君、独り占め




「万理さん、お誕生日おめでとうございます!!」

 外での打ち合わせが終わり、事務所に戻ってくると同時にパーンと鳴らされた大量のクラッカー。飾り付けられた事務所と、みんなからのお祝いの言葉に瞬きを繰り返した。それから数秒後、状況を理解した俺は自然と笑顔になる。

「みんなありがとう。こんな時間まで待っててくれたの?」
「僕たちもついさっき全員揃ったんです」
「そっか、MEZZO"の2人は今日ロケだったもんね」
「バンリ、お疲れ様です」
「ありがとう、ナギくん」
「なあ!バンちゃん!これ俺からのプレゼント!」
「あ!俺も!」

 環くんと陸くんを皮切りに次々とプレゼントを手渡してくれる7人に紛れて、よく知る2人の顔が見えた。

「バンさん!これ、オレからです……!」
「百くんも来てくれたんだ?」
「はい!バンさんの誕生日お祝いしたくて、仕事巻きで終わらせて来ました!」

 目を輝かせながらそう言う百くんに再びお礼を告げて、俺は彼の隣に立つ男に目を向ける。

「お前も来てたのか」
「百が行くって言うから。あ、おめでとう」
 
 そう言ってクラッカーを鳴らした千。クラッカーから飛び出た紙テープや紙吹雪を払いながら、こんな至近距離で鳴らすなよな。とため息を吐く。なんでも、さっきタイミングを逃して鳴らせずに手に持ったままだったのだとか。

「それにしても、すごい量の料理だな。誰が作ってくれたの?三月くん?千?」
「……まあ、そうね」
「え?いや、料理はオレ達じゃなくて……」
「あ、三月くんそれまだ秘密」
「やべっ!すみません!」

 言葉を続けようとした三月くんの言葉を、千が若干慌てた様子で遮る。それに対して更に慌てた様子で反応した三月くん。すると、こちらに近づいてくるスリッパの音が聞こえてきた。
 社長か紡さんかな? なんて呑気に考えていた俺は、ドアが開いたと同時に手に持っていたみんなからのプレゼントを落としかけて、慌てて持ち直した。

「ねえ、万理って何時くらいに戻ってくる?私家に忘れ物しちゃって……あ、もう戻って来てたんだ」

 お疲れ様。と、しれっと千の隣に立ったのは本来ここにいるはずのない奈々美だったのだ。

「えっ、おまえ今日会社の飲み会じゃなかったのか?」
「あの、あれよ、ほら……ね?」

 そう言って千を見上げる奈々美に千は首を傾げた後、何かを思い出したかのように手を叩いた。

「あぁ、そう。僕から万へのプレゼント。サプライズだよ。驚いた?」

 にこにこと楽しそうに笑っている千の横の奈々美と、テーブルに並んでいる料理を見て、この前の質問はこのためだったのか。と腑に落ちた。



『誕生日何が食べたい?』


 それはつい数日前、ベッドに寝転がりながら世間話をしている最中、なんの脈絡もなく奈々美に投げかけられた質問だった。その時答えた食べ物が、今テーブルの上には所狭しと並んでいる。

「もうバレちゃったんで言いますけど、料理作ってくれたのは奈々美さんです!」
「ななみんって、まじ料理上手いのな!俺、唐揚げめっちゃつまみ食いした!」
「タマー。それ自慢することじゃないぞー」
「あっ……!えっと、りっくんもつまみ食いしてた!」
「ちょっ、環!秘密だよって言ったのに!えっと、あの、そうだ!一織もしてたよ!」
「してません。勝手に共犯にしないでください」

 みんなで声をあげて笑ったあと、じゃあ食べますか! と言う三月くんの掛け声と共に、俺たちは各々食事を取り始めたのだった。





 奈々美の料理に舌鼓を打ち、いい具合にお酒が回ってきた頃、部屋の中に奈々美の姿がない事に気が付いた。辺りを見回している俺にナギくんが、奈々美は屋上に向かったと教えてくれ、彼にお礼と少し抜ける旨を伝えて屋上に向かう。そこで奈々美は、塀にもたれかかって空を見上げていた。

「大丈夫か?」
「んー?うーん、ちょっと飲みすぎたかも」

 顔を空に向けたままそう言った奈々美の隣に立てば、彼女は俺の肩にこてんと頭を預けて、空に向けていた目を俺に移した。

「私が居てびっくりした?」
「……ちょっとだけ」
「ふーん。本当はもっと驚かせる予定だったのに。お手洗いから戻ってきたら万理いるんだもん」

 あーあー。と俺の肩に頭をぐりぐりと押し付けてくる奈々美の乱れた髪を整える。酔っているからか、いつもより柔らかい表情で笑った奈々美につられて笑みが溢れた。

「お祝い、後日しようって言ってたけどさ」
「うん」
「やっぱり、ちょっとでも当日にお祝いしたいなと思ってたら、ユキから連絡あって」
「あぁ、なるほど」
「僕のプレゼントになってくれない?って言われた時は何言ってんの?ってなったけど」
「そりゃそうだ……」
「で、折角だからプレゼントも渡そうと思ってたのに、家に置いてきちゃった」
「別に、家で渡してくれればいいよ」
「みんなと一緒に渡したかったの」
「ははっ、なんだそれ」
「特に理由はないけど」

