一年に一度の特別を




『今年の誕生日は一緒に過ごせないかも』

 奈々美からそう言われたのは数ヶ月前の事だった。なんでも11月の頭から海外で撮影があって、しばらく向こうで過ごすらしい。
 気にしないで。というあの時の言葉は本心だったけれど、いざ誕生日を迎えてもなんの連絡もないと、それはそれで寂しかったりもする。いつも日付が変わったら一番にお祝いしてくれるは奈々美だったから。

 奈々美の事を考えたら寂しくて仕方がなくて、オレは仕事終わりに高級肉を持参してユキの家に押しかけた。ちなみに今年一番にお祝いしてくれたのは他でもないユキだった。

「あーあー……。奈々美、なんで連絡くれないんだろう」
「仕事が忙しいんじゃない?ほら、時差もあるし」
「そうだよね〜……。いや、でもさ!もうあと3時間で誕生日終わっちゃうよ!?ラビチャのスタンプでもいいから送って欲しい〜!」
「そうね。はい、お肉」

 ぶーぶー言いながらユキが焼いてくれたお肉を口に運び、咀嚼と共に奈々美の事を考える。今どこで何をしてるんだろう。仕事は順調なんだろうか。あー、会いたいな会いたいな。

「は〜……奈々美〜……」

 盛大なため息を吐くオレと打って変わって、ユキはなぜか楽しそうに笑っている。

「ユキ、何かいいことあった?」
「ん?別に」
「本当に〜?」
「本当だよ。モモ、僕を疑ってるの?」
「そういうわけじゃないけど!」

 ほら、こっちも焼けたよ。と、ユキはオレのお皿にお肉を乗せる。その間も相変わらず楽しそうに笑い続けていて、理由を聞いても頑なに教えてくれなくれない。オレは不思議に思いながらも、ただお肉を食べることしかできなかった。



 それから飲んで食べてを繰り返してしばらく経った頃、ユキはちらりと時計を見た。それにつられて時計に目をやれば、オレの誕生日が終わるまでもう1時間を切っていた。奈々美からの連絡は、まだない。

「ねえ、モモ。僕実はこの後予定があるんだ」
「え!?そうなの!?こんな時間から!?」
「そう、こんな時間から。ごめんね。お詫びに家まで送るよ」
「オレこそごめん〜!すぐ準備する!」

 飲みすぎて寝ちゃわないでよかった。なんて考えながら、オレはそそくさと帰り支度を進める。
現場でもらった大量のプレゼントを抱えて、タクシー拾うからいいよ! と言うオレに、ついでだから。と引かないユキ。じゃあお願いします。と、乗り込んだユキの車がオレの家に到着したのは、日付が変わる15分前の事だった。





「バタバタになってごめんね」
「こっちこそ!って言うか、予定があるってわかってたら乗り込まなかったのに〜!」
「ん?ああ、それはかえって好都合だったみたいだから大丈夫」
「好都合?だったみたい?」

 どう言う事? と首を傾げるオレに、帰ればわかるよ。と小さく笑って、ユキは車を走らせた。その車を見送ってオレは自室へと足を向ける。
 その間に今日1日を振り返って、なんやかんや楽しかったな。と口角が上がるも、結局奈々美からはお祝いのラビチャすら来ていないことを思い出して、それはすぐに下がってしまった。

「ただいま〜……」

 鍵を外し、ドアノブを回して誰もいない自室へと足を踏み入れると同時に、パンパンッ! と何かが破裂するような音が鼓膜を震わせる。

「うわっ!?何っ!?」
「モモちゃん、お誕生日おめでとう!」

 そこに居たのはクラッカーを片手に満面の笑みを浮かべている奈々美だった。

「え!?奈々美!?」
「奈々美です!」
「何でいるの!?海外に居たんじゃないの!?」
「ふふっ、サプラーイズ!実は、21時過ぎに日本に帰ってきたの!」

 ついさっきじゃん! とさらに驚けば、ついさっきです! と笑う奈々美。未だに状況が掴めていないオレの手を引いて、奈々美はオレをソファへと座らせる。
 落ち着いて部屋を見てみると、バルーンやらガーランドやらでお祝いの飾り付けがされていた。

「これ、奈々美が飾り付けてくれたの?」
「そう!向こうでいいのいっぱい見つけたから買ってきたの!見てこれ、ユニコーンのバルーンかわいいでしょ?」

 大きなユニコーンのバルーンを抱えて持ってきた奈々美はとっても楽しそうで、こっちまで笑顔になる。さっきまで落ち込んでいたのが嘘みたいに、みるみるうちに心が満たされていくのがわかった。

「このサッカーボールのバルーンなんか、モモちゃんにピッタリ!」
「本当だ!すごいね!こんなの売ってるんだ!」

 しばらくバルーンで盛り上がってると、奈々美が何かを思い出したように、あ! と大きな声をあげてキッチンへと駆けて行った。

「モモちゃん、目瞑っててね。見ちゃダメだよ?」
「はーい!何だろ、楽しみ!」

 キッチンへと向かった時点で察しがついているけれど、オレは何も気付かないフリをして目を瞑る。冷蔵庫を開閉する音の後に聞こえてきたのは、案の定あの曲だった。奈々美の歌を目を瞑ったまま堪能して、目開けていいよ! の言葉に従って瞼を開ければ、そこには小ぶりのショートケーキが。

