負けず嫌いですが何か?




「はい」
「え?何?」

 テレビ局の廊下で会って早々、千は私に手を差し出してきた。とりあえずその手に目を落とすも、そこに何かが乗っているわけでも、手のひらに何かが書いてあるわけでもなくて、私は顔を顰める。

「だから、何よ」
「何って、まさか何もないの?」
「はぁ……?わけんかんない……」

 楽屋に向かう私の後ろを黙って着いてくる千を無視して、私は小さくため息を吐いた。

 我ながら厄介な相手に懐かれたと思う。彼はなぜドラマで何度か共演した事があるだけの私につきまとうのだろうか。今まで何度も考えたけれど、その答えが出ることはなかった。

「ねえ」

 千からの呼びかけを無視して歩く速度を上げれば、彼も負けじと速度を上げた。

「ねえってば」
「聞いてる?」

 いくら無視しても投げかけられる言葉に痺れを切らし足を止めて振り返れば、千は相変わらず何を考えているかわからない表情で私を見ていた。

「もう!さっきから何!?」
「楽屋、通り過ぎたけど」
「えっ!?」

 千にそう言われて辺りを見渡せば目的地の楽屋とは遠く離れた場所にいて、私は彼の横を通り過ぎて来た道を戻る。その後ろを、彼はまた黙って着いてくる。

「……はぁ。なんで着いてくるの?暇なの?」
「暇?まさか。これでも売れっ子のアイドルだからね」
「そう言う話じゃなくて!はぁ……もういいです」

 ようやく到着した楽屋のドアを開ければ、私の後に続いて当たり前のように楽屋に入ってきた千。そんな彼に頭を抱えながらソファに腰を下ろせば、千もそれに倣って私の隣に腰を下ろした。

「……ねえ、近いんだけど」
「そう?気のせいじゃない?」
「気のせいじゃないから」

 千から距離を取ろうとお尻を少しずらすも、その距離はまたすぐにゼロになる。それを何度か繰り返せば私のお尻は肘置きにぶつかった。

「だから、近いって……!」
「奈々美ちゃん、今日何の日か知ってる?」
「何よ急に」
「知ってる?」
「何の日って……クリスマスイヴでしょ」
「あとは?」
「はぁ?知らないわよ。いいから離れて……っ!」

 近すぎる千の胸をぐっと押すも、その手はいとも簡単に取られてしまう。抵抗しようにもその力は想像以上に強くて振り解けない。
 悔しいほどに綺麗な顔に至近距離で見つめられて、不覚にも息を呑む。


「本当に?」
「……何が」
「何の日か、本当に知らない?」

 知らない。そう言おうとしたはずなのに、どこか寂しそうな表情の千を見たらなんだか悪いことをしている気になって、私の口は真逆の言葉を発していた。

「……知ってる」

 初めてそれを知った時、ぴったりだな。と思った。彼の名前と見た目が冬を連想させるからだろうか。だから今日が……クリスマスイブが、彼の誕生日だと言うことは、嫌でもすぐに覚えたのだ。

「千の、誕生日……でしょ」
「なんだ。やっぱり知ってたんだ。何で忘れたふりしてたのさ」
「べっ、別に祝うような間柄でもないし」
「酷いな。僕は奈々美ちゃんに祝ってもらいたいって、ずっと前から思ってたのに」

 そう言って千は私の腕から手を離し、廊下で会った時のように手をこちらに差し出して来た。

「はい」
「……それ何?」
「何って、プレゼントは?」
「はぁ?用意してるわけないでしょ?」

 何て図々しい男なんだ。と、眉間に皺を寄せながら千を見上げれば、彼は心底驚いたように瞬きを繰り返した後、そう。と呟き自身の顎に手を添え、小首を傾げた。

「予想外だ」
「私が用意してると思ってたの?」
「思ってた」

 即答した千は顎に手を添えたまま、じっと私を見つめ続けている。目を逸らすのがなんだか癪で、私も彼を見つめ返す。
 腹が立つほど綺麗な顔を見つめて数十秒後、何かを思いついたのだろう。千は、うん。と小さく頷いた後私の首の後ろに手を回した。
 何をされるかわかったた時にはもう遅くて、目の前にはさっきまで眺めていた綺麗な顔があって、そして私達の距離はゼロになっていた。


「……何勝手にキスしてんの?」
「プレゼント、用意してくれてないなら、奈々美ちゃんをもらうしかないかなって」
「あっそ。じゃあ今のがクリスマスプレゼントって事で」

 意に反してドキドキと早鳴る鼓動を誤魔化すように慌ててソファから立ち上がり、着たままだった上着をハンガーラックに掛けようと千に背を向ける。
 ふと視界が陰ったかと思えば、私のお腹に千の腕が回って、耳元には彼の唇が寄せられた。

「ねえ、さっきのがクリスマスプレゼントって事は、誕生日プレゼントもくれるんだよね?」

 甘い吐息に私の肩が跳ねたのを見逃さなかった千は、くすくすと小さく笑い声を上げて腕の力を強くした。それがなんだかとっても悔しくて、私は勢いよく振り返り彼の襟元を掴み引き寄せる。


「じゃあ、これが誕生日プレゼントってことで」


 そう言って私は、驚いた表情の千に心の中でほくそ笑みながら、彼の唇に触れるだけのキスをした。







2021.12.24
HAPPY BIRTHDAY YUKI



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