もう一回の代わりに




「はぁ…」

目の前にあるチョコレートを見つめながら、今年一番大きなため息を吐く。今年一番と言ってもまだ始まって2ヶ月とちょっとだけど、残り10ヶ月、おそらくこのため息を超えるものは出ないと思う。

恋人の龍之介に『今年のバレンタインデーは手作りのチョコレートが食べたいな!』と電話で言われて早数週間。元々料理が得意なわけじゃないし、お菓子作りなんて学生時代にやった調理実習が最後の私になんて酷なリクエストをするんだろう。
そう心の中で思いながらも、大好きな彼の気持ちに答えたいと思うのは当然で、この数週間頑張って練習してきた。練習してきた、の、だけれど…正直言って全く自信が無い。
可もなく不可も無くな見た目、味も悪くないはず。ただ、これを龍之介にあげるとなると、ハードルが高い。

そうこうしているうちに約束の時間が迫っている事に気が付き、慌ててラッピングをして家を出る。
今日の待ち合わせ場所は彼の家だ。





「いらっしゃい!」

笑顔で出迎えてくれたあと、ぎゅっと私を抱きしめてくれた龍之介に、自然と顔が綻ぶ。
テレビや雑誌で見ていたから、勝手に会ってる気になっていたけれど、こうやって直接会うのは数ヶ月ぶりだったりする。
会えなかった期間の話や、近況報告、この数ヶ月主に文字でしかできていなかったそれらを交えながら、談笑していると、龍之介は何かを思い出したかのように席を立った。

「そう言えば、これ。姉鷺さんからもらったんだけど、よかったら一緒に食べない?」

差し出されたのは有名店のチョコレート。毎年予約ですら争奪戦で、値段も決して可愛いものではないそれは、一般人の私にはとてもじゃないけれど手の届かない代物だ。

「いいの?!」
「勿論だよ!一緒に食べた方が美味しいからね」

初めて食べる超が付くほどの高級チョコレートになぜか緊張しながらも、それを一粒手に取って口に運ぶ。あまりの美味しさに、感嘆の声をあげてしまった。

「ん〜!!すっごく美味しい!!」
「本当に?よかった!好きなだけ食べていいよ」

そう言ってくれる龍之介は、一緒に食べようと言った割にただ笑顔で私を見ているだけで、チョコレートに手を伸ばす気配が全くない。
不思議に思って首を傾げていると、龍之介はそれに気が付いたのか、眉を下げながらぽりぽりと頬を掻いた。

「俺、今年一番最初に食べるのは、奈々美ちゃんからのチョコレートって決めてたんだ」

龍之介のその言葉で、自分の作ったチョコレートの存在を思い出した。久々に会えた嬉しさと、目の前にある高級チョコレートのせいで、すっかり頭から抜けてしまっていた。

「作って、来たけど…」
「けど?」

普段こんなに美味しいチョコレートを食べてる人の口には、とても合うとは思えない。
そんな言葉をぐっと飲み込んで、期待の眼差しを向けている龍之介の前に、小さな袋を差し出す。

「わぁ…!ありがとう!本当に嬉しいよ!」

そう言いながら袋の中からチョコレートを取り出した龍之介は、スマホで写真を撮った後、いただきます!とそのチョコレートを口にした。

「うん!美味しい!なんて言うんだっけ?これ」
「トリュフ」
「そうだ!トリュフ。美味しいよね、俺これ好きなんだ。本当にありがとう」

美味しい美味しい。と、笑顔で食べてくれる龍之介とは裏腹に、ちょっとだけ気分が落ち込んでしまう。
だって、私が作ったのなんかスーパーで買ったチョコレートと生クリームを混ぜて丸めただけのトリュフだ。高級チョコレートとは比べ物にならない。
そう思ったら、高級チョコレートが酷く輝いて見えて、伸ばしかけた手が自然と引っ込んだ。

「どうしたの?」

心配そうに私を見つめる龍之介に、思わず尋ねる。

「本当に美味しい…?」
「え?勿論、美味しいよ!奈々美ちゃんが作ってくれたんだ、美味しくないはずがないじゃないか」
「でも…高級店のチョコには勝てないし」

そう呟いて高級チョコレートに目を落とす。勝手に落ち込んで、勝手に拗ねて、我ながら今の自分は面倒くさい女だと思う。でも仕方ない。
そんな私とは裏腹に、龍之介は何が面白いのかくすくすと笑い始めた。

「えっ?なに?」
「ごめん。奈々美ちゃんがあまりにも可愛いから」
「今の私の、どこに可愛い要素が…?」
「奈々美ちゃんはいつでも可愛いよ」
「ありがとう。でも、チョコレートの美味しさは敵わないでしょ」

無理に食べなくていいよ。
そう言って龍之介の手から箱を取り上げようとするも、その手は、ひょい。っと躱されてしまう。

「ちょっと、龍之介」
「持って帰る気なんだろう?そうはさせないよ。本当に嬉しいし、美味しいんだから」
「お世辞はいいって」
「お世辞じゃないよ。…信じられないなら、『一緒に』食べようか」
「へ?」

その言葉と共に口の中に放り込まれた、私の手作りチョコレート、そして間髪入れずに重ねられたのは龍之介の唇。
家で摘んだ時は安っぽく感じたその甘さも、龍之介の舌で溶かされるだけで、高級チョコレートに匹敵するほどに美味しく感じるんだから不思議だ。

このまま本当に食べられてしまうんじゃないだろうか。

チョコレートはもう溶けてなくなっているのに、未だに繰り返されるキスに応えながら、ぼーっとする頭の中で、そんなバカなことを考える。
しばらくして、ちゅっと音を立てて唇が離れたと同時に、耳元で囁かれた。

「やっぱり、一緒に食べると美味しいね」

吐息混じりのその言葉に私は、よくわかんなかった。なんて、可愛くない言葉を返しながら、もう一回の代わりに龍之介の首に腕を回したのだった。



back


novel top/site top