だって、そんなの聞いてない
「でさー!その時ユキがね…!」
「へー」
「まじイケメンすぎる!」
「よかったねー」
仕事終わり、何の前触れもなく家にやってきたのは幼馴染のモモだった。
今や国民的アイドルRe:valeの1人であるモモは、一般人の私にとってはもう遠い存在だ。最もそう思ってるのは私だけのようで、彼はいつも突然家に来ては、何をするわけでもなく帰っていく。
そんなモモの話は9割が相方のユキの話。
(もうユキの話は聞き飽きたって…)
そんな事を考えながら、私はスマホを片手にそれを右から左へと聞き流す。
「…奈々美ちゃん、聞いてないでしょ」
「そうなんだー…ん?あ、聞いてるよ」
「やっぱり聞いてないじゃんか!ずっとスマホいじってるし!」
没収!と私の手からスマホを取り上げたモモは、画面をチラリと見たあと、はぁ?!と大きな声を上げた。
「なっ!誰!?この男!」
「ちょっと、勝手に見ないでよ!」
「食事のお誘いじゃん!しかも家で?!」
「別に、ただの友達だから!スマホ返して」
スマホを取り返そうと手を伸ばすも、それは真上、モモの頭上に上げられてしまった。
「ちょっと、早く返してよ」
「やだ!だって、奈々美ちゃん行く気でしょ?!ちょっ!二人きりでって書いてあんじゃん!」
「別に、私が誰とどこで何をしようが!モモには、関係ないで、しょっ!」
「関係ある!男はみんな狼なんだから!家になんか行ったら食べられちゃうよ!」
「はぁ?!何言ってんのよ。絶対無いから!って、あー!もう!」
必死に手を伸ばしても、あとちょっとのところで躱されてしまい、私とモモは狭い部屋で追いかけっこ状態。
「返して!」
「やだ!」
「返しな、さいっ!」
「うわ、ちょっ!危なっ…!」
痺れを切らした私が、スマホ目掛けて思いっきり飛びつけば、その勢いに負けたモモが思い切りバランスを崩し後ろに倒れ込んだ。勿論飛びついた私も、モモの胸にダイブする形で、一緒に。
「ごっ、ごめん!」
「あははっ!はー…びっくりした!でも、後ろがベッドで助かった!」
ケラケラと笑っているモモに、安堵の息を吐く。
原因がモモにあるとは言え、飛びついたのは私なわけで、これで怪我なんてされたら堪ったもんじゃない。
「よかった…」
「心配してくれた?」
「当たり前。はぁ…懲りたでしょ?早くスマホ返して」
「うーん…。いいんだけど、この状況でもまだスマホの心配?」
そう言われてようやく、自分の置かれている状況を理解した。背後からベッドに倒れ込んだモモと、そのモモの胸にダイブする形で倒れ込んだ私。
つまり今、私はモモをベッドに押し倒している状態なのだ。
「え…あっ、ごめん!すぐ退くから」
上体を起こそうとした私の背中に、モモの手が回った。その腕は力強くて振り解けない。
「えっ、ちょっ!何してんの」
「危機感ゼロの奈々美ちゃんに、男の怖さを教えてあげようと思って」
私を見上げているモモは、口元は笑っているけど目は笑っていなくて、ほんの少し怖い。
今まで見たことのないその表情に、私は思わず息を呑む。
「…や、何言ってんの?離してよ」
「離さないよ。だって、奈々美ちゃんなんも分かってないんだもん。男と家で二人になるって事は、本当に何が起きてもおかしくないんだよ?」
「えっ、でも本当に!ただの友達だから!何か起きるとかありえない。っていうか、私とモモだって男と女だけど、今まで何も起きてないじゃん。それと一緒!」
わかったら離して。背中に回っている腕を解こうと、身を捩ると同時にぐるんっと世界が反転した。
目の前にはモモの顔があるのは変わらないけど、彼の背景が布団から天井に変わった。そして私の背中にはふかふかの布団の感触。
つまり、今私はモモに押し倒されてる訳で…。
「ちょっ、モモ。いい加減に…」
「奈々美ちゃんって、本当何も分かってないんだね」
私の言葉を遮るようにそう言ったモモは、はぁ。と大きなため息を吐きながら脱力して、私の肩に顔を埋めた。
重なった体から、ドクドクと大きな鼓動が聞こえてくる。これは、多分、モモの鼓動だ。
戸惑っている私の耳元で、彼はぽつりと呟いた。
「…いつも、我慢してるに決まってるじゃんか」
ゆっくりと顔を上げたモモは口をきつく引き結んでいて、それでいてほんの少し頬が赤くて、私はどんな反応をすればいいのかわからなかった。
分かった事といえば、ラビチャでもらったお誘いには『ごめんなさい』と返すべきという事と、頬がいつもより熱い事。
そして、今聞こえてる大きな鼓動が私のものだという事くらいだった。
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