相互扶助
「槙さんをなんとかして振り向かせたいんですけど!」
相談があるんです。と、奈々美ちゃんに呼び出され30分が経った頃、お酒に弱い彼女がほろ酔い状態で声を上げた。
「相談って、やっぱり槙の事だったんだ」
「え……それ以外に大谷さんを呼び出す理由無くないですか?」
大きな目を半分閉じて顔を歪めた奈々美ちゃんに、槙の言葉を思い出す。
『片瀬は表情が豊かで面白いんだ』
2人で飲んでいる最中、何の脈絡もなくそう言った槙の表情がいつもよりも優しかったのもあって、その言葉をよく覚えていた。そんな彼に、槙も随分と表情が豊かになったけどね。と返したのはつい数週間前のことだった。
確かにこの子は表情が豊かだなと奈々美ちゃんの顔を見ていたら、彼女の眉間の皺が濃くなって思わず笑い声をあげてしまった。
「何が面白いんですか?こっちは真剣に相談してるんですけど!?」
「はは、ごめんごめん。それで?槙を振り向かせたいんだっけ?」
「そうです!槙さんって、何って言うか他人に興味無さそうじゃないですか。だから、まずはどうしたら興味を持ってもらえるのかってところから考えたいんですけど」
良く見てるな。と思った。槙は愛想を振り撒くタイプではないけれど、愛想が無いわけではない。だから勘違いして槙のことを考えずに距離を詰めてくる女の子も当然居て、その度に槙は優しい言葉で遠ざけてきた。でも彼女はどうやら今までの女の子達とは違って、槙のことを良く考えているようだ。その事に、人知れず安心した。
「なるほどね。俺から見たら、槙はもう奈々美ちゃんに興味持ってると思うけどな」
俺の言葉に、えっ!? と声を上げた奈々美ちゃんは、自身の頬に両手を当てて目を輝かせる。きっとこういうところも槙が惹かれている部分なんだろう。
「それ、本気で言ってます……?」
「もちろん」
「へっ、へぇ〜。そうなんですか。……でも、大谷さんの言葉って、いまいち信用できないんですよね」
「わざわざ俺を選んでくれた子を無碍にしないよ」
「いや、誤解を生むような言い方しないでくれます?」
つい数秒前まで輝いていた瞳は、一瞬で冷え切ってしまった。その切り替わりの速さに再び笑い声を上げると、大きなため息がその声をかき消した。
「興味あったとしても、どうせ面白いやつとか賑やかなやつとかそういう感じなんだろうな……」
「そんな事ないと思うけど」
「いいんです〜!変な期待はしない方がいいってわかってるので」
そう言って奈々美ちゃんは、あーあー。と言葉を溢しながらドリンクメニューを眺め始めた。数秒後に彼女がオーダーしたのは強めのお酒で思わず、え。と口に出してしまった。
「奈々美ちゃん、そんなに強いお酒飲んで大丈夫?」
「大丈夫です〜!今日は飲むって決めてきたんで!」
ぐっと胸の前で拳を握った奈々美ちゃんに、ほどほどにね。と返しながら、俺はどうしたものかと人知れず頭を抱えたのだった。
それから数分後、いつの間にか本格的に酔ってしまっていた奈々美ちゃんは、スマホの画面を眺めては大きなため息を吐くを繰り返していた。その画面には槙と奈々美ちゃんのツーショットが映し出されていて、いつの間にそんなに親密になっていたのかと、俺は目を丸くする。
「その写真、いつ撮ったの?」
「ちょっとー!勝手に見ないでくださいよ!」
「ごめんね。奈々美ちゃんが随分愛おしそうに見てたから気になっちゃって」
俺の言葉に照れたのか、しょうがないですね。なんて前髪を梳きながら奈々美ちゃんはぽつりぽつりと言葉を紡ぎ始めた。
「その、これ、この前出かけた時に撮ったんです」
「へぇ」
「槙さんから撮ろうって声かけてくれたんですよ」
嬉しそうに目を細めた奈々美ちゃんは『恋する乙女』なんて言葉がぴったりで、それがとっても可愛らしくて、この子になら槙の事を教えてもいいかもなんて、なんとなく思ってしまった。
「さっき奈々美ちゃんの言ってた通り、槙は人と距離を詰めるのが苦手なんだけど」
「……やっぱそうなんですね」
「うん。でも、そんな槙がそうやって一緒に写真撮ったり、よく食事に行ったりしてるって事は、本当に奈々美ちゃんに興味があって、きっと、もっと奈々美ちゃんのことを知りたいって思ってるんじゃない?」
「そう、なんですかね……」
奈々美ちゃんの本日何度目かのため息に紛れて、聞き慣れた足音が近付いてくる。さて、俺の仕事は終わりかな。と俺はグラスに残っていたカクテルを飲み干した。
「まぁ、実際どう思ってるかは本人にしかわからないから、気になることは本人に聞いた方がいいんじゃない?」
「えっ?」
意味がわからないといった表情で俺に目を向けていた奈々美ちゃんは、俺の視線の先を辿ったあと、人一倍大きな声を上げて、勢いよく立ち上がった。
「えっ!なっ!槙さん!?なんでここに!?」
「びっくりした……。何でって……羽鳥に呼ばれて」
そう、そこには俺が予め呼んでおいた槙が居たのだ。奈々美ちゃんのリアクションに驚いている槙に着席を促し、俺は傍の荷物を手に取った。
「それじゃあ、あとはお2人でごゆっくり」
「ちょっ!大谷さん!」
「じゃね、槙。お疲れ」
「ああ。お疲れ」
槙に手を振りながら喜びと戸惑いが入り混じっている奈々美ちゃんに、頑張って。とウィンクを飛ばせば、彼女の表情は槙が見ていない一瞬だけ冷ややかな目に戻る。その様子が面白くて、俺は肩を震わせた。
バーを後にしてエレベーターに乗り込むと同時にスマホがメッセージの受信を知らせる。送り主はさっきまで隣にいた女の子で、内容はまさかのものだった。
ーあの子、今日の夜暇してるって言ってましたよ!一応、ギブアンドテイクって事で!ありがとうございました!
そのメッセージを見るや否や、俺はお目当ての彼女のトークルームを開き通話ボタンを押す。3度のコールの後聞こえてきた俺の名前を呼ぶその声に、柄にもなく、心が躍った。
さて、俺は俺で頑張らないとな。
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