 わざわざ用意してくれてありがとう。と奈々美のおでこに唇を落とせば、彼女はまた嬉しそうに笑った。その直後、何かに気が付いた彼女の手が俺の頭に伸びてくる。

「何?」
「何か付いてた」

 そう言って奈々美が手にしたのは小さな紙吹雪で、先ほど至近距離で浴びせられた千のクラッカーを思い出す。

「クラッカーかな。さっき千に目の前で鳴らされたんだ」
「ふーん……。あのさ、万理。その、ちょっとしゃがんで?」

 目を泳がせながらそう言った奈々美に疑問を持ちながらも、まだ付いてるのか? と大人しく屈めば、奈々美の手が俺の頬を包んだ。まさか。と思った時には、もう唇には柔らかなものが触れていて、俺は目を見開く。それが触れていたのはほんの一瞬だけれど、それが何なのかなんて言うまでもない。

「万理」
「……ん?」
「その……誕生日、おめでとう。私だけ、まだ言えてなかったから」

 そこまで言って奈々美は顔を隠すように俺の胸に飛び込んできた。キスもこうやって抱き付かれるのも、奈々美からしてくるのはすごく珍しくて、喜びのあまり唇が弧を描く。

「ありがとう。嬉しいよ」
「……うん」
「ねえ、もう一回キスしてよ」
「嫌だ」
「即答か。いいよ、俺からするから」

 細い腰に片腕を回して、空いている手で奈々美の顎を軽く上げ、薄ら開かれた唇に唇を寄せる。嫌だ。なんて言いながら、奈々美もその気のようで静かに目を閉じた。
 しかし、あと数cmで触れると言うところで屋上の入り口付近から物音と話し声が聞こえて、俺は咄嗟に動きを止めた。

「ちょっ!おっさん、押すなって!」
「ここからじゃよく見えないんだよ……!」
「シー!2人とも声が大きいです」

 奈々美と顔を見合わせた後、小さくため息を吐いて彼女から離れる。
 入り口まで足を進めれば、そこに居たのは三月くん、大和くん、ナギくんの3人で、彼らは俺の顔を見るなり慌てて作り笑いを浮かべた。

「あ、あははー……どうも」
「こら、覗き見なんて趣味が悪いぞ」
「ソーリー、バンリ」
「首謀者はミツでーす」
「ちょっ!誤解です!そろそろケーキ食べようってなったから2人を呼びに来ただけで!」

 本当なんですよ! と慌てている三月くんに、わかったわかった。と返して、すぐに戻る旨を伝えれば、3人は足早に屋上を後にした。

「奈々美、ケーキ食べようって三月くんたちが……って、何してんだ?」

 振り返ればさっきまで塀にもたれかかっていた奈々美は、その場にしゃがみ込んでいた。気分でも悪くなったのかと慌てて駆け寄り尋ねるも、どうやらそうではないらしい。

「見られてたの……恥ずかしすぎる……」

 どうやら3人に先程のやりとりを見られたのが相当恥ずかしかったようだ。彼女は両手で自身の頬を隠して蚊の鳴くような声でそう呟いた。

「別に、変なことしてたわけじゃないんだから恥ずかしがることないだろ?」
「キス、したじゃんか」
「まぁ、したけど。付き合ってるのみんな知ってるんだし……」
「そう言う問題じゃないから!」

 こんな顔じゃ戻れないわよ。と唇を尖らせながら手で顔を扇いでいる奈々美の姿がなんだか無性に可愛く見えて目を細める。ここまでするつもりはなかったけど、まぁ、誕生日だから許されるだろう。

「確かに、そんな顔じゃ戻せないな」
「ブスですみませんね……って、えっ、ちょっ!何!?近いっ……!」
「ブスなんて言ってないだろ。むしろその逆だよ。そんなかわいい顔、みんなに見せたくない」

 そう言って奈々美の首の後ろに手を回し引き寄せ、触れるだけのキスを数回繰り返す。時折、俺の名前や制止の言葉が聞こえるけれど、そんなのは漏れなく全て無視だ。
 触れるだけじゃ足りなくて、隙を見て舌を差し込めば、なんやかんや奈々美はそれに応えてくれた。俺が満足した頃には奈々美の息は上がっていて、それがとても扇情的でため息を吐く。

「あーあー。もっと戻れない顔になった」
「なっ!万理のせいでしょ!」
「ははっ、ごめんごめん」

 勢いよく立った奈々美に続いて立ち上がり、先戻ってるから落ち着いたら戻っておいで。と告げて俺は屋上を後にした。

 家に帰ったら絶対に続きをしよう。なんてそんな事を考えていたからか、俺は事務所に戻って千に指摘されるまで、自分の唇が薄らと赤く染まっていた事に気が付かなかった。

「色男だね」

 おしぼりを手渡しながら笑顔を浮かべている千に些か腹が立ったけれど、さっきのかわいい奈々美を思い出して、俺は彼女を連れてきてくれた事への感謝の言葉を、千へと伝えたのだった。






2021.9.8
HAPPY BIRTHDAY BANRI



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