君との距離感




「槙さん、今度の日曜日予定ありますか?」

 カクテルグラスをぎゅっと握り締めながら、緊張した面持ちで訪ねてくる片瀬。彼女は取引先の受付の子で、数ヶ月前から仕事終わりに飲むような関係になった。
この関係になった事の発端には言わずもがな羽鳥の存在があるのだが、話すと長くなるから割愛する。

「日曜……。今のところ予定はないけど」
「本当ですか!?あの、もしよかったら一緒にお買い物行きませんか!」

 興奮気味に詰め寄ってくる片瀬に、別にいいけど。と返せば、彼女は大きな目を輝かせて、やったー! と胸の前で小さくガッツポーズを作った。
 その光景が微笑ましくて自然と口元が緩んだのがわかって、慌ててきゅっと引き結ぶ。幸い目の前の彼女には気付かれなかったようで、俺は心の中で安堵の息を吐いた。
きっと気付かれていたら、なに笑ってるんですか! なんて問い詰められていただろう。

「何か買いたいものでもあるのか?」
「いいえ!槙さんとお出かけしたいだけです!」

 照れたように笑いながら、しかしはっきりとそう言った片瀬から、俺は慌てて目を逸らす。予想もしていなかった言葉に焦って、なんだそれ。なんて素っ気ない態度を取ってしまった。今の言い方は、よく無かったかもしれない。
 視線だけを片瀬に向ければ、彼女は俺の心配を他所に、日曜日楽しみにしてますね! と満面の笑みを浮かべていた。




 
 約束の日曜日、予め決めていた時間に、予め決めていた場所へ車で向かう。休日という事もあって交通量は多くて、通りを歩く人も平日の倍以上だ。
 路肩に車を停めてスマホを取り出し、目当ての人物のLIMEにメッセージを打ち込んでいる最中、車の窓を叩く音が車内に響いた。
 
「槙さん!」

 そこに居たのは、片瀬だった。
 ガラス一枚隔ててるにも関わらず彼女の声がはっきりと聞こえたのは、彼女の声が大きいのか、それとも脳内で声が再生されてしまうほど彼女の声が聞き慣れたものになっているからなのか。どちらなのかはわからないけれど、きっと前者なんだろう。

「おはようございます!」
「おはよう。よくわかったな」
「勿論です!私、槙さんならどんな人混みでも見つけられる自信ありますよ!」

 助手席に座った彼女はそう言って、楽しそうな笑い声をあげている。

「……あんたって、たまに恥ずかしい事言うよな」
「え!本心ですよ!?」
「なら、尚更恥ずかしい」

 片瀬は俺とは真逆で、明るくて社交的な人間だ。こういう事をきっと自然と、他意なく言えるタイプなんだろう。今までも、もう何度も聞いている。
 片瀬の言葉に深い意味は無いし、一瞬顔が暑くなったのは車内が暑いせいだ。自分にそう言い聞かせて俺は目的地へと車を進めた。




「なんだか、めちゃくちゃ混んでますね」

 目的地に着いて早々、人の多さに2人で驚いた。今までも何度か来た事のあるショッピングモールだが、こんなに人が居るのは初めてな気がする。

「イベントでもやってるんですかね?」
「かもな」
「槙さん、見たいところあります?無ければ私見たいお店があるんですけど」
「別に無い。あんたの好きなところ回っていいから」
「ありがとうございます!」

 そう言って意気揚々と歩き始めた片瀬を見失わないように、半歩後ろを着いて行く。隣に並べばいいのに。なんて、ここに居ない羽鳥の声が聞こえた気がして、余計なお世話だと心の中で呟いた。
 ふと、斜め前を歩く片瀬の髪型に目を引かれた。いつもは肩より少し長い髪を下ろしている事が多いけれど、今日は凝ったアレンジをしている。

「髪型、いつもと違うんだな」
「え!?今更ですか!?」
「運転中は見えなかったから……」
「冗談です。槙さんに気付いてもらえて嬉しいです!」

 嬉しそうに笑う片瀬が歩く速度を落として隣に並び、俺の顔を覗き込むように首を傾げた。
 
「可愛いですか?」
「うん、可愛い。……あ」

 似合ってる。そう言おうと思って開いた口は、なぜか別の言葉を発していて、俺は思わず足を止める。同じく足を止めた片瀬の顔が真っ赤になったのがわかって、ごめん。と呟き目を逸らす。

「何で謝るんですか?……あっ!もしかして槙さん私をからかいましたね!?」

 槙さんったら! なんて言いながら、片瀬は笑っているはずなのに、どこか悲しそうな表情をしていて胸が痛んだ。

「別にそういう訳じゃ……」
「いや!いいです!気を使わせてすみません!それより、早く行きましょ!」

 そう言って片瀬は、まるで俺から逃げるような速度で歩き始めた。慌てて追いかけるが、いつもより混んでる事もあってなかなか距離が縮まらない。
 やっとの思いで追い付いたと同時に、俺は片瀬の手を掴んだ。大袈裟なくらい跳ねた肩につい吹き出してしまう。

「あんた、歩くの早すぎだし、驚きすぎ」
「いや!誰だって急に手掴まれたら誰だってびっくりしますよ!」
「……ごめん」
「別に、いいですけど……」
「違う、この事じゃない」

 繋いだままの手に視線を落としてそう呟けば、片瀬は頭にハテナを浮かべて首を傾げた。ついさっきの出来事なのに覚えてないのか。と心の中で笑えば、片瀬の頭の上のハテナが増えた気がした。

「さっきの、からかったわけじゃないから」
「さっきの……。あぁっ!えっ!本当に、気を使わなくて……」
「気を使ったわけでもない」
「じゃあ」
「……本当に、可愛いと思った」

 喧騒の中、ギリギリ聞こえるくらいの声量で紡いだ言葉は、どうやら無事に彼女に届いたらしい。目を輝かせた後、満面の笑みを浮かべた片瀬の手を俺は握り直して、歩みを進める。

「えっ!ちょっ、槙さん、手……!」
「あんた、急に歩くの早くなるから」
「すみません……」
「……それに、俺はまだあんたのことどんな人混みでも見つけられる自信ないから。近くに居てもらわないと困る」
「えっ……。えっ!?槙さん、それってどういう意味ですか!?」
「……別に、深い意味は無い」

 柄にもない事をしてる自覚はある。それでも、片瀬の嬉しそうな顔が見れるなら、たまにはこういうのも悪くないかもしれないなんて思った。
 そして、半歩後ろを歩く彼女と並んで歩ける日が来たらいいななんて。これまた柄にもなく、思ってしまった。





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雛森様リクエスト
槙慶太 両片想い、甘



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