「ケーキだ!」
「うん!お誕生日おめでとう!モモちゃん!」
「ありがとう!」
「ごめんね、流石にケーキは買って来れなかったからやってるお店探したんだけど……。コンビニだとケーキ用のロウソクもなくて」

 眉を下げながら笑う奈々美に、気持ちだけで嬉しいよ! と返してソファの隣を叩く。隣に座った奈々美を、本当にありがとう。と抱きしめれば、奈々美は小さく笑い声を上げた。

「モモちゃん、お肉の匂いする」
「え!あっ、さっきまで」
「知ってる。ユキさんの家でお肉食べてたんでしょ?」
「……もしかして、ユキもグル?」

 オレの問いかけに再び笑い声を上げた奈々美は小さく首を横に振った。

「ユキさんから連絡もらったの」
「ユキから?」
「うん。モモが奈々美ちゃんにお祝いしてもらえてないってぐずってるよ。って」
「いつの間に……」
「それで、もうすぐでモモちゃんの家に着くので、日付が変わる前に連れてきてくれませんか?ってお願いしたの」
「なるほど」

 それって結局グルってことじゃん!? なんて言葉は飲み込んで、オレは奈々美のほっぺを両手でこねくり回す。

「って言うか、何でユキより先にモモちゃんに連絡くれなかったのさ〜!」
「びっくりさせたかったから!びっくりした?」
「びっくりしたよ!心臓飛び出たもん!」
「ふふっ、それは大変」

 そう言って抱きついてきた奈々美は、オレの胸に耳を当てて、心臓ちゃんと戻ってるね。なんて笑った。そんな奈々美が愛おしくて、これでもかってくらい力一杯抱きしめる。
 苦しい〜! と言いながらも背中に回した腕に力を込めてくれる奈々美の髪に顔を埋めれば、甘い香りに包み込まれた。

「あのね、モモちゃん」
「ん?」
「本当は今年も一番にお祝いしたかったの」
「うん」
「でもできなかったから、ならいっそ最後にお祝いしよう!って……思ったんだけど」

 寂しい想いさせてごめんね。と呟いた奈々美のおでこに唇を落としたあと、おでこを合わせて見つめ合う。

「謝らないでよ。疲れてるのに、わざわざお祝いしに来てくれただけで嬉しいんだから」
「……モモちゃん」
「それに、奈々美に会えたら寂しさなんか吹き飛んじゃったよ!」
「本当に?」
「本当!本当!今のモモちゃん見たらわかるでしょ!?元気100%!それよりほら、ケーキ食べよ!もう誕生日終わっちゃう!」

 咄嗟に時計を指差せばあと5分で日付が変わるところだった。おい、数時間前のオレ。今年の誕生日もちゃんと幸せだぞ! なんて、数時間前の自分に心の中で語りかけて、ローテーブルに置かれていたケーキのお皿を手に取った。

「いっただっきまーす!」

 ケーキを口に運び、口に広がった甘さを堪能する。今日3個目のケーキで、きっとこれが一番安いはずなのに、他の2個より美味しく感じるのは奈々美が買ってきてくれたという付加価値のおかげだろうか。

「んー!これ本当にコンビニのケーキ!?」
「うん。美味しい?」
「めちゃくちゃ美味しい!ほら、奈々美も!」

 奈々美に再びフォークを向ければ、きゅっと引き結ばれていた唇がゆっくりと開いてフォークからケーキを攫った。口を動かしながら、目を輝かせた奈々美がかわいくて思わず口元が緩む。
 ふと、奈々美の口の端にクリームが付いているのを見つけたオレは、唇を重ねたいのを我慢してそのクリームをぺろっと舐めた。

「あははっ!奈々美、顔真っ赤」
「……なんか今の、キスより恥ずかしい」
「キスしたいけど、キスだけで終われる気しないから我慢!疲れてるだろうし、お風呂入っておいで」

 ぽんぽん。っと奈々美の頭を軽く叩いたあと、オレは食べかけのケーキを平らげた。それと同時に横から服の裾を引かれて顔を向ければ、唇に柔らかいものが当たってすぐに離れる。まさかの事態に目が点になった。

「え、奈々美さん、今のは……」
「プレゼントの代わり、です」
「……キスだけで終われる気しないって、オレ言ったんよね?」
「……うん」

 終われなくてもいいよ。と顔を赤くしながら言った奈々美に、オレは頭を抱えて深いため息を吐く。
 どうにか我慢しようとしたけど、それは無駄な抵抗だった。上目遣いでオレを見上げながら再び服の裾を引いた奈々美に抗えるはずもなくて、オレは自分の意思の弱さに呆れつつも、その唇に自身の唇をそっと重ねたのだった。







2021.11.11
HAPPY BIRTHDAY MOMO



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