気が付けばもう




「とてもかっこよかったです!」

ライブ終わりの楽屋。目を輝かせて俺の手を握っている見知らぬ女の人。その隣に立っている男は、面白くなさそうな顔で俺を見ている。

どっ、どう言う状況なんだ、これは…。

同じことを思ったのか、ミナとハルが一斉に俺を見た。俺に聞かれても何もわからないぞ?!と心の中で2人に返しながら、俺は目の前の彼女に会釈をした。




時は遡ること数分前の事。
ZOOLのワンマンライブを終えた俺たちは、ライブの大成功を喜びながら関係者に挨拶をして回っていた。レコード会社のお偉いさんから、先日取材を受けた音楽雑誌の担当者まで、一通り挨拶が終わり楽屋に戻ろうとした時、トラの姿が見えないことに気が付き声を漏らす。

「あれ?トラはどこ行ったんだ?」
「知らない」
「今回のスタッフさんの中に好みの女性が居るとおっしゃってたので、声でもかけに行ったんじゃないですか?」

やれやれ。と言った表情でため息を吐いたミナの言葉に、なるほど…。と返しながら3人で楽屋へ戻ると、ドアの前でミナが自身の口元に指を立てた。

「巳波、何してんの?」
「しっ!…中から話し声が聞こえます」
「誰か居るのか?」
「…御堂さんと女性の声のようですね」
「はぁ?!」

楽屋に連れ込むなんて…。折角ライブ成功したのに!と騒いでいるミナとハルを尻目に、俺はドアノブに手をかける。すると勢いよくミナに腕を掴まれた。

「なっ?!なんだよミナ」
「狗丸さん。ドアを開けて、亥清さんに見せられないような光景が広がっていたら、どう責任を取るつもりなんですか?」
「おいおい。流石のトラもそれは…」
「…ないと、断言できますか?」

ハルに聞こえないように小声で、しかし目で圧をかけながらそう言うミナに、できない…。と俺が呟くと同時にハルが、ねぇ。と声を上げた。

「どうしたんですか?亥清さん」
「ここで待っててもいつまで経っても楽屋に入れないじゃん。オレ、虎於に文句言ってくる」
「なっ!待てハル!」

俺の静止も虚しく、ハルはドアノブを回し勢いよく楽屋のドアを開けた。終わった。そう思ったと同時に俺は頭を抱えた。

「ちょっと虎於!楽屋に女の人連れ込むとか…って、その人誰?」

ハルの不思議そうな声を聞いて、俺は楽屋の中を覗き込む。そこにはトラと、あと見知らぬ女の人がいた。『清楚』って感じで、ただ立っているだけなのに品があるそんな女の人だった。

「はぁ…もう戻ってきたのか」

ぞろぞろと楽屋へと入った俺たちを見ながら、トラが大きくため息を吐く。

「御堂さん、その方は?」

ミナの問いかけに彼女は、はっ!とした表情を浮かべた後、慌ててお辞儀をした。

「申し遅れました。片瀬奈々美と申します」

奈々美…どこかで聞いたことある名前だな。なんて考えながら、どうも。と会釈をすると同時に彼女がミナが問いかける。

「あの、失礼ですが御堂さんとはどのようなご関係で?」
「あっ、えっと…」
「前に話しただろ。俺の許嫁だ」
「いっ!」

許嫁!!例の!!そう声に出しそうになったのをぐっと我慢して片瀬さんに目を向ければ、彼女は驚いたような顔でトラを見上げたあと、頬を染めて恥ずかしそうに目を泳がせた。
その反応に首を傾げていると、トラが片瀬さんの腰を抱きながら言葉を続けた。

「こいつがどうしてもライブを観てみたいって言うから、招待したんだ」
「あっ、そうなんです…!皆さんのライブ、拝見させていただきました!初めてライブというものに来たのですが、とても素敵でした!」

