やだやだ駄々っ子
「ななみん、リュウ兄貴に誘われたからTRIGGERのチームなんだろ?なぁ、リュウ兄貴のことどう思ってんの?」
その質問に対して、なんて答えるのが正解なのか、私にはまだわからなかった。
尊敬、が一番しっくりくる気がした。
十さんは所謂、オンとオフのキャラが違うタイプの人だということは、一緒に仕事をしていたらすぐにわかった。
気配りもできて、誰にでも優しい。
仕事仲間のモチベーションを上げるのも上手だと思う。実際、私も先日十さんにかけてもらった言葉が嬉しくて、もっと頑張ろうって思えた身だった。
今回のチームに誘われたとき、本当はちょっと迷ったのだ。最近はTRIGGERよりもIDOLiSH7と仕事をする機会の方が多くて、個人的にはIDOLiSH7との方がやりやすかったからだ。
でも、折角声をかけてもらえたし、何より私が担当した時は調子がいい。だなんて言われたら、それは誘いを受けないなんて勿体ないよって、オサムさんにも言われて、今回誘いを受けることにした。この話はスタッフ止まりで、出演者には言わないで欲しいと念押しはしておいたのだが、どこから漏れたのか…。
言い方は悪いが、一番知られたくない相手に知られてしまった。環くんの事だ、きっとこう聞いてくるに違いない。
「リュウ兄貴じゃなくて、俺が誘ったらさ、俺のとこにきてくれた?」
思った通り。
「勿論行ったよ」
「ほんとに?じゃあ、俺んとこ来てよ」
「残念。もう決まっちゃったからダメです」
「でもまだ、打ち合わせしかしてないし!何もはじまってないし!俺ら今オサムんだから、お願いすれば変わってくれるって」
ね?お願い!と言われるが、勿論そんなことできるわけない。無理です。そう一言告げて立ち上がると、なんで!と、喚きながら環くんも立ち上がり、私の手を掴む。
「やっぱリュウ兄貴の方がいいんだ!」
「えぇ…?なんでそうなるの?もう決まっちゃった事だから変えられないだけで…」
「やっぱりななみん、俺よりリュウ兄貴の方がいいんだ、俺と一番仲良しって言ったのに!やだやだ。リュウ兄貴んとこ行かないで」
と言いながら掴んでいる私の手を、左右に揺らし始めた環くん。
「ただのお仕事だよ?」
「仕事でもやだ!リュウ兄貴には俺敵わないから、ななみん取られちゃう!そんなんやだ!ななみんは俺のだし!」
「ふふっ、なにそれ。大丈夫だから」
ね?と言っても、笑ってんなよ!とぷんぷん怒り始めた環くん。その後説得を試みるも、何を言っても、やだ!しか言わなくなってしまった。
「今回のお仕事終わったら、王様プリンいっぱい買ってあげるから」
「や…やだ!ななみんがいい!」
「今ちょっと迷ったでしょ」
「ま、迷ってねぇし!」
「はいはい。それより、もうそろそろ帰っていい?」
環くんも、一織くんに謝らなきゃでしょ?と言うと、うっ…。とようやく静かになった。でも…だって…。と、ぶつぶつ言い始めた環くんに、私は昔から事あるごとに使ってきた、最終手段を使うことにした。
「しょうがないなぁ。一つだけお願い聞いてあげるから、今回はそれで我慢して?ね?…あ、でもお仕事の事以外でね」
「お願いを5個に増やすのは?」
「それもダメ」
そう言うと環くんは、ちぇー。と言いながらも、お願いを考え始めた。するとタイミングを図ったかのように、ぐぅぅうと大きなお腹の音が鳴り響き、あ…。と環くんが呟いた。
「お腹減ってるの?」
「うん……。そうだ!ななみん、お願い決まった!ご飯作って!」
「え?」
戸惑っている私の腕を引きながら、ほら!早く!と、環くんはリビングへと向かった。
リビングの扉を開ければ、そこには二階堂さん以外のメンバーが居て、環くんの姿を見るが早いか、駆け寄ってくる。
