あなたと夜を過ごしたい




「こんばんは」

 夜、行きつけのバーで1人仕事の鬱憤を晴らしていると、聞き覚えのある声が鼓膜を震わせた。相手を一瞥して、こんばんは。と返せば彼は笑みを浮かべながら、私の隣に腰を下ろす。

「今日も1人なんだ」
「そう言う大谷さんだって1人じゃないですか」
「俺はいいんだよ。奈々美ちゃんに会いに来たんだから。それより、そろそろ名前で呼んでよ」
「嫌です」
「一夜を共にした仲なのに、つれないなぁ」

 くすくすと笑っている赤毛の男を軽く睨みつけ、何言ってるんですか。と言い放てば、彼は再び楽しそうに笑った。
 そんな彼を尻目に私はマスターから受け取ったばかりのグラスを勢いよく傾け、空にする。

 先日たまたまバーで出会ったこの男、名前は大谷羽鳥。よく言えばフェミニスト、悪く言えば女好きだ。

「あの夜はすごかったね」
「そうですね。すごい雨でしたね。」
「あれ?あんなに飲んでたのに覚えてるんだ?」
「記憶は飛ばさないので」

 残念。と肩を竦めた後、彼は私の空いたグラスを一瞥しカクテルを2杯頼んだ。

「……一度に2杯も飲むんですか?」
「まさか。1杯は奈々美ちゃんの分」

 そう言って程なくしてマスターから手渡されたカクテルに戸惑っっていると、大谷さんはくすくすと楽しそうな笑い声をあげて頬杖をついた。

「今日は俺に奢らせてよ」

 ね? と首を傾げた彼にどんなカクテルなのかと尋ねれば、ビトゥイーン・ザ・シーツだよ。と返される。初めて聞くカクテルに恐る恐る口をつけると同時に、彼は私の左手首から腕時計を外した。

「美味しい?」
「美味しいですけど……何してるんですか?」
「ん?気にしないでいいよ。それより、奈々美ちゃんのこともっと知りたいな」

 教えてよ。そう言って私の手首から外した腕時計を、取り返すのはもう少し後でもいいかななんて思ってしまったのは、きっと彼の瞳が見惚れてしまうほどに熱を帯びていたからだと思う。



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