君に送る
「前から聞きたかったんだけど、神楽ってまだ奈々美ちゃんのこと好きなの?」
「は?」
仕事終わり、羽鳥が新しく見つけたと言う雰囲気のいいバーに集まったいつもの4人。ビリヤードをしながら他愛のない話をしている最中、何かを思い出したかのように、そう言えば。と話を切り出した羽鳥の僕への質問は、実に生産性がなく、くだらないものだった。
「…そんなわけないでしょ。って言うか、急に何?」
「ん?ただ単に気になっただけだよ」
にこにこと胡散臭い笑みを浮かべている羽鳥に、あっそ。と返しながら僕は空になったグラスを手に、カウンターへと向かった。
その途中、羽鳥に奈々美ちゃんと呼ばれていた女性の顔が頭に浮かんできて必死に掻き消す。今どこで何をしてるかもわからない彼女のことを調べるのは正直簡単だ。でも調べようとする度に、知りたい気持ちと知りたくない気持ちが葛藤して結局いつも後者が勝つ。
「白ワインお願いします」
「かしこまりました」
カウンターの中にいる女性のバーテンダーへと注文を済ませて、はぁ。と大きなため息を吐く。今日は息抜きにここに来たと言うのに、羽鳥のせいで余計な事を考えるハメになってしまった。
「お疲れですか?」
「え?まあ、ちょっ…と…」
「ようやく気付いた」
くすくすと笑っている目の前の女性に差し出されたグラスを危うく落としそうになるほどに、今僕は動揺している。目の前に居るのはどこからどう見ても、先程頭に思い浮かべた彼女だったから。
「久しぶりだね、神楽くん」
昔より大人になった彼女が、昔と変わらない呼び方で僕を呼んでいる。それがなんだかむず痒くて僕は素っ気なく、久しぶり。とだけ返した。
なぜ注文の時に気が付かなかったんだろう。いや、そもそもこんなところに居るなんて思わないから気が付けるはずもない。
まさか、今でも忘れられない初恋の相手がバーテンダーをしているなんて、誰が想像できるというのか。
「会うの5年ぶりくらい?まだそんな経ってないっけ」
「大学卒業以来だから4年。まあ、4年も5年も大して変わらないけど。…片瀬、今ここで働いてるの?」
「うん。ここ知り合いのお店なの。神楽くんは槙くん達と一緒なんだね」
相変わらず仲良いね。と笑う彼女に、別にそんなんじゃない。と返したタイミングで、今一番聞きたく無い声が背後から聞こえてきた。
「奈々美ちゃん、この間ぶり」
「あ、大谷先輩!この間はありがとうございました」
「こちらこそ」
「…この間?」
わきあいあいと話しを始めた2人の会話に顔を顰める。羽鳥曰く、つい先日取引先の人と訪れたこのバーで一足先に片瀬と再会を果たしていたらしい。
「それで、神楽も奈々美ちゃんに会いたいかな?と思って今日連れてきたんだけど、中々気付かないから面白くて」
「…最低」
羽鳥を睨みつけながらそう呟けば、片瀬は俺たちを見ながら、やっぱり仲良いね。と笑うのだった。
片瀬は僕の初恋の相手だった。
それがいつからなのか、なんで好きになったのか、そんなのはもう覚えてない。気が付いたら好きになっていて、彼女の全てを愛おしく思っていた。
「告白すればいいのに」
高等部時代、ひょんな事から羽鳥に彼女への気持ちがバレてしまった時、そう言われたのを今でもよく覚えている。
「…告白なんてできるわけないでしょ」
「神楽がそんなに自信ないなんて珍しいね?ぐずぐずしてると、他の誰かに取られちゃうよ?」
「うるさい」
羽鳥が何と言おうと、僕は片瀬へ気持ちを伝えるつもりはなかった。
彼女は、慶ちゃんの事が好きだったから。
好きな2人がうまくいけばいいと当時の僕は思っていた。しかし2人が恋人同士になる事はなかった。それもそのはずだ。片瀬が慶ちゃんの事が好きだと言うのは僕の完全な勘違いだったのだ。
大学はお互いエスカレーター式で同じ大学に進学したものの、違う学部だった僕たちは次第に疎遠になっていった。
大学を卒業するタイミングで、けじめとして自分の気持ちを伝えようと思っていたのに、勇気がなくて諦めた。