そう言って両手を胸の前で握った片瀬さんは、トラの腕から抜け出し、俺の手を掴んだ。

「特に狗丸さん」
「えっ?!あ、はい!」
「とてもかっこよかったです!」

そして冒頭へ至る。

「あっはは…ありがとうございます」
「私、狗丸さんの力強い歌声に感動しました!」
「歌好きなんでそう言ってもらえると、嬉しいで…す…」

眩しいほどの笑顔を向けてくる彼女の後ろから俺を見ているトラの顔が怖すぎて、思わず言葉が尻すぼみになる。
ミナとハルに目を向けるも、ミナはにこにこと笑っているだけで、ハルに関してミナの後ろに隠れるような形で怯えた表情を浮かべていた。

「奈々美、そろそろ…」
「特に3曲目がかっこよかったです!」
「ありがとう、ございます…」
「おい…」
「歌だけではなくダンスもお上手で…きゃっ!」

話に夢中でトラを無視する形になっていた片瀬さんのお腹にトラの片腕が回ったかと思えば、彼女は小さく悲鳴を上げながら後ろに引っ張られていった。
後ろから抱きしめる形で俺から片瀬さんを遠ざけ、鋭い目つきで俺を見るトラにミナが大きくため息を吐く。

「全く。御堂さんって、本当に身勝手な方ですね」
「…なんの事だ。それより奈々美、そろそろ時間だろ。車まで送って行ってやる」

ほら行くぞ。と彼女の腕を引き、楽屋を出て行ったトラの背中を見送りながら俺は、好きじゃないはやっぱり嘘だろ。と心の中で呟いたのだった。




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「トラくん、どこ行くの?」

駐車場はあっちじゃなかった?
目的地とは真逆の方向に足を進める俺に、奈々美が問いかける。それを無視して適当に空いてる部屋に入れば、奈々美は不安そうな表情で俺を見上げた。

「とっ、トラくんここ勝手に入って大丈夫なの?怒られない…?」
「お前、俺よりトウマの方がいいのか?」
「へっ?」

返事になっていない俺の言葉に奈々美は首を傾げた。

「狗丸さん?」
「俺の事は褒めなかったくせに、トウマはベタ褒めだっただろ」

そこまで言って、先程の光景を思い出す。
かっこいい。感動した。目を輝かせながらトウマにそう言う奈々美を見て、原因不明のモヤモヤが心の中に広がった。

「お前は俺の許嫁だろ。なら、俺だけを見てろよ」

俺の言葉に驚いた表情を浮かべた後、奈々美は頬を染めた。

「さっきも、言ってくれたよね」
「何をだ」
「私のこと、許嫁って」
「…今はそんな話してないだろ」
「うん、わかってるんだけど」

嬉しくて。そう言って気の抜けた笑顔を浮かべた奈々美の腕を、俺は無意識のうちに掴んで抱き寄せていた。
奈々美の言う通り、こいつを許嫁として人に紹介するのは初めてだった。親に言われて参加したパーティでも会食でも適当な肩書きで紹介してきた。親の決めた相手と結婚なんか、まっぴらごめんだったからだ。

「…ライブで興奮してテンションがあがってたからな。そのせいだ」
「でも、前に話しただろ。って言ってた」
「そんなこと言ってないぜ」
「言ってたよ」
「言ってない」
「…言ってくれてたのに」

勝手に言ってろ。とため息混じりに呟き抱き寄せていた小さな体を解放すれば、奈々美は未だに赤い頬を両手で覆いながら問いかけた。

「今抱きしめてくれたのも、テンションがあがってたから?」
「…あたりまえだ。じゃなきゃお前相手にこんな事しない」

そうだ。許嫁として紹介したのも、俺だけを見てろなんて柄にもなく本気で思ったのも、抱きしめたのも…赤く染まった顔がかわいいと思うのも。そんなん全部テンションが上がってるからに決まってる。

そうじゃなきゃ、誰がこんな鈍臭い女を愛おしくなんか思うっていうんだ。



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