俺だけに見せて@




 カタカタとキーボードを叩き続けて早数時間、俺は昼休憩を取るのも忘れて仕事に没頭していた。心なしか目が疲れたような気もするけれど、うちの子達のためだと思えば苦ではない。とは言え少し休憩した方がいいな。と立ち上がったタイミングで、事務所のインターホンが鳴り響いた。

「はい。って、あれ?百くん?」
「こんにちは!」

 ドアを開ければそこには百くんが、大きな紙袋を提げて立っていた。

「こんにちは。どうしたの?」
「ちょっと届け物があって仕事前に寄ったんですけど」
「届け物?」

 わざわざ事務所に届けてくれるくらいだからきっと急ぎの物なんだろう。しかし生憎、IDOLiSH7の7人は昨日から地方ロケで不在だ。他にうちの事務所の人間で百くんと関わりがありそうなのは紡さんか社長くらいだが、紡さんはみんなと一緒に地方に行っているし、社長は今外出中だ。

「もしよければ俺が預かっておくよ」
「えっ!すみません、助かります!」
「うん。それで、誰宛て?」
「えっとー」
「あれ?モモくん?」
「あー!奈々美ちゃん!」

 百くんの背後から聞こえたのは、俺の同僚で小鳥遊事務所の事務員である片瀬奈々美の声だった。休憩に出ていたのだろう、その手には小さなランチバッグが握られている。

 ちなみに公にはしていないが、奈々美は俺の彼女だったりする。付き合って3ヶ月ちょっとだけれど、今のところ喧嘩も無く順調に付き合いを続けている。
 いや、そんな事は今どうでもいい。問題なのは、百くんが彼女の事を『奈々美ちゃん』と呼んで、彼女に思い切り抱きついているという事だ。

「ちょっ、苦しいよ……。って言うか、百くん何しに来たの?」
「えっ!この前の忘れ物、今日届けに来るってラビチャしたじゃんか!」
「そう言えば来てたかも」
「ひどい!忘れてたの!?」

 そう言って紙袋を奈々美に手渡した百くんは、はっ! とした表情で俺に向き直った。

「万さん、いきなりすみません!」
「いや、別に大丈夫だけど……。2人って、面識あったっけ?」
「あれ?私、言ってなかったっけ?」
「何をですか……?」
「私たち、幼馴染なの」
「えっ!?」

 思わず大きな声が出てしまい、慌てて口を押さえる。そんな俺を他所に楽しそうに小さく笑っている2人の距離感に、ほんの少し心がモヤっとした。
 俺には人前でくっつくなって言うくせに、百くんは奈々美の手を握ってるし、彼女もそれを普通に受け入れている。

「ねえねえ、奈々美ちゃん……」
「えっ!?ちょっ!今言わないでよ!」

 挙げ句の果てに、何やら2人で内緒話をし始めた。百くんは楽しそうで、奈々美は彼の言葉に対してこれでもかと言うくらい顔を赤く染めている。その表情に、心のモヤモヤが強くなっていく。

「あははっ!奈々美ちゃんかわいー!……っと、もうこんな時間!オレ、そろそろ行かなきゃ!じゃあね、奈々美ちゃん!またうち泊まり来てね!バンさんもまた!」

 ぶんぶんと大きく手を振りながら嵐のように去って行った百くん。彼の言葉に、俺は思わず顔を顰める。

「百くんの家、泊まり行ったの?」
「え?あ、うん。この前の休みに」
「……へぇ」

 思ったよりも低く、そして素っ気ない返事になってしまい、ほんの少し空気が重くなった。

「……万理、何か怒ってる?」
「別に怒ってないよ」
「本当に……?」
「本当です。それじゃあ、俺は休憩入るから」

 そう言って彼女の横を通り過ぎて外に出て早々、自分の言葉に僅かに棘を感じた俺は大きなため息を吐いた。

 別に怒っているわけではない。怒っているわけではないのだが、いい気はしない。いくら俺が知っている相手でおまけに彼女の幼馴染とは言え、他の男に簡単に抱きしめられたり、他の男の言葉に顔を赤くしたり、ましてや家に泊まりに行くなんて、そんなの、いい気はしないに決まってる。

