ふためく心




「えっ!」

 昼休み、会社の休憩室に私の声とスマホがテーブルにぶつかる音が響き渡る。やばいと思った時には数人が振り返り私を見ていて、慌てて口を押さえて頭を下げるとこちらを向いていた人たちは各々の時間に戻っていった。
 小さく息を吐いて落としたスマホを手に取り、画面に表示されたままの写真をまじまじと見つめて瞬きを繰り返した。

「これ、本当に百くん……?」

 そこに表示されているのはRe:valeの百の写真。たまたまSNSで流れてきた物を何の気無しでタップしたのだが、それがなんと言うか、言い方をマイルドにすると『大人な感じ』の百くんの写真で、いつもの彼とのギャップに驚き声を上げてしまった。

 百くんと私は世間一般的には幼馴染という関係だ。と言っても私は彼の姉である瑠璃と同い年で、百くんは弟という感覚の方が近かったりする。そんな彼は昔から私に懐いてくれていて、今でも月に数回のペースで彼からお誘いを受けて食事に行くほどの仲だ。
 今日の夜も百くんと食事の予定なのに、えらいものを見てしまった。そんな事を思いながらも私の指はその画像を保存していた。

「なんか、ちょっとかっこいいかも……」

 無意識のうちに呟いていた言葉に恥ずかしさを感じた私は、慌ててスマホの画面を消した。
 とにかく気持ちを切り替えて午後も頑張ろうと意気込むも、あの写真が頭から離れなくて午後の仕事は全く集中できず、気が付いたら定時になっていたのだった。






「はい、今週もお疲れー!」

 かんぱーい! と私の手にしているジョッキに自身のグラスを軽くぶつけて、勢いよく喉を鳴らしている百くん。彼に続いてジョッキを傾けて喉を潤す。仕事後の生ビールは最高だ。

「ぷはー!やっぱり仕事後のビールは最高ですな!」

 百くんの言葉に笑い声をあげれば、彼は数回瞬きをした後首を傾げた。

「オレなんか変なこと言った?」
「ううん。全く同じこと考えてたなって」
「さすがオレと奈々美ちゃん!」

 目の前でにこにこと笑っている百くんは、運ばれてきた料理をつまみながら、いつものように最近の仕事や相方の話をしてくれる。こういう話を気兼ねなくするために、2人での食事はいつも彼の行きつけの個室居酒屋だ。

「でさ!ロケで行ったそのお店、奈々美ちゃんがすごく好きそうだったから教えてあげようと思って!」
「本当に?ありがとう」
「うん!あとでラビチャに送っておくよ!……って言うかさ、奈々美ちゃん」

 いい感じにお酒も進んでひとしきり話を終えた百くんが、不意に私の名前を呼んだ。

「ん?」
「あのさ、オレ何かした?」
「え?」

 目の前のサラダから視線を百くんに移せば、彼は組んだ腕をテーブルに乗せて拗ねたような表情で私を見つめていた。その視線から逃げるように、私はドリンクメニューに手を伸ばした。

「別に何もしてないよ」
「じゃあ何で今日は全然目合わせてくれないの?」

 百くんの言葉に、バレてたか。と心の中で呟くも、ドリンクメニューでそれとなく顔を隠してなんとか平常心を保つ。

「そう?ちゃんと合わせてるつもりだけど」
「嘘ー!今日まだ7回しか合ってない!」
「え、いつも数えてるの……?」
「数えてるわけないじゃんか!言葉の綾だよ!……ただ、なんか避けられてる気がして。オレの勘違いならそれでいいんだけど、何かしたなら謝るから言って欲しいなって」

 私の手からメニューを取り上げた百くんに渋々目をやると、彼は捨てられた子犬のような目つきで私を見つめていた。
 百くんの目が見れない理由は単純で、彼の顔を見ていると昼間に見た写真を思い出してしまうからだ。

「本当、何もしてないから大丈夫だよ」
「……じゃあなんで」
「……昼間にこの写真を見たんだけど」
「写真?」
「そう。今まで見たことない百くんだからかっこいいなって思ったんだけど、目の前に居る人と同一人物なんだなって思ったら緊張しちゃって」

 恥を忍んで事情を説明し例の写真を表示させてスマホを手渡すと、百くんは瞬きを繰り返した後、なるほど。と呟いてにやりと笑った。

「つまり奈々美ちゃんは、この写真を見てオレの事意識しちゃったってこと?」
「えっ!?いや!そういう訳じゃ……」
「ふーん。奈々美ちゃんはこういうオレが好きなんだ。そっかそっか」
「いやだから違くて!」

 必死になっている私が面白いのか、百くんは声を上げて笑いながら隣の席に移動してきた。椅子ごと距離を詰められて思わず退くも、すぐに壁にぶつかって内心焦る。

「なっ、何?」
「顔赤くなってる奈々美ちゃん初めて見たなって思って」

 そう言って私の頬に百くんの手が触れて初めて、自分の顔が熱を持っている事に気がついた。

「……お酒のせいじゃない?」
「奈々美ちゃんザルでしょ?」
「……そうですね」

 初めはただ触れていただけの百くんの手が、頬を撫でるようにそっと動く。それが少しくすぐったくて手で制すれば、彼の手が頬から離れて私の手を包み込んだ。

「奈々美ちゃん、昔オレがどんなに好きって言っても靡かなかったのに、あんな写真一枚でこんなに意識しちゃうんだ」
「だから、別に意識してるわけじゃっ……!」

 ない。と言おうとして息が詰まる。目の前の百くんが、まるであの写真のような、いつもと違う表情を浮かべて私を見つめていたから。それを認識した途端心臓がドキドキと音を立てた。

 百くんの言葉通り、私は過去何度か彼から告白をされてる。しかし、何度好きと言われてもどうしても彼のことを男としてみられなくて断り続けてきた。そうしているうちにいつしか彼からの告白はなくなって、今のような仲になった。だからこそ、あの写真は衝撃的だったのだ。

「ねぇ、このままキスしたら、もっと意識してくれる?」

 百くんの言葉に、今度は心臓が止まった気がした。何も言わない私を見つめていた百くんは、すぐにいつもの顔に戻って、冗談だよ! と笑った。

「キスなんてしないよ。奈々美ちゃん、固まっちゃってかわいい!」
「なっ!もう!からかわないでよっ……!」
「ごめんごめん!……でもさ、オレは今でも奈々美ちゃんのことが好きだから」
「えっ?」
「だから、もっとオレを意識して欲しいなって」
 
 これは冗談じゃないからね。百くんはそう言って、握っていた私の手の甲にキスをした。
一度引いたはずの熱が指先から全身に広がり、再び心臓が大きな音を立てたのがわかった。

 でも、その音は鼓動じゃなくて、多分、きっと、恋に落ちた音。





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匿名様リクエスト
百 一般人、幼馴染



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