指先
久しぶりに2人で飲みに行こうか。突然の千からの誘いに二つ返事を返してやってきたのは高そうなバーだった。上質なお酒に舌鼓を打っていると、彼は手元のグラスを見つめながら呟いた。
「もうすぐ6年経つんだって」
「え?」
なんの脈絡もないその言葉に首を傾げれば、千は視線をグラスから私に移す。グレーの瞳が何か言いたげに私を見つめたかと思えば、再びグラスへと移された。
「僕たちが出会ってから」
「もうそんなに経つ?まだ5年半とかじゃない?」
「……大して変わらないでしょ」
「まぁ、そうだけど」
仕事関係で出会った私と千。何かきっかけがあったわけではないけれど、いつの間にか仲良くなっていた。千はやたらと私に懐いていて、時折こうやって飲みに誘ってくれたり、自宅に招いて手料理を振る舞ったりしてくれる。懐いていると言っても、彼と私は同い年だからこの言葉が適切なのかは不明なのだが。
「6年ってあっという間だね」
「そうね」
「あーあー。6年前はハタチだったのかぁ。6年も経ったら、流石に彼氏の1人や2人できてると思ってたのに」
はぁ。とため息を吐いて頬杖を付き、空いている出てグラスの結露を拭う。何も言わない千から視線だけを感じて顔を向けるも、彼は相変わらず黙ったままだった。
「え、何?」
「奈々美、彼氏欲しいの?」
「そりゃあ、いつまでも独り身じゃ寂しいし?一応将来の事とか考え始めなきゃなって年齢だし」
「じゃあ、僕が彼氏になってあげようか」
「は……?」
自分でも信じられないほど低い声が出て、千が小さく笑った。それを無視して、私は彼からの言葉を頭の中で整理する。誰が? 誰の? 何になるって? 彼の言葉をそれらに一つずつ当てはめていって言葉の意味を理解した時、私は本日二度目のため息を吐いた。
「はぁ……」
「どう?」
「遠慮しておきます」
「……どうして」
「千と付き合ったら女関係の苦労が耐えなさそうだから」
今までの千の行いや巻き込まれてきた修羅場の数々を思い出して、うん。無理。と一人頷けば、千はムッとした表情を浮かべて私の手を取った。
「えっ、急に何?」
「僕たち相性いいと思うんだけど」
「はぁ、そうですか……」
「だから僕たち付き合った方がいいと思うんだけど、どう?」
私をじっと見つめる千に、どうもこうもないけど。と告げれば、彼はしゅんっと目に見えて落ち込んだ。
「そう……」
「うん。って言うかさ、よく好きでもない女と付き合おうって発想になるよね」
その言葉に私の手を握っていた力が弱くなったのがわかった。その隙に手を引き抜こうとするも再び力が込められてしまい、それは叶わなかった。
「好きでもないなんて、誰が言ったの?」
「じゃあ聞くけど、千は私のこと好きなの?」
「好きだよ」
冗談半分の問いかけに、間髪入れずに返ってきた返答はまさかの言葉で、顔が熱くなる。
「だから、僕の彼女になって欲しいんだけど」
冗談でしょ? そう聞きたいのに、千の切長の目が、微かに震えている冷え切った指先が、彼の言葉が冗談ではない事を物語っていた。
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