「……3ヶ月か」

 付き合って3ヶ月目は倦怠期だと、どこかで聞いたことがあった。そんなもの信じてはいなかったけれど、今までが順調だっただけに些細な事でも気になってしまうのは、相手が相手だからだろうか。

「まさか百くんに妬くなんて……」

 ひとりごちながら肩を竦めながら、俺は奈々美に告白された時のことを思い出す。あれは3ヶ月前、2人で飲みに行った時の事だった。






「あのさ、万理」
「ん?」
「もし、私が万理の事好きって言ったらどう思う?」

 何の脈絡もなく投げかけられた問いに、俺は何度も瞬きをしたのをよく覚えている。

「え?どうって……。普通に嬉しいけど」
「……それって万理も私のこと好きってこと?」
「んー?どうだと思う?」

 余裕があるふりをしてそんな事を言ったけれど、本当はこの時の俺はちょっと舞い上がっていた。何を隠そう、奈々美は結構、いや、かなりタイプだから。

「……わかんない。でも、私は万理のこと好き」
「はいはい、ありがとう」
「気持ちがこもってない」
「酔っ払いからの告白を真に受けると痛い目見るから。ちなみに経験済み」
「……本当なのに」

 誰が見ても酔っ払っているのがわかる女からの、勢いに任せた告白。そう思ってその場では流した彼女からの『好き』は、その後店を出るまで……いや、彼女の家に着くまでずっと続いた。

「万理、好き」
「はぁ……本当に?本当に奈々美は俺のこと好きなの?」
「……本当だって何回も言ってるじゃん」

 唇をきゅっと引き結び上目遣いで俺を見つめる奈々美に俺は、そんなに好きなら俺と付き合う? なんて、クズみたいな返事をしてしまった。他に言い方があっただろうと、あの時のことは今でも後悔してる。
しかしそんな俺の言葉に、奈々美は凄く嬉しそうな顔で頷いた。あの時の幸せそうな奈々美の顔を見て、ああ、ちゃんと大事にしなきゃな。なんて思ったものだ。





 そんなこんなで付き合う事になった俺と奈々美は、先にも述べたように順調に付き合いを続けていたはずなのだが、やはり恋愛というのは一筋縄ではいかないらしい。

「ねえ、万理やっぱり怒ってるでしょ」

 定時を過ぎて事務所に俺と奈々美の2人だけになった今、彼女はキーボードを叩きながら俺に話を振ってきた。

「だから、怒ってないって」
「……じゃあ、なんで目合わせてくれないの」

 その言葉と共に、キーボードを叩く音が止まった。そう言われて初めて、あの時以降奈々美と目を合わせていない事に気が付いた。そんなに露骨に態度に出ていたのかと反省しつつ、奈々美に視線を向ける。そしてそれと同時に俺は息を呑んだ。

「おまえ、泣いて……」
「なっ、泣いてない!えっと、そう!あの、目に!ゴミが入っただけだから」

 下手くそな嘘を誤魔化すためにぎゅっと目を瞑った奈々美の目尻からは、未だに涙が流れていて心が痛んだ。
 心の中で何度も謝りながら、ゆっくりと立ち上がり奈々美の隣の席に腰を下ろす。そして少し震えている唇目掛けて、そっと自分のそれを重ねた。

「んっ……万、理……?」
「ははっ、泣き止んだ」
「……元々、泣いてない」
「じゃあこれは何?」

 目尻に溜まっていた涙を親指で拭えば、奈々美は小さな声で、……汗。なんて、また下手くそな嘘をついた。

「泣かせてごめん。本当に怒ってないんだ」
「じゃあ……」
「なんて言うか、昼間奈々美と百くんが楽しそうに話してるの見てからモヤモヤして、その……どう接したらいいのかわからなくなってた」

 素直に心の内を話したら、奈々美はどう思うんだろうか。女々しいと幻滅しないだろうか。そんな心配を抱きながら言葉を続けた。ところが、俺の心配は他所に、奈々美は目を丸くして首を傾げるだけだった。

