君なしじゃダメ




「ごめん、ちょっと会社行ってくるね」

 PCと睨めっこをしていた私の肩を軽く叩き、羽鳥が申し訳なさそうにそう言った。何でそんな表情をしているのだろうと首を傾げたが、時計が12時を回っていることに気が付き納得する。

「いいよ。お昼適当にすませるから」
「ちゃんと栄養のあるもの食べてね」
「はーい」

 毎日でも一緒に居たいと言われて同棲を初めたのが1年前、お互いが家で仕事をするようになって早半年。偏食な私を心配して、彼は仕事の合間に私にお昼ご飯を作ってくれる。

 最初は忙しい羽鳥にそこまでしてもらうのは悪いと断ったものの、『俺の作った料理を君が美味しそうに食べてるところを見ると、幸せになれるんだよね』なんて言われたらそれ以上何も言えなくなった。
 それからはすっかり習慣になって優しい羽鳥に甘えっぱなし。もう羽鳥が居ないと生きていけないんじゃないかなんて、少し大袈裟かもしれないけど思っていたりする。

「帰りは?」
「そんなに遅くならないと思うけど、終わったら連絡するね」

 玄関まで見送り、いってらっしゃい。と手を振るも、羽鳥はドアノブに手をかけたまま私を見つめて動かない。

「行かないの?」
「んー。やっぱりいいなって思って」
「何が?」
「奈々美ちゃんが見送ってくれるの。最近はお互い家に居ることが多かったから久々だよね」
「まぁ、そうね」
「そうだ。ねえ、いってらっしゃいのキスしてくれない?」
「はっ、はぁ!?何言ってんの!馬鹿なこと言ってないでいいから早く会社行きなさいよ」

 気が付いたら腰に回っていた羽鳥の手から逃げるように身を捩るが、その腕は私を離す気配はない。

「してくれたら頑張れるのにな」
「しません!私この後会議だから離して」

 仕事を持ち出せば羽鳥が諦めるのを分かっていて、まだ30分以上先の会議の話題を出せば、案の定彼は困ったように笑って、しょうがないな。と肩を竦めた。
 その言葉に安堵の息を吐いたのも束の間、緩んだ腕に油断をした私の唇に羽鳥のそれが触れ、すぐに離れた。

「おかえりのキスは、奈々美ちゃんからしてね」

 呆けている私と打って変わって爽やかな笑顔を浮かべた羽鳥はそう言って、いってきます。と家を後にした。ドアが閉まると同時に私はその場に座り込み、唸りながら頬を押さえる。
 
「羽鳥のばか……」

 心を落ち着けてやっとの思いでリビングに戻り、PCの前に座り直す。再び画面と睨めっこを始めるが、仕事は全く進まない。頭では切り替えなくてはならないとわかっていても、脳内は羽鳥の事でいっぱいなのだ。

 おかえりのキスは恥ずかしいけれど、この広い家に1人で居る方がずっと嫌で、まだ羽鳥が家を出てから15分ほどしか経っていないと言うのに、今すぐ帰ってきて欲しいと思ってしまう。
 それに、久々に食べた菓子パンはやたらと甘ったるいのに味気がなくて、羽鳥の作るご飯が恋しくなった。

 ああ、やっぱり私はもう彼なしじゃ生きていけないんだろうな。



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