そのまま封印に成功したはずの気持ちを、どうして今更思い出さなければならないんだろう。
「本当、余計なことするよね羽鳥って」
「いやだな。余計なことなんかしてないよ」
楽しそうに笑いながらハンドルを握っている羽鳥に、よく言うよ。と返せば、彼はくすくすと声をあげた。
「それで?今度のデートどこ行くの?」
「デートじゃないから。さっきの話ちゃんと聞いてた?」
「ん?聞いてたよ。奈々美ちゃんの服を神楽が選んであげるんだよね?それって、デートでしょ」
「はぁ…話にならない」
今日飲んでないから家まで送っていくよ。なんて羽鳥からの誘いは断るべきだったと後悔したのは、彼が僕を送るついでにこの話をしたかっただけだと気が付いた時だった。
つい数分前、僕と片瀬は羽鳥に乗せられる形で出かける予定を立ててしまった。ただ彼女の服を見立てるだけなのに、この男は何だってすぐに恋愛に結びつける。
「それにしても、神楽は一途だね」
「ちょっと。誰もまだ片瀬こと好きなんて言ってないんだけど」
「へぇ…じゃあ、俺が手出しても問題ないね」
「は?」
「はい、着いたよ」
羽鳥の言葉に顔を顰めたまま固まっている僕に、彼は口角を上げて首を傾げた。
「あれ?本気にした?」
「…ほんっと!趣味悪い!」
ごめんごめん。なんて笑い声混じりの心にもない謝罪をBGMに、僕は勢い良く車を降りて力一杯車のドアを閉めた。
送ってくれたことへのお礼もそこそこに自宅へと向かう僕を、神楽。と、羽鳥が呼び止める。
「何」
「誰にも取られたくないなら、する事は一つじゃない?」
僕の返答も聞かずに、じゃあ、おやすみ。と車を走らせた羽鳥。そのテールランプを睨みつけながら、僕はひとり、呟いた。
「そんなの、言われなくてもわかってる」
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「どうしよう…!」
この言葉を、何度発したかもうわからない。
今日は先日再会を果たした神楽くんと出かける日。それなのに着る服が全然決まらずに、かれこれ数時間頭を抱えている。
「やばい!もうこんな時間…!」
気が付けば家を出る予定の15分前で、私は意を決して一着のワンピースを手に取った。これならきっと、大丈夫。そう言い聞かせてそのワンピースを身に纏い、おかしなところがないかチェックした後、緊張でどうにかなりそうな心臓をなんとか押さえつけて待ち合わせ場所へと向かった。
神楽くんは、私の初恋の相手だ。
いつから好きだったのか、なんで好きになったのか、そんなのはもう全然覚えてない。
槙くんにも大谷先輩にも沢山相談に乗ってもらったのに、結局今の関係を壊すのが怖くて告白なんてできなくて、大学卒業と共にこの気持ちも大事な思い出にした。
だからもうあの気持ちが再び蘇る事はない、はず。そうは思っていても緊張はしてしまうもので、未だに心臓がドキドキしている。
早く駅に着いて欲しいような、欲しくないような、そんな複雑な気持ちを抱えながら、私は車窓から見えるビル群をただ眺めるのだった。
「お、お待たせしました…」
私の気持ちがそうさせたのか、途中で電車が止まるというまさかの事態が起き、約束の時間より15分も遅く待ち合わせ場所へと着いた。謝る私を神楽くんは何を言うわけでもなくじっと見ている。
「本当にごめんね」
怒ってしまっただろうか。でも連絡はちゃんとしたし…。無意識のうちに俯いていた顔を恐る恐るあげれば、彼の頬がほんのり赤くなっていることに気が付いた。
「神楽くん、どうしたの?」
「なんでもない」
ほら行くよ。と、どこかに向かって歩き始めた神楽くんの背中を必死に追うも、休日という事もあって人が多くあっという間に逸れてしまう。
やっとの思いで追いつき、神楽くんのシャツを引いた。
「えっ、ちょっと何?」
「人多くて逸れちゃったから…」
私の言葉にため息を吐いた神楽くんは、不意に私の手を握りそっぽ向きながら呟いた。
「服、伸びたら嫌だから」
「えっ!あっ、そう、だよね。ごめんね」