「それって、モモくんにやきもち焼いたってこと……?」
「……まあ、そういう事になるかな」

 気まずくて視線を逸らしたと同時に小さな笑い声が聞こえてきて、俺は奈々美に視線を戻した。

「笑うなよ」
「だって、モモくんに妬くなんて」
「……百くんだからだよ。あの子素直でいい子だし、それに何って言うか、お前の事好きなのが思いっきり態度に出てた」
「確かに懐いてくれてるとは思うけど、モモくんは私のことそう言う目で見てないから大丈夫だよ?」

 あっけらかんとそう言った奈々美に思わずムッとする。

「そんなのわかんないだろ?というか、幼馴染とは言え男の家に泊まりに行くなんて危険だよ。2人きりじゃ何があるか」
「待って」

 お説教を始めた俺に奈々美が待ったをかけた。ご丁寧にジェスチャー付きだ。

「何?」
「2人きりじゃないよ?」
「え?」

 奈々美のその言葉に、間の抜けた声が出る。

「確かにこの前モモくんの家でお泊まりはしたけど、モモくんと2人きりじゃなくて、千くんも一緒で」
「いや、待って。……ゆきくんって?」

 予想外の名前が上がって、今度は俺が奈々美の話を止める番になった。いや、改めて聞くまでもなくあの『ゆき』だとは思うんだけど、あの『ゆき』だった場合、ある意味百くんと2人きりよりも危険な状況と言っても過言ではない。

「Re:valeの、千くん」
「やっぱり……。本当に千も一緒だったの?」
「うん。そう」

 それが何か? とでも言いたげな奈々美に、俺は頭を抱えてため息を吐く。

「……はぁ。何もなくて良かった。いや、じゃなくて。何で俺に黙ってたの?」
「だって、言ったら万理も来るでしょ?」
「当たり前だろ」
「それじゃダメなんだもん」
「どう言う意味?」

 えっと、その……。と言い淀んでいた奈々美は、意を決したように俺を見上げて呟いた。

「万理の事、相談したかったから」
「俺のこと……?」

 こくりと頷いた奈々美に詳しく聞けば、俺が今までどんな恋愛をしてきたのかを第三者に聞きたかったらしい。そこで百くんに相談したところ、『オレより詳しいから!』と千を呼ばれてそのまま3人で朝まで俺について語り明かしたらしい。

「そんなの、直接聞いてくれればいいのに」
「……万理、昔の話あんまりしないから」
「進んでしないだけで、聞かれたらちゃんと答えるよ。知らないところであれこれ話されてる方が嫌だな」
「……ごめん、なさい」

 眉を下げて肩を落とした奈々美に、別に怒ってないよ。と投げかけながら、そっと頭を撫でる。その手をゆっくりと頬まで下ろせば、潤んだ瞳と目が合った。

「おまえ、自分が思ってる以上に可愛いんだから、もう少し危機感持ってよ」
「は、い……。でも!モモくんは幼馴染だし、それに万理と付き合ってる事も知ってるし……」
「それでも百くんも男だから。ね?」

 はい。と、大人しく頷いた奈々美に、ありがとうとごめんねの気持ちを込めて、再びキスをしようと唇を寄せた瞬間、事務所の扉が開く音がした。


「おや?まだ残ってたのかい?」


 声から判断するに、扉を開けた人物は社長のようだ。なぜ声での判断になったかと言うと、扉が開く音がが聞こえるや否や、俺は床に転がり落ちたからだ。いや、正確に言うと奈々美に突き飛ばされた。ちなみに、この間を時間にすると0コンマの世界だ。気が付いたら床にいた。

「しゃっ!社長!お疲れ様です!!」
「奈々美ちゃん、遅くまでお疲れ様。万理くんはそんなところで何をしてるのかな?」
「えっ!?あ、ちょっと、椅子から落ちただけです!ねっ!万理!」
「は、はい……」
「そうかい。怪我をしたら大変だからね、気を付けるんだよ」
「ははは……。気を付けます……」

 腰を押さえながら立ち上がった俺の肩をポンっと叩き、社長は笑顔のまま俺だけに聞こえる声でこう告げた。


「うちは社内恋愛は禁止してないけど、職場ではほどほどに、ね」



back


novel top/site top