向日葵と太陽A
なんでうまくいかないんだろう。頭の中をぐるぐると巡るその言葉に、もう何度目かわからないため息が無意識のうちに出てしまった。
「はぁ……。しっかりしなきゃ」
膝に顔を埋めて視界をシャットダウンすれば聴覚が冴えて、遠くで話しているスタッフさん達の会話が嫌でも聞こえてしまう。スケジュールが押している事も、思うような写真が撮れていない事も、私が一番よくわかっている。自分の不甲斐なさに涙が出そうになって必死に堪えた。
波の音に意識を向けて心を落ち着けながら、大好きな人の笑顔を思い浮かべる。この数日間、落ち込んだ時はこの方法でなんとか気持ちを立て直してきた。だからきっと、今日も大丈夫。そんな事を考えていると目の前に人の気配がした。スタッフさんだと思い顔を上げようと体勢を整えると同時に声をかけられる。
「へい、彼女!1人で何やってんの!暇ならオレとデートしない?」
聞き覚えのある声に勢いよく顔を上げる。なんちゃって。と笑っている彼は、サングラスをかけているうえに逆光だからよく見えないけれど、数秒前に頭に思い浮かべた大好きな人の笑顔とよく似ていた。
「……モモ、ちゃん?」
ここにいるはずのない人の名前を呼んで、はっとした。きっと会いたすぎて幻覚を見ているんだ。そう思った私は目を一度ぎゅっと瞑ってゆっくりと開く。すると今度は私よりも低い位置に彼が居た。サングラスを外したその人物はどこからどう見ても大好きな彼で、私は再び名前を呼んだ。
「モモちゃん…?」
「うん!」
「なんで?幻覚?」
「あははっ!幻覚じゃないよ!本物!」
私の両手をぎゅっと握った大きな手は紛れもなくモモちゃんのもので、目の前にいるのが本物だとわかった瞬間に視界がぐにゃりと歪んだ。
「もっ、ももちゃんだ……」
「うんうん。モモちゃんだよ」
「なんでいるのぉ」
「奈々美に会いたくて来ちゃった!ほら、泣かないで!折角のメイクが崩れちゃうよ!?」
よしよし。と頭を撫でてくるモモちゃんの手に安心して涙が止まらない。泣き止まなきゃと思えば思うほどに涙が溢れてきて、心の中でメイクさんに謝った。
「モモちゃぁん」
「あーあー!顔びしょびしょ!」
「だってぇ……」
「よしよし」
子どものように泣きじゃくる私の顔を、傍に置いてあったタオルで優しく拭ってくれるモモちゃん。その優しさにも涙がでてくる。
しばらくしてようやく泣き止んだ私の手を、彼は再び握ってくれた。
「落ち着いた?」
「……うん。泣きすぎだよね、ちょっと恥ずかしい」
「恥ずかしい事なんて何もないよ!…いろいろ溜め込んでたんだね。よし!じゃあ、奈々美も泣き止んだ事だし、気分転換にお散歩しよ!」
突然の提案に、私は瞬きを繰り返す。そんな私を見てモモちゃんは楽しそうに笑っている。
「お散歩?」
「そう、お散歩!」
「えっ、でも、時間が……」
「大丈夫!ゆう子ちゃんにもスタッフさん達にも許可もらってるから!」
そう言って私の手を引くモモちゃんに続いて、ゆっくりと重い腰を上げる。少し離れたところにいるゆう子ちゃんに目をやれば、ひらひらと手を振っていた。
「ほら、行こ?」
太陽を背にして笑うモモちゃんがすごく眩しくて、思わず目を細めた。
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波の音をBGMに、手を繋いで波打ち際をのんびり歩く。何を話すわけでもなく、どこに向かうでもなく、ただのんびりと。
沖縄には仕事で何度か来たことがあるのに、奈々美と一緒ってだけですごく新鮮で、なんだか特別な場所のように感じるんだから不思議だ。
「……モモちゃん、こっちでお仕事の予定だったの?」
「ん?違う違う!さっき言ったじゃんか、奈々美に会いたくて来ちゃったって!」
さては聞いてなかったな? と脇腹を突けば奈々美は、ごめんなさい。と謝りながらもくすくすと小さな笑い声をあげた。しかしその笑顔はなんだかぎこちがない。
「撮影、うまくいってないって?」
「……うん。なんか、よくわからなくなっちゃって」
「そっか」
「自然体で良いんだよ、素を出していこうねって言われれば言われるほど、自然体ってなんだっけ?素の私ってどんなだったんだっけ?ってなっちゃって……」
ダメだなぁ。と俯いた奈々美の頭をぽんぽんと軽く叩くと、奈々美はその手に自分の頭を押し付けるようにぐりぐりと動かした。撫でて欲しいなら言えばいいのに、かわいいなあと思わず口元が緩む。
「お仕事だから、きっと自然とスイッチがそっちに切り替わっちゃうんだろうね」
「……その自覚はあります」
奈々美は所謂オンとオフのスイッチが下手らしい。らしい、と言うのはオレは実際ガチガチの仕事モードを正直見た事が無いから、あくまで本人談なのだ。
一緒に仕事をしている時、オレの前だと奈々美の気がほんの少し緩んでしまっているのがわかるし、なんなら最近大和にも『片瀬さんってモモさんの前だと雰囲気ちょっと変わりますよね。あ、いや、2人の関係知ってないと気付かないと思うんですけど』なんて言われたばかりだった。
「あっ!」
いい案が思いついたオレは手を叩いて声を上げる。オレの前だとスイッチをオフに寄せられるなら、ずっとオレの事を考えてればいいんじゃん。ナイスアイディア!
「お仕事って思わないでさ、モモちゃんと来た旅行をイメージしちゃうって言うのは?!」
「モモちゃんと、旅行……?」
「そう!カメラマンさんのこともスタッフさんのことも、みーんなモモちゃんだと思ってさ!」
「ふふっ、何それ!モモちゃんだらけになっちゃうね」
ようやくいつもの笑顔を浮かべた奈々美に、今の笑顔すごくいいよ! なんて、カメラマンさんの真似をして指で作ったフレームを向ける。その中の奈々美はずっと笑顔だ。
「気分転換できた?」
「うん!モモちゃん、ありがとう」
「役に立てたならよかったよ!」
そろそろ戻ろうか。と、オレたちは再び手を繋いで歩き始める。もっと一緒に居たいから、歩く速度がゆっくりになる。奈々美の歩みも心なしかゆっくりだ。お互いそれに気が付いたオレたちは顔を見合わせて笑い合った。
その後、今までの不調が嘘だったかのように撮影は順調にいったようで、翌日奈々美は予定通りオフになった。これでもかってくらい遊んで短い夏休みを満喫したオレは、今度はプライベートで来ようね。と奈々美と約束をして一足お先に沖縄を後にした。
後日発売された奈々美の写真集、どうやら一番人気の写真は『横に居る誰か』に向かって笑いかけている写真らしい。
その笑顔に心当たりがあったオレは、こんなのいつの間に撮られてたんだろう。なんて思いながら、彼女の1番の笑顔を引き出せた事を誇りに思ったのだった。
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