君想い奏でる




「あーあー。もう卒業かぁ」

放課後の教室に、声が響く。
アコースティックギターを弾いていた手を止めて顔を上げれば、グラウンドを眺めていたはずの彼女と目が合った。

「卒業する実感ある?」
「んー。無いな」
「だよね。やり残した事だらけだし」

ため息を吐きながら窓枠に寄りかかり、再び窓の外に顔を向けた彼女は友達を見つけたのか、じゃあねー!と笑顔で大きく手を振っている。
そんな彼女に、俺は問いかけた。

「片瀬のやり残した事って?」
「ん?そうだなぁ…いっぱいあるけど、やっぱり大会で優勝できなかったことかな」
「あぁ…」
「あとは、購買の伝説のパンを3年間でたったの3回しか食べられなかった事」

そう言って肩を落とした片瀬に、俺は思わず小さく笑った。




片瀬と仲良くなったのは高校1年生の時、偶然同じ音楽雑誌を読んでいたのがきっかけだった。
それは割とマイナーな音楽雑誌で、同年代で読んでる人が居るなんてと、嬉しくて声をかけた。あの時の片瀬の驚いた顔を、俺は今でもよく覚えてる。

お互い音楽が好きという共通点があったおかげで、俺たちが仲良くなるのにそう時間はかからなかった。
そしてそれと同時に、俺が彼女に惹かれるのにも、そう時間はかからなかった。

「大神は?」
「ん?」
「何かやり残した事ある?」

窓枠に背を預けて、首を傾げた片瀬の髪をそよ風がそっと撫でる。
彼女の後ろに見える傾きかけた太陽と、それに照らされてキラキラと輝く彼女の長い髪の眩しさに、俺は思わず目を細めた。

「…やり残した事、か」
「無いの?」
「あるっちゃあるけど」
「何?」

興味津々と言った様子で隣の席に腰掛けた片瀬を、俺はまっすぐ見つめて呟く。

「…好きな子に、好きって言えなかった事かな」
「えっ?!大神、好きな人いたの?!誰?私も知ってる人?」

目を輝かせながら俺に詰め寄る片瀬に、俺はただ微笑みを返して、手元のアコースティックギターの弦を弾いた。

「知ってる人」
「まじか!え、告白しないの?」
「しないよ」
「なんで?すればいいのに!」
「俺卒業したら東京行くからさ」
「本格的に音楽やるんだっけ?」
「そう。相方と一緒にデビュー目指す。だからいいんだ」
「そっか…。まぁ、大神がいいならいいんだけど」

そう言って俺のギターの音色に合わせて、体を揺らし始めた片瀬は暫く経って、うーん。と腕を組んで首を傾げた。

「どうした?」
「なんかさ、大神って変に諦めがいいよね」
「そう?」
「んー…でも、諦めがいいっていうのと違うか。なんか達観してるって言うか、悟ってる?みたいな」
「ははっ、そんなこと無いだろ」

そう。そんなこと無い。
3年間、誰よりも近くにいた君との関係を壊したくないだけの、ただの弱虫なんだから。

「東京かー…かっこいい人沢山いるんだろうな」
「大して変わらないだろ」
「きっとかわいい子も沢山いるよ」
「…どうだろう」
「絶対いるよ!だからきっと、すぐ彼女できるよ!大神かっこいいし!」

拳をぎゅっと握って、笑っている片瀬。きっと、彼女なりの励ましなんだろうか。
かっこいい。そう言われて俺の鼓動がほんの少し早くなった事は、絶対にバレてない。

「ありがとう。片瀬もかわいいよ」
「…思ってないでしょ」
「思ってる思ってる」
「絶対うそー!」

そう言って俺の腕をつつく片瀬は、拗ねたように口をへの字に曲げていた。

「本当だって。片瀬はかわいいよ」

ふーん。なんて言いながら、ほんの少し頬を赤くしてる片瀬は本当にかわいい。本当に、本当だ。
彼女以上にかわいいと、愛しいと思える人に、俺はこの先出会えるのだろうか。

「…もし、彼女ができたら。その時は紹介するよ」
「え、本当?」
「うん」
「やった!約束ね!」

片瀬がそう言うと同時に、彼女のスマホが震えた。嬉しそうに緩んだ口元を見れば、相手が誰かなんて一目瞭然だ。

「私、そろそろ行くね!」
「うん」
「次会うのは卒業式かな?」
「その前の自由登校は?」
「あー…旅行行くんだよね」
「…そっか。楽しんできて」
「うん、ありがとう!じゃあ、またね」
「また」

手を振って、駆け足で教室を後にした片瀬は何かを思い出したかのように戻ってきて、笑顔で声を上げた。

「その曲、すごく素敵!」

また聴かせてね!そう言って今度こそ教室を後にした片瀬の後ろ姿を見送った後、俺は無意識のうちに止めていた手を再び動かす。


ふと窓の外に目をやれば男女が一組、仲良く手を繋ぎ、幸せそうに笑い合っていた。
そんな2人の後ろ姿を眺めながら、俺は1人きり、胸の痛みをかき消すようにギターの弦を弾くのだった。



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