大切だから




水色がベースの、少し散らかっている部屋に、2人は息を弾ませながら駆け込んだ。
扉に鍵をかけると同時に、環は細い腕を抱き寄せ、彼女の頭に頬を寄せる。
ドッドッとどちらのものかわからない心音が、静かな部屋に響く。


「…ごめんなさい」

幾分か経った後、環が重い口を開き、呟いた。その言葉は、巻き込まれた彼女に向けてなのか、先ほど腕を振り払った一織へ向けてなのか、はたまた両者へ向けてなのか、真意は計り知れない。

「環くん、大丈夫。大丈夫だから泣かないで」

そう言われて、環は初めて自分が泣いている事に気が付いた。それと同時に、彼女の底抜けの優しさに、もっと縋り付きたくなった。
もっとも、こんなに自分勝手な行動をしても、環を責めずにいる彼女のそれは、優しさとは別の何かかもしれないが。

「俺、ななみんが痛がってるの見たら、カッとなっちゃって、そんで、いおりんを…」
「うん」
「暴力はダメだって、わかってるのに…っ!いおりんの手、赤くなってた」
「…そうだね」
「謝らなきゃって、思ったけどっ、いおりん怒ってて、こわくて、このままじゃもう、ななみんに一生会うな!って言われそうで、それもこわくて」

逃げたんだ。そう呟く環の言葉を最後に、静寂が広がった。そんな彼の背中を、奈々美は何も言わずにポンポンと叩く。
それは子どもをあやす母親のようで、姉弟というよりは親子だな。という、感想がぴったりだ。



「環くんはさ」

静寂を破ったのは奈々美だった。
環の背中を叩く手は止めず、優しく、しかし凛とした声で言葉を続ける。

「私と一織くん、どっちが大切?」
「それはっ!」

奈々美からの問いに、弾かれたように顔を上げた環だったが、その問いに対して即答はできなかった。
奈々美の事はもちろん大切だ。何より、ずっと会いたかった人だ。そして、幼少期を共に過ごし、自分を弟のように可愛がってくれた彼女は、常に自分の1番の味方でいてくれて、守ってくれていた。親から与えられなかった無償の愛と言うものを、環は彼女から与えられていたのだ。
しかし、一織もとても大切で、かけがえのない存在だ。他のメンバーとは違い、寮でも仕事でも、そして学校でも共に過ごしている2人。性格が真逆だからこそ、うまくいく事もいかない事もある。小言はよく言われるが、干渉しすぎて来ない。その適度に保たれた距離感に心地良さを感じる事もあった。

「ななみんも、いおりんも…どっちも、大切…」
「ふふっ、ありがとう。一織くんもね、環くんのことが大切なんだよ」

そこまで話したところで、寮にみんなが帰ってきたのがわかった。駆け足で近付いてくる複数の足音の後、扉をノックする音が響く。

『環くん、大丈夫?みんな心配してるよ』
『タマキ、イオリもう怒ってませんよ。出てきてください、しっかりと話合って仲直りしましょう?』

壮五とナギが扉越しに環に呼びかける。その後も、2人を筆頭にあの手この手で環を部屋から出て来させようと頑張るみんなに、奈々美は静かに微笑んだ。


「ほら、みんなも環くんのことが大切なんだよ、大切だから心配するの」
「心配…」
「そう。一織くんもね、私と居ることで、環くんが嫌な思いしないようにって」
「っ!嫌な思いなんて!」
「私はさせないよ?でもね、芸能界ってスタッフさんとかも含めてね、沢山の人がいるから…。きっとこうやって私と環くんが仲良くしてるのを、嫌だなって思ってる人も、心無い言葉を浴びせてくる人もいると思うの」

いつの間にかドアの向こうからの呼びかけも止み、みんなが彼女の言葉に耳を傾けていた。

「一織くんはそういう人から、環くんを守りたいんだよ。私の事もね」
「ななみんの事も?」
「そう。心配してくれてるの、私はちゃんとわかってるから」

それは、目の前の環と扉の向こうに居る一織、2人に向けた言葉だった。
そっか…。と呟く環の頭をぽんっと叩き、みんなのところ行こう?と言う彼女の呼びかけに頷きかけた環だったが、ふと、もう一つの痛みの原因を思い出した。

「待ってななみん、俺まだ話したい事ある」
「えっ?」
「リュウ兄貴の事」

環がそう言うと同時に、扉の向こうに居たメンバーが、三月の声かけによってバタバタとリビングへと向かう。一織の話はメンバー間の問題だが、ここから先はまた別の話だ。と、察しのいい三月が判断したのだろう。



「十さん?」
「そう…あのさ、ななみんは、リュウ兄貴と…」

仲良いの?と、続けるはずだった。でもそれを口にしようとして、環の中に違和感が生まれた。そして言葉を選んでいるうちに、環はある考えに行きつく。
2人が仲が良いのが嫌なんじゃない。取られちゃうのがいやなんだ、と。




「リュウ兄貴のこと、どう思ってるの?」





再び静寂が訪れた。



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