初めての痛み




打ち合わせ終了の声と共に、ガタッと音を立てながら、席を立つ。
向かう先は打ち合わせが始まる前から決まってた。

「ななみん!」
「どうしたの?環くん」

帰り支度を始めてるななみんの前に立って、大きめの声で名前を呼ぶ。ななみんはちょっとだけ驚いてたけど、すぐにいつもの笑顔に戻った。話しかけようと思って、あのさ…って言いかけたところで、みんなが俺たちを見てる事に気付いた。
なんでみんな見てんだよ!俺はななみんと話したいだけなのに!そう思ってななみんの腕を掴み、廊下へ向かう。

部屋を出る時、ふと振り向くと席を立ちかけてるリュウ兄貴と目が合った気がした。









「環くん、どこ行くの?」

そっち玄関だよ?数十センチ下からの呼びかけで、俺はようやく足を止める。
気付けば打ち合わせをしていた部屋から離れた、玄関付近まで来ていた。

「何か話があるの?」

細い腕を掴みなおして、俺はななみんの方を向く。俺の顔を見たななみんは、少し困った顔をしながら、いつもみたいに、どうしたの?と言い俺の頭を撫でてくれる。

「あの、さ…」
「うん?」

ななみんって、リュウ兄貴と仲良いの?

聞きたいことは、たったそれだけの事なのに、言葉が全然出てこない。
仲良しだよって言われたら、ななみんがリュウ兄貴に取られちゃったら、そんな事を考えたら、心臓がギュって痛くなった。

「あのさ…えっと、ななみんはさ、その…。俺がななみん以外の女の人と仲良くしてたら、どう思う?」

俺の口から出たのは、真逆の言葉だった。
急にどうしたの?ってくすくす笑いながらも、うーん。と悩み始めたななみん。暫く悩んでたけど、答えが出たみたいで、俺の手を両手でギュってしながら、嬉しいかな。って呟いた。

「え…?嬉しい……?」
「うん。だって環くん、昔は友達作るの苦手だったでしょ?だから、女の子の友達もできたんだなー!って。嬉しいかも」

なんてニコニコしながら言うから、俺は何にも言えなくなった。
本当はさ、俺はななみんが俺以外の男な人と仲良くしてるの、寂しいよって言いたかったのに。
そっか、ななみんは寂しくないんだ…

「本当に?本当に嬉しいの…?」
「ん?嬉しいよ。でもそれと同時に、寂しいかも。環くんが取られちゃったー!って」

そう言いながら笑うななみんに、俺は思わず抱きついた。
なんだよびっくりさせんなし!そうだよな、やっぱななみんも寂しいよな!って思ったら、すっげー嬉しくて、腕の力を強くした。そんな俺の背中を、ななみんがポンポンって叩いてくれる。
あぁ、懐かしいな。小さい時も、不安だったり寂しかったり、そんな時はこうやって背中を叩いてくれてたっけ。
そんな風に昔を思い出してたら、環くんそろそろ帰るよ…?と、俺を呼ぶ声がして、一気に現実に戻された。

「そーちゃん…」
「ほら、環くんみんな帰るってよ?私ももう帰るから、荷物取りに部屋戻ろう?」

と、俺の胸の辺りを軽く押してくるななみんを、さっきより強く抱きしめる。そんな俺に、そーちゃんもななみんも、びっくりしてるのがわかる。
やだよ。だって、今戻ったらあの部屋にはリュウ兄貴がいる。そしたらななみんは、俺を置いてリュウ兄貴んとこ行っちゃうだろ?なんとなくだけど、そう思うんだ。

あぁ、また、心臓がギュってした。



その後何度も、帰ろう?帰るよ。と声をかけられ続けられてるけど、俺はまだななみんと居たいから動かない。

「ほら、環くん。帰ろ?」
「やだ!まだ、ななみんと居る!」

何度目かの呼びかけに返した声は、思ったより大きくて、そんな自分の声にはっとした。
2人の顔を見れば、そーちゃんもななみんも困った顔してた。困らせちゃいけない2人を、俺は困らせてる…。謝らなきゃ。そう思って、腕の力を緩めて口を開こうとした時、2人とは違う声が聞こえた。



「四葉さん、何をしてるんですか?」


いおりんだ。

そーちゃんの向こうには、腕を組みながらじっとこっちを見てるいおりんと、恐る恐る様子を見てるみっきーとりっくんとナギっちがいた。
いおりんは俺の腕の中のななみんを見ると、眉間にしわを寄せた。
そして大きいなため息をつきながら、俺たちに近付いてきて、俺の腕を掴み、ななみんから離す。

「四葉さん、いい加減にしてください。私たちだけの時ならまだしも、沢山のスタッフや他の共演者の居る場では、必要以上に近づかないでと、あれほど言ったでしょう」

そう。いおりんはいつも口うるさく、片瀬さんに必要以上に近づかないでください。って言ってくる。
それに対して俺は、はいはい。って聞き流して、いおりんはため息をつく。それが俺といおりんのここ最近の"いつも"だった。

「別に、必要以上じゃないし。今は俺たちしか居ないじゃんか」
「屁理屈はいりません。あなたも、ご自身の立場を弁えてください。」

そう言いながら、今度はななみんの腕を掴むいおりん。その力が強かったのか、痛っ。とななみんの口から溢れた。それを聞いたと同時に、反射的に体が動く。
バシッっという音と、自分の手の甲に受けた衝撃に、再びはっとする。



俺は今何をしたんだろう…?



いおりんに目を向けたら、赤くなった腕を摩っていた。自分のやった事に、冷や汗が出る。
俺は、いおりんの腕を、思いっきり振り払ったんだ…。
みんなが、いおりんに、大丈夫?って声をかけてるけど、いおりんは俺を睨んだままだ。

こわい。

そう思った俺は、ななみんの腕を掴んで、外へ飛び出した。
みんなが俺の名前を呼んでて、数十センチ下からは、待って環くん!って声が聞こえる。それでも俺は足を止めずに、寮への道を走り続けた。




痛いのは嫌だ。ギュってする心臓も、手の甲に残った痛みも、全部嫌だ。
でも、ななみんと一緒に居られないのは、もっと嫌なんだ。



あぁ、このままどこか遠くまで走って行けたらいいのに。



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