愛しの君よ




「温泉旅行?」

こたつに入り、首を傾げながらみかんを食べている奈々美。あーんと口を彼女に向ければ、みかんを一粒入れてくれる。

「そう。この前出たクイズ番組の賞品でもらったんだけど、一緒に行かない?」

イルミネーションとかもやってるみたいだよ。と言いながらパンフレットを渡すと、へぇ〜。とパラパラと目を通す奈々美。所々で手を止めるあたり、興味がないわけではないようだ。
しかし、オレがこういう誘いをした時、彼女が言う言葉はいつもこうだ。


「楽しそう!でも、あの…そうだ!ユキさんと行って来たらどう?」

そう、未だに彼女はオレとの外出を頑なに嫌がるのだ。



お揃いにしたいと言われ、ピアスを開けたあの日から、彼女の中で心境の変化があったのかと思ったが、そうでもないらしい。

「ユキとはスケジュール合わないんだよね」
「え…じゃあ、万理さ」
「バンさんと2人で温泉とかオレ死んじゃうよ!」

そっかぁ。と楽しそうに笑う彼女の手をそっと包み込んで、顔を覗き込む。

「オレは奈々美と行きたいんだけど、ダメ?」

うっ。と怯みながらも、流されまいと目を逸らし手を引こうとする彼女だが、その手をギュッと握ればまた目が合う。

「…人、いっぱい居るでしょう?」
「そうだね。まぁ、観光地だから」
「バレたら…」
「大丈夫、みんな案外周りの人の事なんて見てないから」

ね?っと詰め寄れば、空いていた方の手を顎に当てながら、眉間にシワを寄せ、うーん…でも…。と唸り出した奈々美。
彼女の言い分もわかる。もし2人の関係がバレてしまったら、オレはファンを裏切る事になるし、当然マスコミだって押し寄せるはずだ。今まで通りに過ごすことはできない。
それでも、アイドルだって1人の人間だ。好きな人と出かけたり、思い出を作ったりしたいし、する権利はあるはずだ。


「じゃあ、こうするのはどう?もし何か聞かれたりしたら、近くで撮影があって、空き時間に来た。って事にするとか!」

それなら、まぁ…。と、渋々了承してくれた奈々美に、わーい!と抱きつけば、楽しみだなぁ…。と呟く彼女の声が聞こえた。
きっと奈々美も本当は行きたいはずなんだ!
この旅行はめいいっぱい楽しもうね!








「って、思ってたのに…!!なんで仕事入れちゃうかなぁ〜?!」
「本当にすみません、1日勘違いしてて…!」

そう、奈々美と旅行を予定してる日に、おかりんが仕事を入れてしまったのだ。しかもゲストを呼んでのネクリバ出張版ロケ。おまけに特番用の撮影で、丸一日かかるらしい。
いや、仕事をいただけるのはありがたい。ありがたいのだが!よりによってこのタイミングで…と、頭を抱えたくなった。
香盤表を見ながら、最速で着くルートを検索していると、ユキがやってきた。

「おはよう。モモ、どうしたの?すごい顔してるよ」
「ユキ〜!」

かくかくしかじか、事情を説明すれば、そう…。と言いながら何か考え込んでしまったユキ。

「ゲストは誰?」
「花巻すみれさんの予定です。まだ調整中で、確定ではないんですが」
「ツクモの?僕あの子嫌いなんだよね。プロデューサーは?いつもの人?」

ユキはおかりんから仕事の概要を掻い摘んで聞くと、ちょっと失礼。と言いながら、スマホを片手にどこかへ行ってしまった。
オレも奈々美に連絡しとかないと。と、ラビチャで連絡をし、今度は車でのルート検索を始める。

「あ、でも車だとそこまで遠くないかも」
「本当ですか?終わってから向かうなら、車出しますが…」
「ん〜帰りのこと考えると、自分の車で行っちゃった方が楽かなぁ」

そんな話を2人でしていると、ユキが戻ってきた。その姿はなんだかご機嫌で、ちょっとこわい。

「おまたせ。モモ、いいニュースだ。今回のロケのゲストが決まったよ。」
「へっ?」
「それから、行先も変更になったから、その香盤表はもう必要ないね」

ユキはそう言いながら、オレの手から香盤表を抜き取り、くしゃくしゃに丸めてゴミ箱へ放り投げた。











−撮影当日



「はじまりました、NEXT Re:vale!」
「今日は出張版で、スタジオを飛び出してみたよ」
「外でのネクリバは新鮮だよね!…えっと、何々?この冬カップルにおすすめのスポットを紹介…?!も、モモちゃんとユキにぴったりじゃん!」


撮影当日、当初の予定とは違う場所(しかも、オレと奈々美が旅行で行こうとしていた場所)に連れてこられ、台本はないのでカンペの指示で進行してください!という無茶振りをディレクターから受けたオレ。
OPでカンペを見れば、番組の内容自体も大幅に変更されていた。
いつの間にそんな企画になったの?!聞いてないんだけど?!と思いながら、ユキを横目で見る。焦るオレとは裏腹に、ユキは心底楽しそうな顔をしていた。悔しいけど、めっっっっちゃイケメン…!