「よかった!環出てきた!」
「環くん、心配したよ…。あと5分待っても出て来なかったら、ドアを壊さないとかなって思ってたんだ…」
「え…。そーちゃん、それだけはまじでやめて」
そう言いながら身震いしていた環くんだったが、一織くんと目が合うと、私の手をぱっと離して一織くんの元へと足を進めた。
「いおりん」
「…なんですか」
「あの、さっきはごめんな?腕、痛かったよな…」
環くんが謝りながら一織くんの腕へ視線を落とす。一織くんは、はぁ…。と大きなため息を吐きながら、別にこれくらい大丈夫です。と呟いた。
「許してくれる?」
「今回は特別です。次はありませんから」
そう言う一織くんの表情は少し柔らかく、2人が仲直りできてよかった。と思っていたら、やった!いおりんありがと!と言いながら私の元へやってきた環くん。そして再び私の腕を掴み、キッチンへと向かう。
「ななみんほら、ここ、キッチンな!好きに使って大丈夫。みっきーに聞けばどこに何があるかわかるから!」
え?本当に作るの?と戸惑っていると、先程まで表情が柔らかかった一織くんが、眉間にシワを寄せながらやってきた。
「何をするつもりですか?」
「ななみんにご飯作ってもらう」
「はぁ?何を考えてるんですか?そんなの許されるわけないでしょう。っていうか、さっき謝ったのはなんだったんですか?」
「さっきのは、腕叩いちゃったから謝ったんだし。ってか、別にいいじゃんか、ご飯作ってもらうくらい!」
なぁ?!と、環くんがみんなに聞くと、みんななんとも言えない表情で、えっと…と言い淀んでいる。すると三月くんが口を開く。
「個人的にはすごく嬉しいんだけどさ、やっぱ事務所的にはどうなんだろ…。そもそも寮に奈々美さんが居るのもさ…」
「そうです。兄さんの言う通り、そもそも、私たちの寮に片瀬さんが居るの自体が問題です。男性しかいないんですから、あなたももっと危機感を…」
一織くんの怒りの矛先がいつの間にか私に向けられていたが、その言葉からは心配している気持ちが伝わってきて、1人でほっこりしてたら、そんな私とは裏腹に、ななみんに怒んなよ!と環くんがすかさず一織くんの言葉を遮る。
「じゃあさ、マネージャーに聞けばいいんだろ?マネージャーがいいっつったら、ななみんにご飯作ってもらう。ダメっつったら、俺がななみんん家に行く」
「えっ?」
後半は聞き捨てならないな?!と思っていると、環くんは自身の携帯で紡ちゃんに連絡を取り始めた。
「あ、もしもし?マネージャー?あのさ、今ななみんが寮にいんだけど、ななみんにご飯作ってもらっていーい?……うん。…え?別に、それでもいいけど。…わかった。みんなに言っとく。はーい。……マネージャー、これからななみんに会いに、寮に来るってよ。んで、一緒にご飯作るって」
電話を切った環くんは、一織くんに向かって勝ち誇ったような顔を向けている。一織くんは、はぁ…。と今日一番の大きなため息を吐きながら、目頭を押さえている。
「あの人はまったく……。もういいです、勝手にしてください」
「えっ、ちょっと一織!どうせならみんなで作ろうよ!」
「作りません。それに、私の分の食事は結構ですので。どうぞ、みなさんで、仲良く、楽しんでください」
リビングを去ろうとする一織くんを陸くんが止めるも、彼はそう言い放つと自室へ篭ってしまった。
なんとなく重くなった空気を見かねて、三月くんが、弟がごめんな。と声をかけてくれる。
「大丈夫ですよ。一織くんの言うこともわかるので…。でも、今日はご飯を作ってあげないと、帰してもらえなさそうなので」
そう言いながら、環くんに視線を向けると、ん?何?と、後ろから抱きついてきた。それを見た三月さんは、あぁ…。と、全てを察してくれたようだ。
