に、ユキが反応した。

「マスク越しならノーカンじゃない?」
「え?!見てたの?!」
「いや?奈々美ちゃんのマスクに来た時よりもリップがくっきりついてたから、キスでもしてたんだろうなって」

マスクについたリップって、案外透けるよね。
けろっと言い放ったユキに、さすがユキ…!と返せば、まあね。なんて得意げに返された。

「早く告白しちゃえばいいのに」
「だって、奈々美ちゃんオレの事全く恋愛対象として見てくれてないから〜!」
「そうね。でも、まぁ、もう過去形だろうね?」

楽しそうに笑ってるユキに、奈々美ちゃんの真っ赤に染まった顔を思い出す。
正直、あそこまでやる予定じゃなかった。ちょっとからかってみようかななんて、そんな気持ちだったのに、好きな子に『かわいい寝顔』なんて言われてしまうと、かっこいいって思われたいと、燃えてしまうのが男心ってもんだ。

「意識してくれてればいいんだけど、ただの酔っ払いって思われてそうだよ〜!」
「それはドンマイだ」

頭をぽんぽんと軽く叩いてくれたユキに、え〜ん!ユキ〜!!なんて泣きつきながらも、彼女にオレは本気が伝わるように、明日からは遠慮なく攻めていこうと心に決めたのだった。



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