「そして、今回はスペシャルという事で、ゲストにも来てもらってるんだよね?」
「そうそう!女性目線の感想も大事だもんね!という事で、本日のゲストはこの方です!」

どうぞー!というオレの呼びかけにより登場したゲストは、まぁ、もうこの人しかいないだろうって感じで…

「片瀬 奈々美です。よろしくお願いします」

そう、ユキはあの日プロデューサーに直談判し、ゲストを当初の予定の子から奈々美に変更させたのだった。
恐らく、番組の内容についてもオレと奈々美に合わせて秘密裏に変更したのだろう。ユキってば、やること大胆すぎ…イケメン…。

「奈々美ちゃんは、冬のデートといえばどんなものを想像する?」
「そうですね…。定番ですけど、イルミネーションを観に行くのは憧れますね」
「へぇ、イルミネーション…。だってよ?モモ」

普段なら、いちいちオレに振らないようなところでオレに振るあたり、ユキはこの状況を心底楽しんでいるに違いない。
イルミネーションいいよね!モモちゃんも超好き!と答えながら、カンペ通りに進行していく。その後もユキからのキラーパスに、細心の注意を払いつつ、オレはその日のロケを回した。






「はい、では、次はこちらに移動します」

そう言ってロケバスの車内でスタッフから手渡されたのは、美術館のパンフレット。
その美術館は、先日奈々美と見ていた旅行のパンフレットにも掲載されていて、ここ行きたいね!と話していた場所だった。
なんでも、庭にガラスでできたツリーが飾られていて、夜になるとライトアップされるらしい。


「楽しみだね」

ロケバスで前の席に座っていた奈々美が、シートと窓の間の僅かな隙間から話をかけてきた。
ちなみに周りにスタッフさんは居なくて、ユキは後ろの席で曲作りに勤しんでいる。

「うん。…結局仕事になっちゃって、ごめんね」

オレは窓に頭を預けその隙間から話しかける。奈々美が首を振ったのが、スモークのかかっている窓ガラスに反射して分かった。

「プライベートで来ても、きっと同じくらい周りに気使ってたよ」

なんてくすくす笑いながら言う奈々美に、オレは打ち合わせと全然違くて内心焦ってるとか、ユキってば教えてくれないなんて意地悪だよね、なんて小声で話す。(途中で後ろからシートを軽く蹴られた気がするけど、ダーリンの長い脚が当たっちゃっただけだよね!)
その後も奈々美と話をしてたら、移動時間はあっという間に過ぎ、無事目的地に到着した。
車内でメイクを直し、だいぶ気温が下がってきたから。と、防寒対策をしていると、外で撮影準備をしていたスタッフが、すみません!と、慌てた様子でやってきた。


「どうしたの?」
「それが、機材トラブルがありまして、すぐに撮影が始められなさそうで…。申し訳ないんですが、少し待機してていただけませんか?」

本当すみません!と頭を下げるスタッフに、全然大丈夫だよ!車内にいるから、いけそうになったら声かけて。と伝え、車内に戻ろうとするオレをユキが止める。

「ねぇ、機材が直るまでどれくらいかかりそうなの?」
「えっと…。明確にはお答えできないんですが、20分から30分くらいかと…」
「なるほどね。で、ここは今貸し切り?」
「えっ?あ、はい。既に閉館してるので、一応貸切です」

わかった、ありがと。と、言いスタッフさんを見送るユキは、車内に残っていた奈々美を呼び出した。



「どうしたんですか?」
「機材トラブルだって」
「そうなんですか…。寒いですもんね、機材もトラブル起こしますよね」

え?そういうもんなの?とツッコミそうになるオレを差し置いて、ユキは、はい。と奈々美に美術館のパンフレットが手渡すが、彼女は状況が把握できていないようで、頭にはてなを浮かべている。

「2人で行っておいで」
「えっ?」

まさかの提案に奈々美が驚く。
オレは、ユキがスタッフさんにいろいろ聞き始めた辺りから、なんとなくそんな事言い出すのでは。と思っていた。

「ふ、2人で?ユキさんも一緒に…」
「僕はいいよ。山道で少し気分が優れないから、車内で休んでる。それに、2人でこんなところに来られる機会なんて、そうそうないでしょう?」

楽しんでおいで。と、オレたちを見送るユキに、じゃあ…。と、どこか嬉しそうな奈々美を引き連れて、美術館へと足を向ける。
入口付近でなんとなく振り返ると、ユキから綺麗なウィンクが飛んできた。



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