「奈々美さんも苦労してるんだな…」
「そんな、全然ですよ」
オレも手伝うよ。と声をかけてくれる三月さんにお礼を言いながら、一緒にキッチンに立つ。ねぇ何の話?と環くんが私の頭に顎を乗せながら尋ねてきたから、環くんがかわいいって話だよ。と言えば、照れたように笑った声が聞こえた。
しばらくしたら紡ちゃんが寮にやってきて、三月くんと紡ちゃんと3人で食事の用意を始めた。(後ろにくっついてる環くんはカウントしません)
メニューはカレーに決まり、早速調理しようと野菜を洗っていると、捲っていた袖が落ちてきた。まぁ、多少濡れてもいいか。と思ってきたら、後ろからスッと腕が伸びてきた。
「ななみん、服濡れちゃう」
「ありがとう環くん」
袖を捲り直してくれた環くんにお礼を言い、ふと顔を上げると、みんなが私達を見てるのがわかった。不思議に思ったが、みんな私と目が合うと、ものすごい速さで目を逸らすので気にしない事にした。
その後も環くんの、カレーは甘いのがいい。とか、あとで一緒に王様プリン食べような。という言葉に、はいはい。と答えながら調理をしていたが、気付いたらリビングには誰もおらず、キッチンにいたはずの2人もいなくなっていた。これまた不思議に思ったが、まぁいいか。と、そのまま調理を進めた。
「なぁ、ななみん。まだできない?」
「まだ作り始めたばっかでしょ?しかもそれ聞くの3回目」
度重なる環くんからの質問に、大人しく待ってて。と言えば、はーい。と返事が返ってくる。食材を切るから少し離れてて欲しいと伝えれば、環くんはあっさりと私から離れ、私の横にしゃがみ込み、キッチンに腕を乗せながら私の手元を見ている。
「ななみん、切るの上手」
「ほんと?ありがとう。人のために作るの久々だから、ちょっと楽しいかも。って、タマネギ、目に染みる…!」
環くんと話しながらゆっくりタマネギを切っていたら、目に染みた。久々に感じる痛みに思わず目を擦るが、逆効果だったようで、目にまつ毛が入ったのだろうか、開けられなくなってしまった。
そんな私の様子を見て、環くんは驚いた声で、ななみん大丈夫?!と、私の頬を両手で包んだ。
「目いてぇの?」
「うん、擦ったらまつ毛が入っちゃったみたい」
「俺が見てやんよ」
な?と言いながら、環くんの顔が近付いてきたのがわかった。痛いなぁ…早く取れないかなぁ。と、環くんにされるがまま時が経つのを待っていたら、ドアを開けるガチャという音と共に、ドサッと何かが落ちる音が聞こえた。
「おー、ヤマさんおかえり。…みっきーと肩組んで何してんの?」
その声で、二階堂さんが帰ってきたことがわかった。恐るおそる目を開けるとまつ毛はもう取れたようで、難なく開けられた。振り向いて二階堂さんに挨拶をするが、目に溜まっていた涙のせいで、三月さんが私が泣いていると勘違いしたようだ。彼の、奈々美さんなんで泣いてんの?!という声に、みんながバタバタとリビングに駆け込んできた。
その後、みんなの"環くんが奈々美さんを泣かせた"という誤解を解くために、タマネギを切っていたら涙が出たというこっぱずかしいエピソードを披露する事になったが、その甲斐あって無事環くんの名誉は守られた。
調理に戻ろう、と手を動かし始めた時、二階堂さんの言葉を聞いた環くんは、喚きながらどこかへ行ってしまった。キスとかなんとか聞こえたけど、私には無縁の話すぎて、特に反応もしなかった。
そういえば、二階堂さんの好き嫌い聞いてないけど、大丈夫かな?と思い、今日はカレーなんですけど、大丈夫ですか?と声をかければ、なぜか引きつった笑顔をしている二階堂さんがそこにいた。
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