原因不明




「髪の長い男って、奈々美ちゃんはどう思う?」

突然の問いかけに、え?と返しながら、メイク道具を片付けていた手を止めて顔を上げれば、スノーグレーの切長な目が鏡越しに私を見つめていた。

「どう…?別に、どうとも思いませんけど」
「…そう」

私の答えに目線と眉をほんの少し下げた千さんに、あぁ、でも。と続ければ、鏡の中の千さんの目が、再び私に向けられる。

「なに?」
「ヘアアレンジ、いろいろできて楽しいなと思います」
「あぁ…アレンジね…」

あ、また眉が下がった。鏡越しに千さんを観察していると、彼は顎に手を当てて何かを考え始めた。

「何か悩み事ですか?」

その様子を見兼ねた私がそう声をかければ、千さんは小さく頷く。

「…聞いてくれる?」
「手、動かしながらでいいなら」
「勿論」

じゃあ、失礼します。と声をかけ、千さんの長い髪にブラシを通す。うん。今日もさらさらで綺麗な髪だ。

「それで、何を悩んでるんですか?」
「…知り合いの話なんだけど」
「はぁ」
「気になってる子が居るのに、どうアプローチしたらいいかわからないらしい」
「あれ、髪の悩みじゃないんですね?てっきり、お知り合いの方が髪を伸ばすかどうか悩んでる。的な話しかと思ってました」

せっせと手を動かしながらそう返せば、千さんはしばらくしたあと小さな声で、あぁ…。と呟いた。

「その方って男性ですか?」
「そう」
「難しいですね。好みは人それぞれですし、アプローチされたからと言って必ずしもその気になるわけじゃないですし」
「まぁ、そうね…。その、奈々美ちゃんは?どんなアプローチをされたらその気になる?」

千さんの問いかけに、私は手を止めて首を傾げる。どんなアプローチをされたらだろう?今まで気にしたことが無かったから、そう言われると返答に困ってしまう。

「特に無いですね」
「…ない」
「これをされたから好きになる!って言うのは、特に…」
「そう…」
「まぁ強いて言うなら、わかりにくい態度や遠回しの言葉より、ストレートに言われた方が心が動きますね。はい、完成です!」

我ながら今日も最高の出来だ。簡単に編み込んだだけだけど。そんな事を考えながらそそくさと道具を片付けていると、徐に立ち上がった千さんが私の目の前に立った。その近さに、ほんの少しだけ驚く。

「どうしました?」
「奈々美ちゃん」
「はい?」
「あの…えっと…」

私をじっと見つめながら何か言いたげに口を開いては閉じてを繰り返した千さんは、しばらくした後、やっぱり無理だ…。と呟きその場にしゃがみ込んでしまった。

「えっ!急にどうしたんですか?!体調悪いですか?百さん呼びます?」
「…いや、大丈夫」

両手で覆った顔を左右に振っている千さんの耳は真っ赤で、熱でもあるのではと不安になる。でも大丈夫って言ってるし、さっきまでは普通だったから、そうじゃないんだと思う。もしかして千さん…

「照れてる?」

私の呟きに反応した千さんは、くるっと体を反転させて、私に背中を向けてしまった。どうやら図星のようだ。
何か照れるような事があったかな…?
全く動く気配のない彼を眺めながら、私はただ首を傾げるのだった。



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