「僕こそ、歩くの早くてごめん」
再び歩き始めた神楽くんは、さっきよりも歩く速度を落としてくれていて、その優しさに心の奥底にしまっていた気持ちが、ゆっくりと顔を出しはじめたのがわかった。
神楽くんが連れてきてくれたのは女性に人気のファッションブランドKUKKA。私も大好きなブランドで、今日のワンピースもKUKKAのものだったりする。
もしかしてそれに気が付いて連れてきてくれたのかな?なんて予想は、服を見立ててもらっているうちに大ハズレだったことを知るのだった。
「まさかKUKKAが神楽くんの手掛けてるブランドだったなんて」
服を一通り見終わり近くのカフェで休憩中、店内で聞いた、ここ僕の店だから。という言葉に心底驚いたのを思い出しながら呟けば、彼は吹き出すように、しかし上品に笑った。
「あの時の片瀬の顔、本当面白かった」
「だってまさか好きなブランドのデザイナーが神楽くんだなんて、全く思わなかったんだもん」
本当びっくりした。と呟いた後、好きな人の作った服が好きなんて最早運命かも。なんて馬鹿みたいな事を考えたら思わず口元が緩んでしまう。
「締まりのない顔」
「神楽くんとまた会えたのが嬉しくて」
「…あっそ。それにしても、片瀬って仕事中とオフで印象変わりすぎ。待ち合わせの時一瞬誰だかわからなかったし」
頬杖をついて私を見つめている神楽くんの表情がなんだかすごく優しくて、ああ、やっぱり好きだな。って、なんだか急に思ってしまった。
「神楽くんに会えるのが嬉しくて、今日はいつもよりおしゃれしてきたんだよ」
私のその言葉に神楽くんが、ほんの少し目を細めた。恥ずかしい事を言ったという自覚があって、心臓が家を出る時の比にならないほどドキドキしている。
しばらく沈黙が続いた後、神楽くんは深く息を吐いきながら呟いた。
「僕の服が」
「神楽くんの服が…?」
「僕の服が、こんなに似合う人がこの世に居るんだなって、待ち合わせの時君を見て思った。もっと僕の作った服を着て欲しいって思ったから店に連れてった」
「あっ、ありがとう」
まさかの角度からの褒め言葉に、これでもかというくらい照れてしまう。神楽くんはそんな私を見つめて微笑んだかと思えば、次の瞬間には何やら思い詰めたような顔をした。それから暫くして、あのさ。と話を始めた。
「片瀬って、今彼氏いるの?」
「いや、居ない、けど」
そういう話が続けられるとは思っても居なくて、驚きのあまりしどろもどろになる。そっか。と安心したような表情を浮かべる神楽くんに、変に期待をしてしまう。
それから彼は、片瀬。と私の名前を呼んで、真剣な表情で言葉を続けた。
「何?」
「本当は今日、言おうと思ってたことがあるんだけど、君のために作りたい服が思いついたから、それが完成するまで、誰のものにもならないで待ってて欲しい」
「え?」
遠回しの告白のようなその言葉に、夢を見ているような気になってしまう。だって、そんな都合のいい事があるのだろうか。
自分のほっぺを思いっきり抓ればちゃんと痛くて、ちゃんと現実なんだ。と、視界がぼやける。
「えっ…ちょっと、なんで泣いてるわけ?」
「嬉しくて」
「…僕、まだ何も言ってないんだけど」
「だって、私も神楽くんの事ずっと好…」
「なっ!ちょっと、君馬鹿なの!?待っててって言ったの聞こえなかった!?」
信じらんない!と言いながらも私の涙を拭ってくれた神楽くんは、大きなため息を吐いた後、私の頬を抓って呟いた。
「僕の気持ちは、まだ言わないから」
1人で勝手に浮かれてれば。そう言ってそっぽを向いた神楽くんの耳がこれでもかというほどに赤くて、かわいくて、ああ、早く彼に好きって言いたいな。そんな事を思った休日の昼下がりだった。
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イチノセ様リクエスト
神楽亜貴 同級生 両片想い
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