僕なりのスタイル
「はい、これ」
夜、もう寝ようかというタイミングで奈々美から手渡された小さな箱は、この時期事務所に送られてくる大量のそれによく似ていた。
「何これ」
「何って、チョコレート」
「チョコレート?」
こんな時間に食べろって言うの?今から寝るのに。そんな気持ちを込めながら首を傾げれば、奈々美は呆れたようにため息を吐いた。
「バレンタインだから」
「ああ」
「ああって…。他にもっとあるでしょ」
まぁ、今年も期待してなかったけど。僕の反応に唇を尖らせた後、ベッドルームへと足を向けた彼女をもらった小箱を片手に追う。
「なんで拗ねてるのさ」
「拗ねてない」
「拗ねてるじゃない」
「拗ねてないってば」
明らかに拗ねているのに、拗ねてないと言い張る奈々美は、もう寝るから。と僕に背を向ける形で寝転んだ。
ベッドの縁に腰を下ろし彼女の髪を梳く。こっち向いてよ。僕のその言葉で、奈々美はゆっくりと振り返った。その唇は未だに尖っている。
「拗ねてないなら、何?もしかして、キスして欲しいの?」
尖った唇を親指の腹で撫でれば、今度は逆にきゅっと結ばれたそれに、思わず笑みが溢れる。
「なんだ。キスのおねだりじゃないのか」
「…はぁ。今日一日、悩んでたのが馬鹿みたい」
「何に悩んでたの?」
「今年、チョコ渡すかどうか。…千、ファンの子とか、他の女優さんとかスタッフさんからもチョコもらってるし、毎年あげても反応薄いし、もういらないって言われるんじゃないかと思って。本当は撮影の休憩中、他の人に便乗して渡したかったのになぁ」
同じ業界で働く彼女とは、今ドラマの撮影の真っ最中。ようやく共演できたお祝いに、ちょっといいお酒を開けたのも記憶に新しい。
今日1日なんだか落ち着きがなかったのはそのせいか。撮影の合間の微妙な距離感や、彼女の表情を思い出して、ひとり納得する。
正直言うと、バレンタインデーを忘れていたわけじゃない。
それどころか、毎年奈々美からのチョコレートを楽しみにしているのに、今年はもらえないと思ってほんの少しそわそわしてて、休憩の度にモモにラビチャを送っていたなんて彼女が知ったら驚くんだろうか。そんなことを、手元の小箱の蓋を開けながらふと考えた。
今まで何度もこの気持ちを言葉にしようとしたけれど、できずに数年が経った。きっと今言葉にしても、はいはい。なんて流されるだろうし、うまく伝えられる気もしない。
「そうだ。いいこと思いついた」
「え?」
徐に小箱を開けた僕を見て、ぽかんと開いている小さな口に、もらったばかりのチョコレートを一粒押し込んだ。
驚いている奈々美の上に覆い被さり、そのまま唇を塞ぐ。胸を押す細い腕をシーツへと縫い付けて、指を絡めれば、彼女は急に大人しくなった。
僕は彼女に気持ちを伝えるのが、どうやら下手らしい。だけど、キスは上手い自信がある。
だからねぇ、僕の気持ちはこれで全部伝わるでしょ?
好き。美味しい。嬉しい。ありがとう。
いろんな気持ちを込めながら、繰り返すキスに、最初は戸惑っていた奈々美も応え始めてくれた。
チョコレートを味わいながら気持ちも伝えられるなんて、一石二鳥だ。僕って天才かもしれない。
ゆっくり唇を離し彼女を見下ろせば、大きな目が僕を睨んでいて、戸惑う。
「急に、なに?」
「…おかしいな」
「なにが、おかしいのよ」
「伝わってないの?」
「はぁ?」
「…チャンスはあと7回か」
ヘッドボードに置いた小箱からチョコレートを取り出し、奈々美の口に押し当てれば、それは何の抵抗もなく彼女の中へと進んでいった。
「ねぇ、モモ聞いて。今年もちゃんともらえたよ」
『奈々美さんからのチョコ?よかったじゃん!』
今日1日、ずっと気にしてたもんね。と笑ったモモに、そうね。と返し、僕もくすくすと笑う。
『それで?今年はちゃんと伝えられた?奈々美さんからのチョコ、毎年すごく楽しみにしてるんだよ!って』
「ん?あぁ、それね。伝えられなかった」
『えぇ?!今年こそ言葉で伝えるって言ったじゃんか!』
「そうね。でも、やっぱり言葉で伝えるより、行動で示す方が僕には向いてるみたい」
隣ですやすやと寝息を立てている奈々美の胸元に咲いた赤い花を見て微笑むと同時に、彼女が寒さに体を震わせたのがわかって、そっと抱きしめる。
起きたら怒られるかもしれないな。
そんな事を考えながら、モモとの電話を切った後、僕は再びその花に唇を寄せた。
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