熱視線にあてられて
テレビの音が響く中、耳元で小さく唸る声が聞こえる。ラグの上に座る私のお腹に回っている逞しい腕はかれこれ数十分前からそこにあって、一向に緩む気配はない。
「……環くん、どうしたの?」
本日何度目かのこの言葉に、まともな返事が返って来ないのはわかりきっている。現に環くんは、なんでもねーし。と拗ねたように呟くだけだった。仕事から帰ってきてからずっとこの調子の環くん。はじめこそ心配していたけれど、いくら話を聞こうにも事情を話してくれない環くんに、私はもう諦めモードだ。
「ねえ、環くん」
「……何」
「ちょっと苦しいかも」
だから一回離して? と、彼の腕を軽く叩くも、その腕の力は緩むどころか強くなった。環くんの顔を見上げれば、彼はやっぱり拗ねていた。
「ねえ、何で拗ねてるの?」
「……拗ねてねーし」
「嘘だ」
尖っている唇に人差し指を添えれば環くんは唇をきゅっと引き結んだ。その口が段々への字に曲がっていて思わず吹き出した。
「やっぱり拗ねてる。私何かしちゃった?」
「……何かしたわけじゃないけど。ななみんさ、昨日ヤマさんとがっくんと飲み行ったっしょ?」
「え?」
ようやく話してくれる気になったのね。と話を聞いてると、まさかの話題が上がってきた。確かに昨日、仕事終わりに3人で飲みに行った。メンツもお店もいつも通りの飲み会だったし、環くんからも飲みすぎなきゃ別にいいよ。と飲み会自体に行く事は止められていないのだけれど、何か気にするような事があったのだろうか。
「行ったけど」
「……今日さヤマさんに、昨日ななみんが俺のかわいさについてずっと語ってたって聞いたんだけど」
「ダメだった?」
「いや、ダメっつーか……」
私の純粋な疑問に環くんは複雑そうな表情を浮かべた。別に環くんの可愛さを語るのは昨日に限った事じゃない。言ってしまえば3人で飲みの席では毎回話してる。
「ななみんがさ、俺の話してくれるのは嬉しいんだけど」
「うん」
「……俺って、ななみんにとってはまだ『かわいい』なの?」
そう言ってまた尖った唇。環くんの言葉の意味がわからなくて首を傾げる。昔も今も環くんはかわいい。それは恋人になった今でも変わらないし、この先もずっと抱き続ける感情だと思う。
「うん、かわいい」
「彼氏なのに?」
「彼氏の事、かわいいって思っちゃダメなの?」
「ダメじゃないけどさ……俺だって男だし『かっこいい』の方がいい」
私の手を握り締め、じっと見つめながら呟かれたその言葉で、私はようやく環くんの言いたい事を理解した。
「かっこいいとも思ってるよ」
「取ってつけたように言うなよな」
「そんなんじゃないよ、本当に思ってるもん」
「……どんなところが?」
未だに拗ねたような表情を浮かべつつもそわそわしている環くん。そういうところがかわいいんだけどなぁ、と思いつつも今それを口に出したら怒っちゃいそうだから言わないでおく。
「ダンスしてる時とか撮影してる時とか」
「……仕事してる時って事?」
「ううん。私の事を大切にしてくれるのも、何か困った時に助けてくれるのも、頼りになってかっこいいなって思うし、約束を破らない誠実さも素敵。人一倍優しいのも好きだし、あとは」
「ちょっ、ちょっとたんま!」
口元を大きな手で覆われて口を噤む。目の前の環くんは視線を逸らして顔を赤く染めていた。
「なんか、すっげー照れる」
「全部本当の事なのに」
「……尚更照れるし」
「ふふっ、かわいい。あっ」
思わず溢してしまった言葉に慌てて口を押さえるも時すでに遅し、環くんは眉を吊り上げて目を細めた。またかわいいって言った。とため息混じりに呟いた後、私の頬に手を添えて唇を撫でる環くん。珍しい仕草に胸の辺りがくすぐったくなる。
「……次かわいいって言ったらキスすっから」
「どうしたの急に」
「この前ももりんが出てたドラマのセリフ」
「へぇ、ドラマの真似って事?かわい……なんでもない」
「はい、言った」
「えっ!待って、まだ最後まで言ってないよ」
「もうほとんど言ってたじゃんか」
言いかけてやめたのに環くん的にはカウントの対象のようで、ぐっと距離を詰められる。首の後ろに手を添えられて、あっ。と思った時にはもう唇が重なっていた。わずか数秒で離れた唇、そしてそのまま至近距離で私を見つめる環くんに頬が熱くなった。
本当は、キスした後のこの表情が一番かっこよくて一番好きなんだと伝えたら、環くんはどんな反応をするんだろう。
「ねえ、環くん」
「何?」
「私……」
反応を確かめたくて口を開いたのに、環くんが意識してしまってキスしてくれなくなったら、しばらくあの表情は見られないのかな。そう思ったら自然と口を閉じていた。
「なーにー?」
「やっぱり何でもない」
「はぁ?気になるじゃんか」
「ふふっ、何でもないってば」
私の言葉にまた拗ねてしまった環くん。そんな彼を見て反射的に、かわいいと呟いてしまった。そんな私に環くんはがくりと項垂れる。
「……なぁななみん、わざとなの?」
「わざと?」
「俺とキスしたくて、わざと言ってんの?」
様子を伺うように上目遣いで私を見上げた環くん。仕草こそかわいいものの、その瞳の奥で欲が揺れていて息を呑む。決してわざとではない。ちゃんも本心だ。なのになぜか私は無意識のうちに首を縦に振っていた。
「わざと、です」
「あーもー!……待ったは無しだから」
そう言って環くんは私を思い切り引いて、自身の膝の上に乗せた後、噛み付くようなキスをした。何度も繰り返されるキスの合間に薄らと開いた瞼の隙間から見える表情が、やっぱり一番かっこよくて一番好きだと、改めて思った。
次の飲み会では環くんのかっこいいところを話そうかなんて一瞬考えたけれど、キスした後の表情が好きだなんて恥ずかしくて誰にも言えないから、私はきっとこれからも環くんのかわいさを語り続けるんだろう。
それでもしまた環くんが拗ねてしまったら、今度は私からキスをしてみようなんて、もうほとんど余裕のない頭の片隅で考えるのだった。
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