ワガママをどうぞ
「ユキさん大丈夫かな?」
本気で心配している奈々美に、あれ仮病だよ。なんて言えるはずもなく、大丈夫だよ!だってユキだもん!なんて返せば、本当に仲良しだね。と静かに笑われた。
「スタッフさんには申し訳ないけど、ちょっとラッキーだね」
「ねっ。実は、私も同じこと思ってた」
ふふっと、笑いながら少しふらついた奈々美を、オレはとっさに支える。庭へ続く石畳の通路はでこぼこしてるうえに薄暗くて、ヒールを履いている奈々美は歩きづらそうだ。
そっと彼女の手を取れば、ちょっ!と言いながら振り払おうとする奈々美。その手を、オレはぎゅっと強く握った。
「誰も見てないから大丈夫だよ」
「で、でも…」
「それよりもほら、転んだら大変でしょ?」
まだロケは続くんだし。と言えば、大人しくなった奈々美。そのまま何を話すわけでもなく通路を進むと、開けた場所に出る。そして、オレたちの目にはキラキラ輝くガラスのツリーが飛び込んできた。
わぁ…!と歓声をあげながらオレの手から離れ、ツリーに駆け寄る奈々美の後に続いた。
「みてみて、モモちゃん!すごい綺麗…!」
興奮気味の奈々美は、いつもの呼び方でオレを呼ぶ。すごいなー!携帯持って来ればよかったなぁ…。と呟く彼女の姿を、オレはそっと写真に収めた。
そのシャッター音に気付き、振り向いたところで、もう一枚。やめてよー!なんて言いながら近寄ってきた奈々美の腰に手を回し抱き寄せ、インカメでもう一枚。画面に映った奈々美はきょとんとしていて、とっても可愛い。
「ちょっ、近い!っていうか、今撮ったの?!やだ消して!絶対ブスだよ!」
「大丈夫、奈々美はいつでもかわいいから」
そう言えば、ほんのり赤くなった頬を抑える奈々美。その手をそっと取り、指を絡めながら足を進める。キョロキョロと周囲を見渡し、人がいない事を確認した奈々美は、繋いだ手を振り払う事なく、ぎゅっと握り返してくれた。
ツリー以外にもガラスでできた花や、風船が飾られていて、それをのんびりと眺めながら歩いていたら、やっぱり…。と奈々美が呟いた。
「プライベートじゃなくてよかったかも」
「え?」
「人がいたらこんな風に手繋いだり、並んで歩いたり、きっとできなかったから」
岡崎さんとユキさんに感謝だね。なんて笑いながら言う奈々美に、愛しさと罪悪感が込み上げる。
やっぱり、奈々美もずっと我慢してたんだ…。
あのさ、と口を開きかけたところで、あっ!と奈々美が何かを見つけ、それに駆け寄る。
彼女が駆け寄った先には、看板が立っていた。
「みてみて!ツリーの中に2羽のフクロウがいるから見つけてみてね。だって!」
えー!どこだろう?と、前のめりになりながら必死に探す奈々美。そんな彼女に釣られて、オレも何となく探し始めると、案外簡単に見つけてしまった。
未だに見つかっていないらしい奈々美は、うーん?と言いながら、ツリーの周りを行ったり来たりしている。
そんな彼女の姿はとても可愛らしい。こんな可愛い姿が見られたし、奈々美の言う通り今回はおかりんに感謝しておくかな。なんてここに居ないおかりんに心の中で感謝しながら、真剣に探す奈々美の隣に立つ。
「ねぇ、奈々美。オレもう見つけたよ」
「えっ!すごい!どこどこ?」
この辺、と言いながらツリーを指差すオレに、近寄る奈々美。無事見つけられたようで、あったよモモちゃん!と、目を輝かせながらオレの方に振り返ったタイミングで、彼女の腰に腕を回し、そのままチュっと音を立てながら、一瞬のキスをする。
驚きで固まっている奈々美を腕の中に収め、今度はゆっくりと唇を寄せるが彼女は、ストップ!とオレの口元を小さな両手で押し返すのだった。
「こんなとこでダメだって…!」
「誰もいないし、入口からは見えないから大丈夫だって」
「で、でも…」
さっきもこのやりとりしたな。なんて思いながら、おでこをくっつける。言うなら今しかない。
「奈々美あのさ…オレ、奈々美にいっぱい我慢させちゃってると思う」
「えっ、どうしたの?急に」
そんな事ないよと続けようとする奈々美の唇に、そっと人差し指を添えながら、聞いて?と、話を続ける。
「奈々美がオレの事も、オレのファンの事も、すごくいろいろ考えてくれてるのわかるよ。でもオレは、もっと奈々美に幸せになってほしいし、奈々美を幸せにしたいんだ。だからさ、これからはもう我慢なんてしないで、奈々美がしたいって思ったこと、オレに教えて?」
ね?と言いながらおでこを離し、俯いた彼女の顔を覗き込めば、目には今にも溢れそうな涙が溜まっていた。
奈々美はなんでも我慢するから、いつかちゃんと伝えなければ。そう思いながらも、付き合い始めて3年の時が過ぎていた。
3年も経てばお互いが慣れてしまう事も沢山ある。でも、これは慣れちゃいけない事だ。
そして、最近の様子からして彼女の我慢の限界が近い事もなんとなく気付いていた。
いつでもオレを一番に思って最優先にしてくれる奈々美。そんな奈々美が1人で我慢して、苦しい思いをするなんて、オレが耐えられない。
しばらく沈黙が続いた後、奈々美が口を開いた。
「…本当はね」
「うん」
「モモちゃんと、いろんなところにお出かけしたり、写真撮ったり、手繋いで歩いたり、したいこと沢山あるの」
鼻をすすりながら、それでもはっきりと伝えてくれる奈々美の声に、オレはただ耳を傾ける。
「でも、モモちゃんと一緒にいられるだけで、私は幸せだから、ワガママ言っちゃダメだって」
そう思ってたのに。と言いながら、彼女の目から涙が溢れた。その涙を唇で掬えば、そのまま自然と目が合う。
いつもなら恥ずかしがってすぐ逸らされる目が、今は真っ直ぐオレを見ている。
「今、一つだけワガママ言ってもいい?」
「どうぞ、お姫様」
ふふっ、あのね王子様。という言葉の後に続いた彼女のワガママを、オレは仰せのままに。と受け入れた。
あと5分で撮影再開でーす!というスタッフさんの声が響き、オレたちはそろそろ戻ろうか、と再び手を繋ぎながら庭を歩き始める。
「泣いたのバレちゃう?」
「寒くて涙が出たって事にすればいいんじゃない?」
そっか、そうだよね。なんて言う彼女は、先ほどよりも心なしか楽しそうだった。
美術館の入り口へ近付くと、どちらからともなく手を離す。奈々美はそのままスタッフさんに用意された別室で暖を取り、オレは一度ロケバスに戻った。
ユキが、おかえり。と声をかけてくれる。
「ユキ、ありがとね。」
「どういたしまして。それで、どうだった…?って、聞くまでもないか。とりあえず、メイクさんが来る前にその唇についてるもの、どうにかした方がいいんじゃない?」
そう言いながら、ユキから手渡された鏡に映ったオレの唇は、ほんのりピンクに染まっていた。
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